第1099話 おじさんと聖女はいつものように過ごす
元王太子にあてがわれた部屋である。
そこは王宮の私室とは比べものにならないほど質素だ。
置かれている調度品の質など見るまでもない。
それでも住めば都なのだ。
元王太子は、存外気に入っていたのである。
そんな部屋にある寝台。
どうにも重かった身体が軽くなったと思う。
これは気のせいではない。
だって、呪いを解いてもらったのだから。
だが――まだ全快とまではいかない。
呪いのせいで消耗していた体力が戻っていないのだから。
頭をぶつけた痛みはない。
おじさんが治癒魔法を使ったから。
そう――元王太子はそこで見たのだ。
キツネの面をかぶった巫女服の人間が二人もいることを。
最初に抱いたのは恐怖であった。
なぜ、正体不明の人間が二人もいるのか。
そういうことことではない。
なぜか本能的に恐怖を抱いたのである。
「はうあ! あ、あなたたちは……」
「我らは聖女様のお付きですわ」
しれっと侍女が答える。
聖女? と元王太子は思った。
そう言えば……と思いだす。
先ほど解呪をしてくれたのだ。
礼を言おうと思って、身体を起こす。
聖女は侍女に背負われていた。
「さて、聖女様はこのとおり。少し魔力を使い過ぎたようですわ」
おじさんが口を開いた。
少しだけ声を変えて。
「我らの役目は終わりましたので、ここで失礼します」
さっさと出て行きたいおじさんだ。
ただ、ひとつ言っておくことがあると足を止めた。
「殿下、くれぐれも迂闊な真似はしないよう。次はありませんわよ?」
その言葉に背すじが伸びる元王太子。
なぜか、ぶるりと身体が震えたのだ。
「では、失礼いたします」
と、聖女を連れて退室する二人であった。
部屋の外には、国王と代官がいた。
「陛下、もう大丈夫ですわ」
「うむ。大儀であった」
「いえ……聖女様が目を覚ますまで少し休ませていただきますわね」
「では、こちらに。私が案内いたしましょう」
空気を読んだ代官である。
積もる話もあるだろう、と国王を一人にしたのだ。
「陛下、少しなら殿下とお話できますわよ。それと……こちらを」
おじさんが回復薬を手渡しておく。
「……すまぬな」
お辞儀をしてから、代官とともに去っていくおじさんであった。
その背を見送ってから、部屋に入る国王だ。
「キース、久しぶりだな」
「……父上」
しばし無言になる親子である。
「随分と迂闊な真似をしたな」
「……申し開きのしようもございません」
うなだれる元王太子だ。
「廃嫡になったとはいえ、お前はまだ王族のままだ。その行動には気をつけよ」
腰の軽い国王がそんなことを言う。
廃嫡とは後継者の地位を剥奪することだ。
つまり王子の身分そのものを失ったわけではない。
王子は王子なのだ。
「心に刻んでおきます」
真剣な表情の元王太子を見て、国王は大きく息を吐いた。
「此度の件、王族であるお前を狙ったという可能性は低い。偶然、売りつけた相手がお前だったのだろう」
「あの行商人ですか」
祭りのときにこの村に立ち寄った人の良さそうな行商人。
その姿を思いだす元王太子だ。
「このような場所だ。娯楽も少ないだろう。故に、祭りの日に羽目を外すなとは言わん。が、お前はまだ王族であるのだ。迂闊な行動は避けよ。わかったな」
「はい。申し訳ありませんでした」
今度は国王の目をしっかりと見て答える元王太子である。
「さて、ここへきてどうだ? 勉強になっておるか」
国王が近況を報せよと話を変えた。
元王太子は語る。
いかに自分の考えが甘かったのかを。
「ふむぅ……良い薬になったようだな」
語り疲れたのだろうか。
元王太子の顔色を察する国王だ。
「キース、これを飲んでおくといい。そして――しばらくは回復に努めよ」
回復薬を渡す国王だ。
「ありがとうございます。では、早速」
きゅぽんと栓を抜いて、瓶に口をつける。
一息に飲み干そうとして――
「ぶはあああああ」
――元王太子は吐きだした。
