第1098話 おじさん聖女のサポートをしてみせる


 ぺかーと光る聖女の手。

 その光に宿るのは神聖な浄化の力であった。

 ただし、失敗は浄化できない。

 

 故に蛮族は蛮族のままである。

 

 聖女の目には一気に黒いモヤが晴れていくのが見えた。

 その向こうにいたのは、寝台に横たわる元王太子である。

 

 うなされているのか。

 随分と苦しそうに顔をゆがめている。

 

 そして――往時の頃よりも遙かに痩せていた。

 頬がげっそり、というくらいには。

 

「これでとりあえずはいいかしらね」


 聖女がむふんと胸を張った。

 さすがに聖女というだけのことはあるだろう。

 

 なにせ呪いのアイテムがもたらす悪いものを浄化したのだから。

 

「エーリカ、殿下の首元を見てくださいな」


「ん?」


 と、視線をむける聖女だ。

 そこには教会で使う夜天石に似たものをあしらった首飾りがあった。

 

「どうやらアレが呪いの元凶ですわね」


「ほおん……確かになんか嫌なものを感じるわね」


 ――夜天石。

 本物は神殿で祈りのアイテムとしてよく知られているものだ。

 

 一見すると黒曜石のような真っ黒な石である。

 だが、夜天の名が示すように黒の中に、星々のきらめきを思わせる貴金が散らばっているものだ。

 

 言うなれば、黒いラピスラズリか。

 

 祈りを捧げることで、この貴金のきらめきが増すのだ。

 おじさんにはどういう理屈かわからない。

 

 ただ神々が実在する世界である。

 そういうものか、と納得していたのだ。

 

 元王太子の首飾りも黒をベースに輝きがある。

 だが――その輝きは濁った光を放っていた。

 

 一般的に貴金のきらめきは澄んだ青である。

 元王太子の首飾りに見えるのは、淀んだ紫のような色だ。

 

 見る者が見れば、偽物だとわかるだろう。

 

「ん~どうしたらいいと思う?」


 聖女が首を傾げて、おじさんに聞く。

 

「どうしたらいい、と言われても困りますわね」


 そもそもこうした解呪は神殿の専門だ。

 確かにおじさんは三度ほど呪いを解いている。

 

 一度目は王妃を蝕んでいたもの。

 二度目はルシオラ嬢とエンリケータ嬢の母親である。

 三度目はタオティエ。

 

 いずれも邪神の信奉者たちゴールゴームの仕業だった。

 

「あのね、さっきの浄化のやつあるじゃん」


 聖女がおじさんに言う。

 

「あれって、だいたいのは浄化できちゃうんだよね」


「なら、呪いのアイテムが残っているのがおかしい、と言いたいのですか?」


 こくんと頷く聖女だ。

 

「今のところ、あれ以上の浄化の魔法って使えないもんに!」


 聖女が自信満々に胸を張った。

 思わず、息を吐いてしまうおじさんである。

 

「なら――再度、使ってみますか。さっきの浄化魔法」


「いいけど……」


 と、聖女が浄化の魔法を発動させる。

 ぺかーと聖女の手が光って、呪いのアイテムに照射された。

 

 ただ――うんともすんともいわない。

 むしろ、元王太子の眉根にしわが深く刻まれた。

 なにか悪い影響がでているのだろうか。

 

「エーリカ、もう少しそのままで」


 おじさんは自身の魔力が見える目で詳しく見る。

 

 元王太子の首飾り。

 そこから黒い魔力が魔力を浸透していた。

 渦を巻き、深く食いこむように。

 

 それが浄化の光を浴びて、暴れているのだ。

 まるで浄化されたくないと抵抗するかのように。

 

「もういいですわよ」


 おじさんの言葉とほぼ同時に、浄化の光が消えていく。

 

「ふぅ……なにかわかったの?」


 少しふらつく聖女だ。

 さっきの浄化魔法は負担が大きいのかもしれない。

 

「そうですわね。エーリカの浄化魔法は効果があるかと思います。ただ、その出力が低くて、呪いの抵抗の方が優っているとい感じですわね」


「出力か~」


 どうしたもんかと聖女は首をひねっている。

 まだ浄化の魔法は使えると思う。

 ただ、あと一度か二度。

 

 出力を上げることができるとすれば、一度が限界だろう。

 いや、その一度ですら怪しい。

 

 どんどん、とドアを叩く音がする。

 

「リー、大丈夫か?」


 国王だ。

 恐らく、先ほど浄化の光が漏れたのだろう。

 それを心配したのだ。

 

