第699話 おじさんのいない薔薇乙女十字団の鬱憤晴らし
「だらっしゃあああ!」
闘技場ダンジョンに甲高い声が響いた。
一番舞台の上で聖女が雄叫びをあげたのだ。
得意のバフとデバフを使った近接戦闘で勝利したわけだ。
相手になった魔物が姿を消す。
おじさんが期待するだけのことはある。
ふだんはどうあれ、戦闘ではなかなかに優秀なのだ。
ふふーんと鼻歌を歌うような声をあげて舞台を降りる聖女である。
どうよ! と言わんばかりに胸を張った。
「エーリカはまた強くなっている気がするです」
パトリーシア嬢が呟く。
「そりゃあ、アタシは従軍してるんだもん!」
そうなのだ。
聖女は時折、魔物の討伐に従軍している。
むろん前線に立つわけではない。
後方にて治癒をするのが主な仕事である。
が――蛮族が大人しくしているはずもない。
女官たちの目を盗んでは、若手の騎士たちを連れて狩りに行く。
そのため実戦経験は、おじさんよりも積んでいるかもしれない。
おじさんの場合、その相手がかなり特殊ではあるのだが。
「むぅ……」
と、口を尖らせるパトリーシア嬢だ。
ポテンシャルという意味では、
今でもおじさんを除けば、三指に入る自信はある。
が、どうにも最近は伸び悩みを感じていたりもするのだ。
「お姉さまが帰ってきたら相談するです」
しっくりこない、というのが当てはまる。
なにかこう魔法を使うにしても、どこかしっくりこないのだ。
勝率は高くないのだ。
なにせ一番舞台や二番舞台といっても強い魔物がでてくるのだから。
それに対して、あれこれと対策を考えるのも楽しいのだ。
ただ三番舞台は不人気である。
やはり搦め手を専門としてくる魔物は一筋縄ではいかないから。
おじさん的には最も勉強になる舞台だと思っているのだが。
聖女やケルシーといった蛮族は、完全にトラウマになっていたのだ。
「ねぇねぇ」
と、ケルシーがアルベルタ嬢に言う。
「みんなと模擬戦したいんだけど」
なるほど、と思うアルベルタ嬢である。
この闘技場ダンジョンでは、
舞台は五つあるのだが、どこを選んでも魔物がでてきてしまう。
「そうねぇ……では空いている場所で軽く手合わせをしましょうか」
「いいの!」
目を輝かせるケルシーだ。
だが――その表情を見て、嫌な予感を覚えるアルベルタ嬢だ。
「いえ……やっぱりやめておきましょう。リー様が戻ってこられたら相談しますわね」
前言を撤回したアルベルタ嬢に、ぶーぶーと文句を言うケルシー。
「そうは言っても、リー様がいない間に怪我をするのはよくないでしょう?」
「それはそう!」
にぱあっと笑うケルシーであった。
「では私は四番舞台に挑戦してみましょう!」
アルベルタ嬢が言う。
なにか思うところでもあったのだろうか。
四番舞台に立つと、黒騎士が姿を見せた。
「ふふ……威圧感が半端ではありませんね」
不敵な笑みをうかべるアルベルタ嬢だ。
自身の使い魔である玄兎を喚ぶ。
今は使い魔を召喚できるようになっているようだ。
「さぁやりましょうか。私だっていつまでもこのままでは居られませんわ!」
決意を秘めた目を黒騎士にむけるアルベルタ嬢である。
その表情を見て、黒騎士が声をあげて笑った。
嘲笑ではない、愉快だという感情が伝わってくる。
「その意気や良し!」
黒騎士が木製の大剣を正眼に構える。
最も基本的な剣術の構えだ。
「かかってくるがよかろう!」
それを合図にアルベルタ嬢も動くのであった。
心ゆくまで身体を動かした
特にアルベルタ嬢だ。
持てる限りの力を使って黒騎士と戦った。
しかし、まったくといっていいほど通用しなかったのである。
だが――それが心地良かった。
身体を動かすことで、少しモヤモヤとした気分が晴れたのだろう。
皆が晴れやかな顔をして、おじさんちから帰って行く。
聖女を除いて。
聖女だけは夕食をごちそうになると言い張ったのだ。
もちろん提案は全員になされていた。
だが、慎みのある御令嬢たちなのである。
おじさん不在のときに食事をして帰るという、厚かましいことはできなかったのだ。
つまり聖女はやっぱり蛮族だったのである。
「さぁ今日の夕食はなにかしらね」
おじさんちの食事にハマっている聖女だ。
うきうきとした様子でケルシーと話している。
「昨日のご飯も美味しかったー」
具体的に何を食べたのかは忘れているケルシーだ。
だが、美味しかったということは覚えている。
「あんたねぇ……もうエルフの里の食事だと満足できないんじゃないの?」
「できない! でも、大丈夫。ずっとここに居るから!」
元気よく答えるケルシーだ。
ケルシーが決めることではない。
しかし、そんなことは知ったことではないケルシーであった。
二人はサロンでのんびりとおしゃべりをしている。
そこへ弟妹たちもやってきて賑やかになった。
さらに、だ。
「ただいま戻りましたわ」
と、おじさんまで顔を見せた。
もちろん両親もだ。
「え? え? リー?」
聖女が声をあげた。
ケルシーはにこやかに、おかえりーと声をかけている。
「あら、エーリカ?」
おじさんたちは霊山ライグァタムへとむかった。
だが、夜はあちらで泊まらずに転移で帰ってきている。
「え? リーってばしばらく留守にするって聞いてたんだけど」
聖女が目を白黒させながら、おじさんに聞く。
「そうですわね。霊山ライグァタムに行っています。けど、夜はこちらに戻ってきていますわよ」
「そ、そうなんだ……」
「ケルシーから聞いていませんの? 昨日も戻ってきていましたわよ?」
ぎん、とケルシーを見る聖女である。
ケルシーは妹と弟と一緒にゲームに興じていた。
「……なにも聞いてないわね」
と、聖女はかんたんに事情を話す。
学生会で闘技場ダンジョンに行ったこと、夕食はどうですかと誘われて自分だけが残ったことを。
「なるほど、そういうことでしたか。しばらく学園には行けませんが、夜はこちらに戻っていますと皆にも伝えておいてくださいな」
「……うん。ってか、けっこうな人数で転移しても大丈夫なの?」
「問題ありませんわね」
にこやかな笑顔を見せるおじさんであった。
そんなおじさんを見て、聖女は軽く息を吐く。
「みぎゃああああ! なんでそんな転がり方するのよう!」
ケルシーの叫び声だ。
また、やらかしたのだろう。
「けるちゃん、それはだめっていったのに」
「そうだけど! そうだけども!」
ドンドンと床を叩く音まで聞こえてくる。
「まぁケルシーのことは放っておいて。ところでリー、霊山ライグァタムってどんなところ?」
聖女も興味があるようだ。
おじさんもロマンを解する者である。
霊山ライグァタムについて、饒舌に語るのであった。
結局のところ聖女はその日、お泊まりした。
ケルシーと聖女と妹が、おじさんの寝室で夜遅くまでおしゃべりをしていたのである。
翌日のことだ。
聖女からおじさんが帰ってきている旨を聞いた
そして――大いに揉めた。
ケルシーと聖女の二人がおじさんに会っていたのだから。
そのことを知って、大もめにもめたのである。
「リー様! お会いしたかったですううう!」
そんな声が学生会室から響いたとか響かなかったとか。
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