キスってどんな味がするんだろう?
藍坂イツキ
EP1「キスってどんな味がするんだろう?」
俺――
彼女の名前は
焦げ茶色のショートボブに、真っ赤な色の瞳。
背丈は俺よりも少し小さいくらいで普段からクラスの中心にいるような「ひまわり」という名前が似合う明るい女の子だ。
そんな彼女のことを好きになっていたのはいつからのことかは覚えていないけど、話し始めたのは確か中学1年生の秋口だったと思う。
席替えの日に引いたくじがお互いに隣同士だったのが出会いだった。
教室の一番後ろ、窓際の席に座っているとあとから結城さんが座ってきたのだ。最初こそ、話すのは緊張したけど話してみると凄く優しい女の子で仲良くなるのはそう難しいことではなかった。
教科書を忘れたら見せてくれるし、問題が分からないときは心配そうな顔で教えてくれる。
普段から割と一人でいる俺に何かと話しかけて来てくれて、本当に嬉しかった。
そんな些細なことから繊細で頼りになる彼女に俺はどんどんと好意をもつようになっていたのだ。
くだらないし、些細なことだけど好きになってしまったのだから仕方がないと思っている。
たかだかスキンシップされたくらいで勘違いするお年頃だ。
男の中には大学生、もっといえば社会人になってからもそんな勘違いをする人間だっているのだから俺はまだ順当だといえよう。
みんなもしたことがあると思う。
クラスに好きな人、もしくは気になっている人がいるとき。
別に何か用があるわけないのに、なぜかその人の事を見つめてしまうこと。
もちろん、俺もその一人だ。
なんか分からないけど結城さんに視線が吸い寄せられてグイグイと動いてしまって見つめると見つめるでバッタリ目が合ってしまって、逸らしてしまったり。
違う日なんか結城さんを見つめていたせいで先生からあてられてることに気づかず「結城さん見たって答えはないぞ~~」と言われて、みんなから笑われることもあった。
思いだしたら寒気がしてきた。
あの空間は生きた心地がしなかったし、あの日から俺が結城さんに片思いをしていることがバレたおかげで数週間はずっといじられ続けた。
あの先生、色々問題あって他行に飛ばされたけど何してるんだろうな。
——って、お人よししてる場合じゃない。
季節は冬。
待ち望んでいる人もいるだろうし、待ち望んでいない、むしろ忌み嫌っているような人もいるかもしれない――そんな12月25日、クリスマス《聖夜》の日だ。
俺は前者、理由は言わずもがな。
この一年間、ただひたすら片思いを続けてきた女の子――結城向日葵に告白するためである。
どうしてこの日を選んだのか?
別に大きな意味はない。何か理由がないと振るいたてられない俺の貧弱な精神が理由だし、クリスマスに告白すればワンチャン何とかなるんじゃね? と思っているクソ雑魚な考え方をしている俺の弱さだと軽く捉えていてもらいたい。
ただまぁ、そんな日付がどうだとか、タイミングがどうだとか言っても結局告白するのは変わらない。
俺は向日葵がやっている美化委員会の会議が終わるまで、正面玄関で座って待っていた。
「はぁ……緊張するなぁ」
息を吐くとほのかに白く濁った。
冬の風物詩と言えよう。
外には雪がまばらに振っていて、ホワイトクリスマスと言われる絶好の天気だった。
しかし、そんな景色を見れば見るほど緊張は高まることを知らない。
さっきから遅れて帰るカップルたちのあの恍惚で幸せそうな表情を見れば、誰でも緊張くらいする。
まだ中学生だし、きっと性の6時間を共に過ごすわけではないと思うが——アレが待っているのだろう。
そう、キスが。
接吻、口と口を重ね合わせるあの儀式が待っている。
何度想像しただろうか。
向日葵はどんなキスをするのだろうか。
想像したって、考えたって、夢で見たからと言っても——どうなるかが掴めない。
熱烈なものになるのか、優しく微笑ましいものになるのか。
それとも――って、彼女にしているわけでもないのに何考えているんだろう。
気になる。味が気になる。
そんな内心を押し殺しながら頬を引っぱ叩いた。
奢れるな、俺。
向日葵は優しいやつだからなんて甘えてんじゃねえ。
あいつがあの噂を流されてもまんざらでもなさそうな顔してたからいけるだなんて考えるんじゃねえよ。
本気で勝ち取りに行くんだ。
好きな子に思いを届けるんだ。
一応、クリスマスプレゼントも買ってきたんだし。
喜んでもらえるはずだ。
だから、恐れずしっかりと気持ちを示そう。
「——純くん。待ったかな?」
そう、来たる12月25日の18時24分。
俺の恋愛戦争が幕を開けた。
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