「問題ありませんわ。先ほどのは聖女様のお力によるものですから。今しばらくはそのままで」


 念のために釘を刺しておくおじさんだ。

 

「エーリカ、わたくしが少し手助けをしましょう」


「え? 手助け?」


 おじさんが女神の光を使うのはかんたんだ。

 あの魔法は女神の力をもって浄化するのだから。

 

 王妃を蝕んでいた神の呪いですら浄化した実績がある。

 なので、このアイテムも解呪できるだろう。

 

 だが、ここは聖女の力で解呪したということにしておきたい。

 だからこそ、聖女にがんばってもらうことにしたのだ。

 

 戸惑う聖女の背にぴとりと手を当てるおじさん。

 その背を通して、聖女の魔力を感じ取る。

 

 いや、目で見ながら同調させていく。

 

「ま、トリちゃん以外とやったことはありませんが、上手くできるでしょう」


「え? ちょ? やったことないって? ど、どどど、どーゆーこと!?」


 おじさんは考えていたのだ。

 どうすればいいのか、と。

 

 そこで思い当たったのが、トリスメギストスである。

 いつもおじさんと魔力を同調させて、二人で魔法を発動してきたのだ。

 

 つまり――役割としてはサポートだ。

 聖女に不足している魔力、そして術式の制御。

 この二つをおじさんが担当する。

 

 それだけの話である。

 

 本来なら使い魔と主人という特殊な繋がりがあってこそのものだ。

 それも智の万殿であるトリスメギストスという演算特化型の。

 

 無茶な話なのだ。

 

 だが――おじさんには確信があった。

 できる、と。

 

 何度も経験してきたことなのだから。

 

「ちょっと!? リー?」


「何も畏れることはありません。わたくしが万事取り計らってみます。エーリカは解呪と魔法の発動に集中してくださいな」


「え? いや、よくわかんないだけど!」


 おじさんの説明になっていない説明に困惑する聖女だ。


「わたくしのことを信じてくださいな」


 だが――そう言われてしまえば信じるしかない。

 

「んぬぬ! こうなったら信じるしかないわね!」


「嫌いじゃないのでしょう? こういう展開は?」


「もちのろんよ! なんだか主人公っぽくて最高ね!」


 聖女が背中越しに親指を立ててみせた。

 

「リーが信じるアタシを信じろってね!」


 よくわからないことを言い出す聖女だ。

 ほんのり頬が赤くなっている。

 興奮しているのだろうか。

 

「さぁ、行くわよ! リー!」


「いきますわよ! エーリカ!」


 目を閉じて集中する聖女だ。


聖光浄化ファ=ブリーズ!】


「はいやー!」


 聖女が魔法を発動する。

 同時におじさんも聖女の魔力に干渉していた。

 

 自身の魔力を供給しながら、術式の制御も同時に行う。

 ほぼほぼ神業だ。

 

 膨大な魔力を精緻な制御でスムーズに魔法に変換する。

 聖女が魔法を発動するのを邪魔しないよう、負担を感じさせないようにだ。

 結果、聖女が光った。

 

 手が光ったのではない。

 全身がぺかーと光ったのである。

 

「いっけええええ!」


 聖女が雄叫びをあげた。

 呪いのアイテムの抵抗はあったものの、先ほどとは威力が段違いだ。

 

 抵抗むなしく、浄化されていく。

 ボロボロと元王太子の首飾りが砂のように崩れる。

 

「おらああ! ここでダメ押し!」


聖光浄化ファ=ブリーズ!!】


 さらに輝きを増す聖女だ。

 おじさんが魔力を供給し、術式の制御をしているからこそ。

 それをすっかり忘れているようだ。

 

「エーリカ、それはもういいですわ。殿下の回復をしませんと! 浄化の魔法だけだと……」


「ま、まぶしい!」


 殿下が口を開いた。

 

「な、なんだこの光は!」


「ぬわははは! 殿下、これが聖女の光よ!」


「聖女……エーリカか!?」


「そうよ! 聖女のアタシが……」


 がくりと聖女の膝から力が抜けた。

 

「エーリカ!?」


 おじさんが思わず、叫ぶ。

 ぐらり、と聖女の身体が前に倒れていく。

 

「ちょっと……調子にのりすぎ……た」


 元王太子に被さるように倒れる聖女だ。

 体力がなくなっている王太子には避けられない。

 

 ごちーんと頭がぶつかってしまう。


「まったく」


 おじさんは苦笑していた。


「よくがんばりましたわね」


 そう言って、二人に治癒魔法をかけるのだった。

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