神田夜宵視点

 ポッキーゲームだ。

 十一月十一日でもないのに、なんやかんやでポッキーゲームをすることになったのだ。


 しかも、僕の目の前にいるのは、幼馴染みの南城なんじょう矢萩やはぎだ。名字のような名前だからと、本人はあまり好きではないらしい。僕は萩ちゃんって呼んでる。


 他クラスにも関わらず、去年同じクラスだったという薄い繋がりで声をかけてくれた遠藤君、ありがとう。


 家が隣同士の幼馴染み、萩ちゃんは、僕とは全然タイプが違う。


 僕は正直、地味な黒髪眼鏡の真面目君だ。まぁそのキャラ通りに――というのか、成績はそれなりである。だけどまさかそんなそれなりの成績で特進クラスに入れられるとは思わなかったよ。萩ちゃんと離れるってわかってたら、もっと手を抜いたのに。という思考回路からも読み取れる通り、僕は、皆が思うような真面目君ではない。


 それで、萩ちゃんはというと、見た目はちょっと派手で、いつもキラキラ明るい人気者だ。


 だけど、(表面上)真面目君である僕と、明るい人気者の萩ちゃんは、親友だ。ただ家が隣同士だからってだけじゃなくて。


 そんな萩ちゃんが、ポッキーを手にしたまま固まっている。


「どうしたのはぎちゃん、やんないの?」


 多少急かすつもりで言った。だってこんな千載一遇のチャンス、絶対に逃せない。

 

 なぜなら僕は、萩ちゃんのことが好きだからだ。それは、親友としての『好き』ではない。恋愛的な意味で。もちろん萩ちゃんに言えるわけもないけど。


 だって、同性が好きとか、やっぱりそう簡単には受け入れられないと思う。男同士の恋愛なんて、未来がないのだ。結婚だって出来ないし、もちろん子どもだって作れない。ウチの親だってきっと許してはくれない。


 それ以前に、萩ちゃんだって、普通に女の子が好きなはずだ。僕なんかじゃなくて、女の子と恋をして、結婚して、そうして幸せになれば良い。僕はずっと親友としてそばにいられればそれで。


 だけど、だけどさ。

 こういうゲームくらいなら。

 ほんのちょっと、ちょっとだけいつもより数センチ顔を近付けるだけなら。『ちょっとした事故』でも何でも唇が触れちゃったら、それはまぁ、最高なんだけど。


「やるよ」


 萩ちゃんは乗って来た。

 なんだかちょっと照れたような、拗ねたような顔をしている。僕は彼がたまに見せてくれるこの顔が好きだ。どんな感情のやつなのかわからないけど、最近よくこういう顔をするのだ。


「夜宵、これはゲームだからな」


 それで、何だか念を押すように言ってきた。


「何いまさら」

「つまり、勝ち負けがあるってことだよ」

「成る程。それで?」

「負けた方はどうする? 何かペナルティつけようぜ」


 さらなるチャンス到来と思った。

 萩ちゃんは昔から勝負事に燃えるタイプだ。ムキになる質と言っても良い。きっと、こんな提案をした手前、絶対に引き下がらないはずだ。『ちょっとした事故』が本当に起こってしまうかもしれない。いつか訪れるかもしれないハプニングに備えて唇のケアを欠かさなくて本当に良かった。

 

 それに、


「そうだなぁ。今日の帰り、肉まんでも奢るよ。萩ちゃん、好きだもんね、24ニーヨンマートの肉まん」 


 これで、負けても買い食いデート確定だ。ちょっと賢すぎないか僕。


「萩ちゃんは? 負けたら僕に何してくれる?」

「おっ、俺は、そうだなぁ。じゃあ、ファミストのボロネーゼまん奢る。夜宵、この時期いつも食べるもんな」


 ボロネーゼまん?! ボロネーゼまんって言った?! 萩ちゃん、ちゃんと覚えててくれたんだ! ピザまんと似てるっちゃあ似てるけど、違うんだ。あれはファミリーストアファミスト限定商品で、しかもごく短い期間しか売らないやつだ。僕は基本的にはピザまん派なんだけど、その期間だけは絶対にボロネーゼまんなのだ。


「……うん、良いね。乗った」

「よっしゃ、逃げんなよ」 


 うわぁぁぁ、緊張する。


 萩ちゃんがポッキーを口に咥えて目をつぶった。こんなのもうどこから見てもキス待ち顔でしょ。これだから天然は怖いんだ。

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