とんでもなく不味かったからだ。
「ぬわははは……バカ者め」
国王はそう言うしかなかった。
なぜ、先ほどの話の流れでかんたんに口をつけるのか。
「ち、父上!?」
「言ったであろう。迂闊なことをするな、と!」
これはその試しよ、と言いながら、もう一本の瓶をだす。
こちらはおじさんからもらったものだ。
「ほれ、これを飲め」
恐る恐る口をつける元王太子だ。
「う……うまい」
「で、あろう。まずは疑え。お前は望んでおらぬとも王族であるのだからな」
「……はい」
しゅんとする元王太子であった。
一方でおじさんたちである。
代官邸にあるサロンというよりは、応接間に通されていた。
「これはうちの村あたりで採れる苔茶です」
代官が手ずからお茶を淹れている。
村の近くにある森で採れるのだ。
清水が流れる小川があり、その岩につく苔である。
しっかりと洗ってゴミをとり、乾燥させて作るのだ。
つん、と鼻をつくような清涼感がある。
酸味はあるが、そこまでキツくない。
すっきりと爽やかなお茶であった。
どちらかと言えば、冷やして飲みたい系である。
「……いいですわね」
少しお面をずらして口をつける侍女だ。
毒味である。
「リー、お菓子ほしい!」
聖女は既に目を覚ましていた。
「そうですわね。こちらが合うと思いますわ」
ジンジャークッキーをだすおじさんだ。
ショウガのスパイシーな香りがするものである。
「ん~美味しい」
パクパクといく聖女だ。
おじさんと侍女も軽くつまむ。
「代官様もどうぞ」
と、お裾分けをするおじさんだ。
「では、お言葉に甘えまして。むぅ……これは良いですな」
「殿下の面倒を見るのも大変でしょう?」
不敬ともとれるキワキワの発言をするおじさんだ。
「いえいえ……確かに粗忽なところもあるのは事実です。しかし、そうした点以外では真面目にやっておられますよ」
と、元王太子のことを話す代官だ。
行政というものを実地で学んでいる様子がよくわかる。
「そうですか……良き施政者になられると良いですわね」
「ええ……いつかはここを発たれることもあるでしょう。そのときまでには立派な施政者になられるよう微力を尽くす所存です」
誠実な代官のようである。
そこへバタバタとした足音が聞こえてきた。
「だ、代官様! ご、ゴブリンが!」
なに! と代官が立ち上がった。
「至急、自警団を!」
このような規模の村には常駐の騎士がいない。
冒険者組合もない。
で、ある以上は魔物の襲来には自警団で対処するのだ。
「サイラカーヤ」
「承知しました」
だが、今はおじさんがいる。
侍女の名を呼ぶと、即座に動いた。
「代官様、此度は我々が手を貸しましょう」
は? と代官が思ったときであった。
侍女の姿がないことに気づく。
「彼女に任せておけば問題ありません」
お茶に手をつけるおじさんだ。
聖女もまるで心配する様子はない。
今もお菓子に夢中だ。
しばらくして侍女が戻ってきた。
「殲滅してまいりました」
「巣はありましたか?」
「ええ――村の北方にある森の中に」
「え?」
ちょっと驚く代官だ。
そんな話は知らない。
「洞窟ごと潰してきましたのでご安心を」
「良いでしょう。ご苦労様でした。お茶でも飲んで休んでくださいな」
代官は思った。
このキツネ面の二人はおかしい、と。
いや、聖女も含めてだ。
まるで何事もなかったかのように談笑しているのだから。
「エーリカ、殿下とお話しなくてもいいのですか?」
「ん~ちょっと行ってくる」
と立ち上がる聖女だ。
「陛下が戻ってきてからですわ」
既にドアに手を掛けていた聖女がとまる。
「それもそうね! ねぇねぇ……弱った殿下はちょっとよかったわね」
「ん? 弱っているのがいいのですか?」
「そりゃそうよ! ああいう姿はきゅんきゅんきちゃう!」
変わった趣味だな、と思うおじさんであった。
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