刻《とき》
テントのファスナーが開く音が聞こえて目が覚めた。
朝日は昇っているようでテントに影が映っている。光の中に
「おはよう」
雪竹の後ろから珈琲の香りがしている。
「きのうは急にごめんな」
「いいよ、大丈夫だったの?」
「うん、いつもの」
「いつもの……?」
「母親がね」
そう…だった、彼の母親は体が弱くてたまに倒れることがあったな……?
ぼんやりとした頭で雪竹を見る。
「帰りはオレが運転するよ」
「車はどうしたんだ?」
「送ってもらったから」
「そっか」
「柚莉はどうだった?」
雪竹は意味深な笑みを浮かべている。太陽の光を反射しているのか瞳の色が赤く見える。
「え……っと?」
どう答えていいかわからずにいたら雪竹はくすっと笑った。
「柚莉が起きてきた。彼の珈琲を用意するよ」
テントを見ると柚莉が顔を出している。一番遅くに起きたことが後ろめたかったのか、照れた感じで「おはよう」と言ってきた。
テントから出ると、とことことやって来てオレの近くに座った。これまで柚莉は雪竹がいる側へ回っていた。距離があると感じていたのに近くなっている!
雪竹が柚莉に珈琲を渡すと「ありがとう」と受け取った。ふーふーと冷ましながら飲み始めるのを見ていたら、にこっと笑った。
「きのうはありがとう」
きのうまで柚莉はオレのことを少し怖がっているようなふしがあった。そんな雰囲気がなくなっている。
信用したんだ!
雪竹と同じ位置に立てた気がしてとてもうれしい。あまりのうれしさに顔に出てないか心配だ。飲んでいる珈琲はブラックのはずなのに甘く感じた。
柚莉を家へ送ったあと、雪竹とひさしぶりにドライブをした。
ゆうべの話やサークルのことなど、たわいない話をしていたが会話が途切れる。でも雪竹となら苦にならない。
景色を眺めていたら雪竹が沈黙を破った。
「なあ、なんで柚莉のこと○△□○○□?」
「え……?」
「□△○△□○○?」
「そ…うだけど」
赤い目をした雪竹が何か話している。なんだろう、ちゃんと聞き取れなくて意識がぼうっとしてしまう。
「チャンスをくれてやったのに――
おまえがやらないから私も食えないじゃないか」
え……? なんて言った?
眠れ――。
「
「えっ?」
いつの間にか寝てしまっていたらしい。車庫の中だ。ぼんやりして変な感じだけど門まで雪竹を見送ることにする。
「キャンプを企画してくれてありがとう。おかげで楽しかったよ」
「それなら良かった」
ニンゲンハ オモシロイナ
「え……?」
「ん?」
「何か言わなかったか?」
「何も言ってないよ、どうした?」
夕日で伸びている雪竹の影がうごめいている。驚いて影を凝視すると、ただの影法師だ。ほっとして影の主を見たら燃えるような赤い目をしていた。
怖くて後ずさると、かかとが引っかかって転びそうになる。あわてて体勢を整えて雪竹を見たら瞳の色は戻っていた。
「どうかした?」
たしか……高校で知り…合った??
「ぼうっとして大丈夫か」
「え? あ、ああ……大丈夫」
あれ? 何を考えていた??
「じゃあ、また大学でな」
「ああ、またな」
くすくすと雪竹がいたずらっぽい顔で笑い、手を振って去っていく。なんかすっきりしない。なんだろう、この違和感は……。
もう一度友人を見る。背に夕日が当たって真っ赤だ。禍々しく映ってしまうのはなぜだろう。
別れ際はいつもぼうっとなる。雪竹の背中を見てると不安になる。
彼は……オレの友人だよ…な……?
――― 『朱夏の陰火』 了 ―――
朱夏の陰火 神無月そぞろ @coinxcastle
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