第701話 おじさん不在のダンジョンで聖女たちはトラウマを作る
引き続き、アスレチック階層である。
「はいやー!」
と叫んだのは聖女だ。
そのまま斜めに置かれた石の間をトントンとリズム良く抜けていく。
先には落とし穴があることは、既に見ているのだ。
だから最後で大ジャンプ。
身を縮こめてくるりと回って宙へ。
そのまま落とし穴を超えた。
「よっしゃああ!」
そこでビターンと天井から降りてきた石壁にぶつかった。
ずるずると壁からずり落ちる聖女である。
ぶほほほほ、と学園長が噴きだす。
ケルシーも聖女を指さして笑っている。
「……まさかの二段構えですわ」
「とても恐ろしいものを見た気がするのです」
「というか……これ踏破できるの?」
アルベルタ嬢とパトリーシア嬢の二人がキルスティを見た。
そして、静かに首を横に振る。
ちょっと最初から難易度が高すぎると思うのだ。
だがアルベルタ嬢は考えていた。
リー様のことですもの、きっと踏破できる方法があるはず、と。
踏破できない道を作るはずがない。
だって、ここは学生のためのダンジョンなのですもの。
このアルベルタ嬢の考えは半分当たっている。
ただ見当違いでもあるのだ。
おじさんは半分以上、楽しんでいただけなのだから。
「はぁああああ!」
【
ケルシーが魔法を使った。
そして一気に石の道を飛び越えて行く。
さらに落とし穴も飛び越えて、降りてきた壁に対しては――
【
――まさかの二重がけである。
さらに勢いを増して、壁を蹴り破るつもりだったのだ。
ただ、最初に使った魔法の持続時間が切れそうだったのである。
だから、ケルシーは覚悟を決めて魔法を使ったのだ。
自身でも初めてという二重がけという難易度の高い技を。
「いっけえええええ!」
雄叫びをあげるケルシー。
威勢だけは良かった。
良かったのだが……ケルシーはケルシーである。
自身でも使ったことのない二重がけ。
そんなものが上手くいくわけもなかった。
前へと進んでいたのに、真下に向かって魔法が発動したのである。
「みぎゃああああああ!」
落とし穴にむかって急加速していくケルシーが悲鳴をあげる。
次の瞬間――ざっぱああああんと音を立てて水しぶきがあがった。
「ちょ、あれはマズいのです」
パトリーシア嬢が走る。
アルベルタ嬢とキルスティもだ。
アスレチックロードにはきちんと側道が作ってあるのだ。
近くにいた聖女は既に落とし穴をのぞきこんでいる。
「うん! ……気絶してるけど大丈夫みたい!」
聖女の声に一安心する三人であった。
そこへ学園長も駆けつける。
「発想は良かったんじゃがのう。いかんせん魔法の発動に失敗しては元も子もないな」
聖女よと学園長が声をかけた。
「ほれ、ここにロープを用意してあるから下に降りて、ケルシーを救助してくるんじゃ」
年の功である。
自身の宝珠次元庫からロープをだす学園長だ。
それを自分の身体に括りつける聖女。
反対の端はアルベルタ嬢たちが握る。
「いい? 絶対に離しちゃダメだからね! 絶対よ! これはフリじゃないんだから!」
念押しする聖女である。
既に落とし穴に落ちているため、ずぶ濡れだ。
それでも念を押しておく。
「エーリカじゃないから、そんなことはしないのです!」
パトリーシア嬢の言葉に残りの二人も大きく頷く。
「なんか引っかかるわね。……まぁいいわ。絶対に離すんじゃないわよ」
スルスルとロープを伝って降りない聖女だ。
そのまま穴の中に飛びこんでしまう。
この辺りが蛮族たる所以だろうか。
「ぷはあ! ケルシーを確保したから、引きあげてちょうだい!」
聖女の声を合図に、三人はロープを引っぱるのだった。
程なくして、上にあがってくる聖女とケルシーだ。
「たぶん……目を回しているだけだから大丈夫だと思うけど……エーリカ、お願いできるかしら?」
キルスティが聖女に声をかける。
ひとつ頷いて、治癒魔法を発動する聖女だった。
おじさんほどではないが面目躍如である。
「けほけほっ」
ケルシーが咳きこみながら目を覚ました。
「大丈夫? ケルシー?」
アルベルタ嬢が確認をとる。
ケルシーはアルベルタ嬢を見て、おろろろと水芸を披露した。
空中での急な方向転換からの落水である。
それで目が回って、気持ち悪かったのだろう。
「……仕方ないわね」
ケルシー以外の面々は息を吐くのであった。
しばらくして復活したケルシーだ。
再び、コースにむかって走っていこうとする。
それをとめるキルスティであった。
「ケルシー」
「なに?」
「なぜ無理に飛び越えるのですか。穴の手前で降りて、土の魔法を使って穴を塞げばいいのです。そうすれば壁にも当たらないでしょう?」
その発想はなかった、といわんばかりに目を開くケルシーである。
いや、正確にはケルシーだけではなかった。
