第一犠牲者【兼】デス(ゲーム)マスター その1



『今から君たちには、このクラスの中で最も「不要」な生徒を決めてもらいたい』




 目の前に置かれた古臭いラジオから、雑音混じりの機械音声が流れてきた……、

 男か女かも分からない声の主は、自身を【ゲームマスター】と名乗った。


 ゲーム……ゲームはゲームでも、『デス』ゲームの。



「……これはなんの遊びだ?」


 中学三年二組の俺たちは夏休み明け、学校へ登校したと思えば、ホームルーム直前に意識を奪われた。誰かが「なにこの匂い……」と気づいた時には既に、クラスの全員がその匂いを吸ってしまっており……、


 次に目が覚めた時、同じく見知った教室の中で倒れていた。


 教室なんてどれも一緒だろ、と思うだろうけど、掲示物やロッカーの私物が同じなのだ……、まったく同じ教室とは言わないが、そっくりなものを揃えたと言われれば信じてしまうだろう。


 手間がかかっている……。

 そのせいで、教室の中には机一つ、その上に古臭い長方形のラジオしかないのだろうか?


 ……予算不足があからさまに見えてしまっているけど……。


「ダメだ、扉も窓も開かないよ……。窓の外はシャッターが下りてるし、ここがどこなのかも分からない……、少なくとも学校じゃないでしょ」


「扉は押しても引いてもびくともしない。

 横にも当然、動かない……な。閉じ込められてる――」


 クラスメイトが教室内を探索している。だから個人の私物がロッカーにあることが分かったのだ。脱出ゲームみたいに脱出のヒントがどこかに隠されているかもしれないと期待して、得意な生徒が部屋の隅々まで見ているが……、きっとヒントなんてないだろう。

 だってこれは脱出ゲームではない。

 ラジオの主が言っていたのだ……これはデスゲームだと。


 デスゲームと脱出ゲームは違うだろう?



『ファーストステージの制限時間は、一日だ……、もしも一日以内に犠牲者を決められなければ、こちらで犠牲者を決めることにする……。

 そうだな、今後、ゲーム内で活躍しそうな人材を選別して、処分することにしよう』



 ……嫌な言い方だ。


 ゲームをクリアするための人材を失いたくなければ、ここで不要な仲間を切り捨てろということだろう?

 確かに最初から、ラジオの声は『不要な生徒』とは言っていたが……、二十一名の中から不要な生徒を決める……、満場一致である必要はない。


 リーダー格が『誰か』を示せば、乗り気でない生徒も投票するだろう……。

 だから決定権を持つ一人が指名してしまえば、それで犠牲者が決まることもあるわけだ。


 全ての責任は自分が取る、とまで言われたら、躊躇う生徒も減るはず……。



「なんだコイツ……上からものを言いやがって……、ぶっ壊してやろうかこのラジオ――」


「ダメに決まってんでしょ。たぶん、絶対に必要なものよ、これ……っ」


 クラス一の不良生徒と、コミュニケーションの化物のギャルが中心で話し合っている。

 意外とイベント事となるとみんなをまとめ上げる成績下位のメンバーだ。


 学校は勉強ができるからと言って、輪の中心に立てるわけではない……。

 熱心に勉強に取り組んでいる者ほど、輪から外れていることがある。


 自ら外れている者と、輪に入れない者がいるが……俺は後者だ。


 提案をしたくても、なかなか会話に混ざれない……。


「おい、ここはどこだ? どうしたら解放される?

 ……おい、聞いてんのかよ――クソ、ダメだな、応答がねえ」


「やっぱり、あっちが言ってたゲームをするしかないってわけ……?

 不要な生徒を決めるって……――」


 教室にいる全員が周囲を見回す。

 一人一人を見ながら、必要、不要に振り分けているのだろう。人物同士の人間関係が違うのだから、人によって『必要』『不要』に置かれる人間は違う……、


 だから多くの生徒の『不要』に入った生徒が対象になるわけで……。


 それはつまり、友達が少ない俺なんかが、『対象』になりやすいのだ……。


 だって俺からすれば、ほとんどの生徒が『不要』の箱に入るわけだし……。

 犠牲者は誰でもいい――もちろん、自分は除いて、だけど。


「と、とりあえず、紙とペンがあるから、匿名で投票してみる……?」


 不良生徒とギャル女子とは違った、クラス委員長の女子がそう提案した。

 控えめに手を挙げて提案しているが、それって決定的な断頭台を用意したようなものだぞ?


