深き神秘の森~ルーブルス~①

 ダンジョンに潜ると大抵、魔物にやられたか罠に嵌ったか仲間に裏切られたかで死体がゴロゴロとしていることがある。そんな死体がそのまま放っておいたらどうなるのか、彷徨える魂(ゴースト)が殻になった死体に憑りついて、ゾンビやグールとなって徘徊するようになる。そしてスケルトンに変わり、再び彷徨える魂(ゴースト)となって新たな犠牲者(からだ)を求めて徘徊するようになる。

 ループするかのように輪廻転生を繰り返している。それを阻止し、また本来の肉体を持っているであろう主人を助けるために、こうしてぼくらは護衛を付けてこの地にやって来たのだ。

 深き神秘の森~ルーブルス~。千年以上前から存在する太古の大樹たちが君臨する森。森一帯は沼地で足を踏み入れば、深淵の地獄へと招かれ、空へ逃げれば太古の昔から存在する鳥類に襲われ会えなく生命を落とす。そんな場所に導かれるかのように人々は立ち入る。この森にしか存在しないレアアイテムを求めて彼らは望んで入っていく。噂通りに、ここは死の森とも呼ばれていることに偽りはない。なぜなら、この森の入り口には人々を歓迎しないかのように死体が樹木に装飾のように絡まれているからだ。この光景を見て、中に入ろうとする愚か者は知恵がない猿か、恐れを知らないラーテルか、いずれにせよこの森はぼくらにとってはとてもありがたいものであることに間違いはない。


 死体がゴロゴロと転がり、深く深く進めば進むほど死体が増えていく。ほとんどは樹木に吸い込まれてしまった死体や骨ばかりなのだが、ごくまれに綺麗な状態で見つかることがある。それは、この森の魔物や罠によって死んだのではなく、毒により死んだ者たちである。ここの樹木たちは偏食で綺麗な死体をよく好んで食べる傾向がある。特に罠や魔物によって傷つけられた場合は、傷口に種や枝を忍び込ませ、中から食べるのが彼らのお好みの調理の仕方だ。

 そんなえげつない死を実感した者たちは自ら命を絶つか、仲間に頼んで殺してもらうかで逃げているようだが、自ら毒を含み死んだ者たちはなぜかきれいなままで保存される。

「戻せるか?」

「ん…やってみる」

 相方のリコが治せるかと聞かれ、ぼくはふたつ返事で治療を進める。治療の仕方はまっこう簡単で心臓部と脳に対して祈りを捧げることで息を吹き返す。最初は半信半疑だったのだが、リコと知り合いこの仕事をしてからはこの力にあまり深く考えることはしなくなった。なぜ、祈れば治るのか。赤の他人に聞かれたら、どう答えればいいのだろうか。そんなことを考えながらしていると、男は息を吹き返した。ゴホゴホとヨダレと泥のようなものを吐いている。泥は紫色に染まっている辺りから、『孤毒(こどく)』を飲んだのだろう。

「ゲホゲホ…ハアハァ……俺は……ったい……」

 混乱しているようだ。倒れていたあたり二三日は経過しているのだろうか、男は周りを見渡しながら次第に落ち着きを払った。

「あんたらが……助けて……くれたのか」

 おぼつかない言葉にリコが寄り添う。

「あなた一人なのか?」

 男は胸に手を当て言う。

「そうだ。仲間がいたんだ。けど、枝があらゆるところから襲ってきて……それで、俺は毒を飲んだ」

 『孤毒』を飲むあたり、自ら囮にでたようだ。周りに死体がないあたり全滅したかなんとか逃れることができたかわからないが。この人をこのままにしていくのは少々難しそうだ。

「あんた、名前は?」

「……エージェント。仲間からはジェンって呼ばれている」

「ジェン。ぼくらは蘇生師だ。蘇生代で800G払ってもらうよ」

 ジェンの顔つきが変わった。蘇生師、蘇生代と聞いて蒼ざめている様子だった。

「そうか、キミらが…。わかった払うよ。だけど、あんたらはそれで成り立っているのかもしれないが、いつか痛い目を見るぞ」

 強引に金が入った袋を胸に投げつけられた。男は気分が悪そうにぼくらが来た方面へと戻っていった。ジェンがなぜ怒り出したのかはわかる。蘇生師は世間からは冷たい目で見られている。『死体を見つけて儲けている薄汚い連中』だと。現に人を殺して、死体にしてから蘇生して稼いでいる奴もいるからそう思われても仕方がないかもしれない。けど、そこに死体があったら助けざるえない。もう、あの雨の中の悲劇を起こしたくはないからだ。

「ルカ…怒っている?」

「リコ……いや、心配するな。ああいうのは慣れているよ」

 リコに心配させられては男として失格だ。こんなかわいい子を心配させるなんてぼくはなんという弱いのだろうか。リコを見つけて早や数年か。あっという間だな。でも、それだけリコに出会えたことでぼくは平常心でいられる。だから、ぼくは微笑んで「大丈夫だよ、さあいこう」というのであった。

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