聖女も、学園長も、だ。
脳筋三人が顔を見合わせる。
「いや、それはそうなんだけど……」
聖女である。
キルスティの正攻法に異議があるようだ。
「うむ。わかる、わかるぞ。壁があればぶち破りたくなるものじゃ」
学園長の言葉にケルシーがウンウンと頷いている。
「いや、だから。それを無理にしなくてもという話なのですけど」
脳筋の三人にむけて正論を言うキルスティであった。
「……先輩の仰ることはもっともです。というかこれ以上、挑戦してしまったら私たちだけ利を得てしまいますわ。それは公平ではありません」
アルベルタ嬢がさらに提案する。
「ですので学園長、側道を通っていきませんか? 私たちは下見にきたのですから」
そうなのだ。
ダンジョンに挑戦しにきたわけではない。
側道をとおって様子が見られれば、それでいいのだ。
「いや……それじゃつまらないんじゃないかのう」
学園長は否定派である。
ただ学生たちが失敗するところを見て笑いたいだけかもしれない。
なにせ自分も散々笑われたのだから。
「
結局のところ、だ。
聖女とケルシーの挑戦はそこで終わった。
下見にきた、という正論に蛮族たちは負けたのである。
アスレチック階層と罠階層、謎解き階層の三つを見て回った。
酷いのはアスレチック階層くらいか、と当たりをつけるアルベルタ嬢たちである。
本当は罠階層も謎解き階層も厄介なのだが。
そこでタイムアップだった。
「ふむ。そろそろいい時間じゃのう。王都まで帰る時間を考えれば、今日はここらで引きあげようぞ」
承知しました、と優等生組から返事があった。
聖女とケルシーは何事かを相談している。
「では、最初の場所に戻ろうかの」
と、エントランスへと戻ってくる一行だ。
最後に学園長が告げる。
「先ほどのカードがあったじゃろう? あれを装置の石板の上に置いてみよ」
ここらからがお楽しみだ、とほくそ笑む学園長であった。
最初にケルシーが、こう? と聞きながら置く。
名前:ケルシー・ダルカインス
攻略中の階層:アスレチック階層
攻略済み階層:なし
称号:エルフのくせに魔法がド下手クソな蛮族
ぶおん、と音がなって中空に結果が表示された。
「ぶわはははは!」
学園長が称号を見て爆笑している。
聖女も同様だ。
「むきいいいいい! 誰が蛮族なのよ!」
どの口が言うのだ、とは言えない面々であった。
「さぁあんたたちもやったんさい!」
聖女がニヤリと笑う。
自分のことは棚にあげているのだ。
「私は特に挑戦していないので問題ないと思いますわよ」
キルスティがカードを石板の上に置く。
名前:キルスティ=アンメンドラ・サムディオ=クルウス
攻略中の階層:なし
攻略済み階層:なし
称号:真面目か!
それは称号ではなく、ただのツッコミであった。
がっくりと膝をつくキルスティだ。
どんまい、と肩を叩く聖女であった。
「さぁ次よ、次! パティ! いったんさい!」
「いやなのです。先にエーリカがやるといいのです!」
「いいわよ! 絶対にいい称号を手に入れてやるんだから!」
聖女も自分のカードを石板に置いた。
名前:エーリカ・ヘイケラ
攻略中の階層:アスレチック階層
攻略済み階層:なし
称号:ツルっと落ちてペタンと壁に張りつく蛮族聖女
「誰がツルペタじゃごるぁああああ!」
聖女が叫んだ。
蛮族は気にならないらしい。
またもや学園長は腹を抱えていた。
他の面々も笑っている。
「パティ! さぁあんたも恥をかきなさいな!」
「むぅ……しかたないのです」
渋々といった感じで石板にカードを置くパトリーシア嬢であった。
名前:パトリーシア=ミカエラ・リンド
攻略中の階層:なし
攻略済み階層:なし
称号:臆病者
「んーいまいち!」
聖女の言葉に学園長とケルシーが同意を示していた。
「そんなこと言われてもどうしようもないのです!」
聖女の言葉に反論するものの、これはこれでどうなのだと思うパトリーシア嬢であった。
「さぁ大トリはアリィよ。見せてやるのよ、
「まぁいいでしょう」
アルベルタ嬢も石板にカードを置く。
名前:アルベルタ=カロリーナ・フィリペッティ
攻略中の階層:なし
攻略済み階層:なし
称号:重度の中二病患者
「だ、誰がですか!」
アルベルタ嬢が怒るのと同時に笑い声も起こった。
聖女とケルシー、学園長の蛮族組である。
「ぎゃあはっはっは!」
ひぃひぃと笑う聖女たち。
プルプルと肩を震わせながら、アルベルタ嬢が口を開く。
「クーガー・アーギトゥ・リュキ・ファーイーズ・ブーレイド!」
それはフィリペッティに伝わる秘伝の魔法であった。
このときアルベルタ嬢は怒りにまかせて、
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