 話し合いを続ければ引き伸ばせるけど、匿名投票をしてしまえば一気に絞られる……、

 少なくとも、ここで名前が上がらなかった生徒は、『不要』の枠には収まらなくなるわけなのだから――。


 反対意見も出なかったので、それぞれに紙が渡されていく。ペンは限られているので、いくつかの列を作り、順番に紙に名前を書き、箱に集めていく……。

 こういう展開が王道なのか、匿名投票に必要なものは揃っていた(ペンが数本なのは、人数分は必要ない、という経費削減か?)。


「みんな書いたわよね?」


 と、ギャル女子が確認を取った。

 紙の枚数を確認し……全員が書いたことが判明したところで、今度は書かれた名前を集計する。黒板に名前を書いて、投票された枚数を『正』の字で記録していくやり方だ。


「じゃあ、まず一枚目――」



浦川うらかわ



「浦川ね」


「…………」


 案の定、俺だ。


 まあ、最低一枚は入っているとは分かっていたけど。


 二枚目、三枚目、四枚目と続き……、

「……浦川」


 浦川、の白い文字の下に、正の字が刻まれていき……既に半分を越えている。


 そして結果は――、


 満場一致で、『不要』な生徒だった。



『…………』


 しーん、という静けさだった……、

 窓の外はシャッターが下りているので、風の音もない。


 自然音がまったくなく……、

 自分の心臓の音も聞こえてこないほどの静寂だった。


「あー、うん。結果は、その、うん、そうだね……じゃあ、浦川……?」


 ギャル女子が俺を見て、「いいの?」と目で訴えてくる……、いいもなにも……ここで嫌だ、と叫んだところで、ルールは変わらないだろうし、結局、不要な生徒を決めなければ、この場でクラスを引っ張ってくれていた不良生徒やギャル女子、クラス委員長が犠牲になるわけだ……。

 そうなった時、俺はみんなから責められるだろう。


 このファーストステージを切り抜けられたとして……セカンドステージで裏切られる可能性が高い。この時点で、詰みである。足掻く意味なんて、もうないだろう……。


「――ま、待ってください!! こんな簡単に犠牲者を決めていいんですか!?」


 と、声を上げてくれたのはクラス委員長の女生徒だ。

 普段、おとなしい彼女がこうして大きな声を上げてくれるのは嬉しいけど、でも……、制限時間が一日あるとは言え、話し合いで疲弊することをみんなは望んでいないんじゃないか……?


「浦川くんは、不要な生徒なんかじゃないです!!」


「当然だ、不要な生徒なんかいねえよ。

 だが……、この中で、優先順位が低い者を決めろと言われたら、やっぱり満場一致で浦川になるんだ……、分かるか? 委員長?」


「なにが、ですか……?」


 不良生徒に噛みつくクラス委員長……、怯えているけど負けてはいなかった。


 そこまでして、俺を庇う必要なんてないのに……。


 まあ、委員長の気持ちも、分からないでもないよ。


「満場一致なんだぜ? おかしいだろ。

 少なくとも、大半が思っていたとしても、一枚は別の名前があるはずなんだ……、なのに、それがない。――」


「……あ、」


 委員長が気づいた。


 そして、すぐに俺を見る……、信じられない、と言いたげな目で見てくるなよ……。

 俺は目を合わせられなくて、さっと横へ逸らした。


「浦川くん……自分に、投票したの……?」

「……まあ、そういう、ことだね……」


「なんでッッ!!」


 委員長が俺の胸倉をぐっと掴んだ……やめっ、君はそんなキャラじゃないだろ!?


 喧嘩どころか虫も殺せないような女の子が、こんなことをするんじゃない!


「……、不要な生徒を決めるのは、無理……。

 犠牲になる人を見た上で、この教室に残りたくなんてなかったから……」


「ずるい……浦川くんは、ずるいです! 卑怯だ!」


 匿名とは言え、犠牲者になるべき人を紙に書いた生徒は、少なからずの罪悪感があるだろう……、委員長も俺に投票しているわけだし……。

 そうだよ、満場一致なら、委員長も俺に投票しているじゃん!

 なのに俺を責めるような言い方は、『どの口が言っている』――だ。


 意外と酷いな委員長……、

 客観的に見た上での選出だとしても……、書いたなら庇うなよ。書いたなら、最後まで貫いてほしかった。

 書いたくせに俺を助けようとする方が、よほどずるくて、卑怯だ。

 罪悪感を残さないように、助けようと頑張った、というポーズだけを記録するような振る舞いは、俺に傷をつけるだけだよ。


「俺でも分かるよ。

 このクラスで一番の不要な生徒は、俺なんだ」


「よく分かってるじゃねえか。

 クラスになにも貢献しねえ、友人関係も築かねえ、イベント事にも不参加……、

 印象がない方がまだマシだったな。お前は中学の間、悪印象ばかりが残ってるってことだ」


 不良生徒のお前もそうだろ、とも思ったが、恐怖の印象は、悪印象よりはマシなのかもしれない。デスゲームとなれば、不良生徒の強さは必要になってくる。

 俺には強さも恐怖も先導するリーダー性も、委員長のような正義感もない。優しさだって、もちろん――。

 犠牲者を出さないようにした俺のこれは優しさではなく、罪悪感を抱かないようにする、自衛の手段だ。自分のため……だから他人のためではない。


 優しさではないのだ。


 委員長が言ったように、ずるくて、卑怯なだけで――。



「いいよ、俺が犠牲者で」


「浦川!!」


 と、声を上げたのはギャル女子だった。

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