朱夏の陰火

神無月そぞろ

思色


「まだいるのかな」


 もはや定位置となっている場所へ行くと、静かに自習している人影がある。あと少しで閉館になる大学の図書館は二人だけだ。


「そろそろ閉館だぞ」


 そばに行って声をかけると、読んでいた本から目を上げて柔和にほほえみながら返してきた。


立助りゅうすけ、迎えに来てくれたのか?」


「サークルが終わったから一緒に帰ろうかと思って」


「じゃあ、準備するよ。柚莉ゆうり、時間だよ」


 雪竹ゆきたけは隣にいた柚莉の肩をたたいた。柚莉が向くと、腕時計を向けてトントンと指で示す。柚莉はヘッドホンを外してあわてて立ち上がった。


「もうこんな時間なんだ!? 本を戻してくる」


 机に散らばっていた本を集めて抱えると、ぱたぱたと本を返しに行った。オレはつい柚莉を目で追ってしまう。たぶん恋をしていると思う。


 きっかけは眠っている柚莉を見たときだ――。




 サークルが終わって帰ろうとしたところ、「カラオケに行こう!」と声があがった。みんなテンション高いけど行きたい気分じゃなかった。


 キャンパスを移動していたら図書館の明かりが見えて、ふと雪竹のことが思い浮かんだ。幼なじみの雪竹は家の近所に住んでいる。彼には悪いが口実になってもらおう。


「忘れてた、雪竹と約束があるんだ。カラオケはまた今度にするよ」

「そっかあ。じゃあ、神宮寺じんぐうじはまた今度な」

日紫鬼にしきくんとじゃ、仕方ないね」


 なぜか雪竹だとみんな納得する。これは彼の人徳なんだろうか?


 サークル仲間から解放されたので図書館へ向かった。閉館前の図書館は出て行く学生が多く、すれ違う学生の顔を見ながら雪竹を探すけど見当たらない。なら、あそこだな。


 二階へ上がり、移動しながら書架の間を見るけど雪竹はいない。そのまま自習エリアに着いた。


 テーブルはがらんとしているが一つだけ人の姿がある。小さな背中は動かない。どうやら寝ているようだ。雪竹は近くに見当たらない。


 閉館を知らせる音楽が流れてきた。雪竹はいないし、寝たまま起きる気配がない。ついでだ、起こしてあげよう。近づいて顔を見たら固まってしまった。


 美しい人――。目鼻立ちの均整がとれ、陶器のように白い肌。肌の色と対照的な黒髪は艶めき、長いまつげは閉じられているから人形のようだ。神秘的でどこか怪しげな魅力がある。


 見入ってると後ろから声がした。


「立助?」


「よ、よう。サークル終わってさ、帰るところなんだ。用事がないなら一緒に帰ろうぜ」


「いいよ。一緒に帰ろう」


 見つめていたことがばれてないかと焦ったけど気づかれていないようだ。


 雪竹は寝ている柚莉に視線を移すと柔和な笑顔で声をかけた。


「閉館だよ。ほら、起きて」


 何度か呼びかけてやっと目を開けた。眠たそうに目をこすっていて、ぼんやりとしている。


「本を直してくるから、その間にちゃんと帰り支度しておいて」


 雪竹は本を集めて書架へと姿を消した。柚莉はぼうっと見送ってたけど、オレに気づいたらビクッとして目を大きく開いた。


「神宮寺くん」


「よっ」


「ごめんね、すぐに帰る準備するから」


 あわてて片づけ始めた。


 柚莉は同学年だが学部は違う。大学入学後、雪竹が声をかけたことから友人となり、二人は仲が良い。知り合ってすぐにオレに紹介してきたけど、サークルに夢中だったのか、柚莉のことをあまり覚えていない。


 柚莉は雪竹と一緒にいるというだけで、これまで印象に残っていなかった。でも寝ている姿を見て、オレの中で何かが生まれた。急に意識しだしたんだ。



 柚莉のことが気になる。もっと知りたい……。



 柚莉は雪竹と一緒にいるから、これまでにも話したことはあるはずだ。でも不思議なことに、柚莉とちゃんと話をした覚えがなくて、彼のことを全然知らない。


 オレは雪竹から柚莉のことを聞きだして情報を集めていき、親しくなれるように三人一緒にいるようにした。


 呼び方を「神宮寺くん」から「立助」にしてもらい、オレも「蓮華れんげくん」から「柚莉」と呼び合うまでになった。でも――




 本を戻してきた柚莉はリュックを背負い、「おまたせ」と言って雪竹がいる側に回った。図書館を出る際に受付にいたスタッフから「閉館時間を守ってください」と叱られた。


「すみません、次から気をつけます」


「立助が謝ることじゃなかったのに」


 柚莉と笑ってやり取りするけど雪竹とは距離が違う。


 三人でいると、柚莉は真ん中に雪竹がくるようにしている気がする。オレを嫌っているわけではないみたいだけど、雪竹には心を許しているというか……。差を感じてしまう。


 柚莉は人当たりが良い。でも人と少し距離をおいている感じがある。深入りはせず、飲み会に誘われてもやんわり断る。またみんなが柚莉に無理強いしないように、雪竹が間に入っているようにも見える。


 二人だけの絆を感じて入りこめない部分がある。オレは雪竹のような位置になりたい……。


 幼なじみの雪竹とはこのままでいたいけど、彼に嫉妬する自分がいる。嫌なやつと自己嫌悪するし、柚莉にもつ感情を打ち明けられずにいる。


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