盛夏


柚莉ゆうり、何かいいことがあった?」


「何もないよ」


 質問しても柚莉ははぐらかす。何かを隠していることはばればれで、ここ数日、そわそわしていて大学の講義が終わるとすぐに帰ってしまう。


 これまでは講義が終わると図書館へ行き、閉館まで自習していたから絶対に変だ。それに、にこにこしながらスマホを見ていることがある。彼女でもできたのか?


 聞きだしたいけど、柚莉に彼女ができたと知ってしまったら詮索しそうで嫌だ。


「弟が来てるんだよね。夏休みを利用して柚莉の家に来てるんだって」


「ゆ、雪竹ゆきたけ!」


「別に秘密にすることじゃないだろう?」


 オレたちのやり取りに雪竹が入ってきた。雪竹は柚莉の反応を楽しんでおり、柚莉はまるで彼女のことをいわれているかのように顔が赤くなっている。


「落ちつきがなかったから聞いてみたんだ。そしたら弟が来てると――」


 雪竹は話し続けているけど頭に入ってこない。オレが聞いても教えてくれなかったのに、雪竹には全部話しているのか?


 オレは歯を食いしばっていた。雪竹に激しい嫉妬を燃やしていることに気づいて自分が怖くなった。幼なじみにそんな感情をもつなんて……。


 罪悪感に襲われ、会話に入って何事もないように振る舞ったけど、このときからオレは落ちつかなくなった。




 ずっと柚莉の特別が気になっている。話を聞いた日から、どんな人物なのか知りたいという欲求に駆られていてイライラしている。


 直接聞いて笑顔で話されるのは嫌だから、柚莉がスマホを見ているときに後ろからそっとのぞいた。明らかに隠し撮りした写真だ。弟というより兄という印象で、目鼻立ちがはっきりしている男前だ。


 からかうつもりでいたのに、柚莉があまりにも愛おしそうに見ているので声はかけられなかった。


 柚莉の一番。柚莉の大切な人――。

 聞かなくても写真を見る目で伝わってくる。彼にそんな顔をさせる弟がうらやましい……。


 ふいに学生の声が聞こえてきて、はっとなった。


 何を言おうとした?

 柚莉に『オレを見てくれ』と言おうとしてなかったか?


 自分の感情なのにコントロールできない!


 なんだか恐ろしい。頭を冷やしてこよう。




 大学構内を移動していたら女子の会話が聞こえてきた。


「ねえ、あの男子、カッコ良くない?」

「どの学部の人かな?」

「声、かけてみようか?」


 女子の視線の先を追ってみると、柚莉のスマホの画像に写っていた人物がいた。周りの男子より身長が高くてひときわ目立っている。頭身のバランスも良く、クールな表情は俳優のようだ。


 柚莉と一緒にいるのかと思いきや近くに彼はいない。弟はどこかへ視線をやっていて、その先を追うと柚莉がいた。


 柚莉は通路で雪竹と話をしている。柚莉の弟は話に加わる気配はなく、喫煙エリアから二人を見ているだけだ。休憩が終わり講義が始まる時間になると、柚莉と雪竹はそれぞれ講義室へ入っていった。


 そのまま柚莉の弟を観察していたら、煙草を消し、柚莉が入っていった講義室が見える窓へ回った。


 頭を動かしていたが、止まるとそのまま固定された。視線の先には柚莉がいて、どうやら様子を見ている。煙草を吸っているときは冷めた目をしていたが、柚莉を見る目はやさしいものに変わっている。


立助りゅうすけ、何見てるの?」


「うわっ!?」


 びっくりした! 雪竹じゃないか!

 いつの間に?


 雪竹は柚莉の弟を見つけると、驚く様子もなく話してきた。


「あのコ、柚莉の弟の柊兎しゅうとくんだよ。

 柚莉は何も言ってなかったから、柚莉が気になって、こっそり見に来たのかな?」


 また雪竹だけ……。柊兎の名前と姿を知ってることにイライラする。オレの心境に気づかず、雪竹はいつもの調子で話を続ける。


「柊兎くんの煙草、地域限定なんだって。

 変わった香りがするみたいで柚莉が好きって言っていたよ」


 雪竹は煙草を差し出してきた。たしかに見たことないパッケージで、ライトグリーンとピンクの箱にウサギが描かれている。雪竹は「はい」と言って渡してきた。


「煙草は吸わないよ」


「知ってる。オレも吸わない」


 話がかみ合わなくて「じゃあ――」と言いかけたけど、目を細めて笑っている雪竹を見て、一瞬意識が遠のいた。


 あれ? 何を言おうとしてたっけ?

 まあ…いい…か。


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