第691話 おじさん鬼人族の家でつまみ食いをする


 鬼人族里長の家である。

 おじさんと母親、侍女たちの四人はお茶をしていた。

 お茶うけにも、トウモロコシの粉を使った焼き菓子がだされている。

 

 ほんのりとした優しい甘みがあり、ざくざくとした食感のクッキーだ。

 これはこれで美味しいと思うおじさんだ。

 

「里の初代……ですか」


 おじさんの質問を受けて、オリツがボソリと呟いた。

 そうですね……と記憶を掘り起こしているようだ。


「初代様はもともと別の大陸で生まれたと伝わっています。で、故郷を飛びだして旅を続けたあげく、この地に腰を落ちつけたと」


「なら、王国ともまた違う文化や風習を持っているのにも納得がいく話ね」


 母親がおじさんより先に答えた。

 侍女たちも頷いている。

 

「この地に腰を落ちつけたのは闇の大精霊様とお会いしたからだそうですが、あまり詳しい話は伝わっていません。ただ……」


 と、オリツはお茶を含んでから言う。

 

「ここに里を作るのに闇の大精霊様にもご協力をいただいたそうです。そうした理由もあって、我ら鬼人族は闇の大精霊様を祀っています」


 ほおん、と相づちを打つ母親である。

 ご協力ねぇと口が動く。

 

 母親とおじさんは同じことを考えていた。

 恐らくは郷里から移住したい鬼人族を連れてきたのだろう、と。

 ひょっとしたら集落全部がそうだったのかしれないが。

 

「その闇の大精霊様ですが、わたくしにいったい何の用なのでしょう?」


 おじさんは気になっていたことをオリツに聞く。

 

「実は詳しい話は伺っておりません。ただ、呼んでほしい、と」


「なるほど。まぁそれなら行ってみないとわかりませんわね」


 おじさんが顎に指をあてて、少し沈思した。

 その間に母親が聞く。


「オリツ、あなたは魔導武器を見たことがないかしら?」


「魔導武器ですか?」


「うちのご先祖様がね、その昔霊山ライグァタムで大立ち回りをしたって記録が残っているのよ。そのときに愛剣を紛失したと。で、その愛剣が魔導武器だと言われているの」


「……愛剣。そうですね、里に伝わる物であれば見たことがあるかもしれませんが……さきほど初代様が使っていたという鎧と武器くらいしか心当たりはありません」


 ぺこりと頭を下げるオリツであった。

 

 その姿を見て、おじさんは胸の裡で得心する。

 魔導武器を作ったとされるのもまた転生者である可能性があるのだ。


 ストーンロールという名前が怪しい。

 それだけの理由ではあるが。

 

 仮に転生者だとすれば、日本刀を作ってもおかしくはない。

 おかしくはないのだが……初代との時期がズレているはずだ。

 

 いや……そもそもの持ち主がおじさんの先祖だとすれば、その時期のちがいも埋められる。

 そして、なんらかの理由で愛剣を初代に譲ったとも考えられるだろう。

 

 すべては推測の域はでない。

 都合のいいように点と点をつなげただけの話である。

 

「そう……まぁいいでしょう」


 そこからは他愛のない話が続く。

 侍女がこのお菓子の作り方を聞いたり、侍女長がお茶を欲しがったりもした。

 

 おじさんもにこやかに話に加わる。

 あまり深く考えるのはやめようと思ったのだ。

 

 考えれば考えるほど沼にハマりそうだから。

 それならば真実を知るであろう者に聞くのが手っ取り早い。

 

 良くも悪くも、おじさんは切り替えが早い。

 前世で培ったスキルのひとつだ。

 

「オリツ、鬼人族の里では食事はどんなものを食べるのです?」


 おじさんが聞く。

 色々と気になることは多いのだ。

 特に食事については、おじさんも取り入れるべきを取り入れたい。

 

「そうですね。うちの里ではモロシコの粉を練って焼いたものが主食になります。あとは……」


「ああ!」


 おじさんは思わず、声をあげていた。

 そこで繋がってくるのか、と。

 

 漆喰を作るのには石灰が必要になる。

 この石灰はとうもうろこしなどの穀物を食べるときにも使われるのだ。

 

 いわゆるニシュタマリゼーションである。

 水に石灰を入れてアルカリ化して煮ることで、幾つかの栄養素が吸収されやすくなるのだ。

 

 これが理由で南米ではとうもうろこしが主食として親しまれてきた。

 

「ええと……お嬢様?」


 侍女がおじさんを見た。

 侍女長も母親もオリツもおじさんを見ている。

 

「いや、納得しただけですわ。あの白い壁を作るのにも使う素材で、モロシコの実を煮るのでしょう?」


 おじさんの言葉に目を丸くするオリツだ。


「よくご存じで」


「古い文献で見たことがありましたので」


 嘘である。

 前世で見た本の知識だ。

 

「ほおん。面白いわね」


 母親も目を輝かせる。


「もし、よろしければうちの厨房を見てみますか? そんなに大したものではないのですが……」


 興味津々なおじさん一行は、すぐに立ち上がるのだった。

 

 厨房とされる場所に移動するおじさんたちである。

 そこには調理台が幾つかと、ドラム缶型の円筒が二つあった。

 円筒の天面には鉄板が備え付けられている。

 

 円筒の真ん中あたりには窓があって、煤がついていた。

 薪を入れて焼いているのだろう。

 

「うん……材料もありますから、少しだけ作ってみましょう」


 オリツが手際よく、粉を練って円状の生地を作る。

 おじさんは魔法を使って鉄板を温めておいた。

 

「ありがとうございます。あとは、これを焼くだけです」

 

 若干だが黄みがかった白い生地が五つ。

 それを鉄板の上に、ひとつずつならべていく。

 

 熱が伝わって香ばしい香りがしてくると、ぷくっと生地が膨らんだ。

 

「あ、食べ頃です。本当は肉や野菜を調理したものと一緒に食べるのですが、今は焼きたてですから塩だけでも美味しいです」


 と、膨らんだ生地を木皿にのせて、塩を一振り。

 それを躊躇することなく、母親は手でとってかぶりつく。

 

「あひひ……ううん、美味しいわぁ」

 

 正直、お行儀はよくない。

 が、侍女長はなにも言わなかった。

 こういう食べ方が美味しいことも知っているから。

 

「あちち……美味しいですわね」


 素朴な甘みにほんのりとした塩味。

 これだけでも十分な一品になるほどであった。

 おじさんも大満足である。

 

「小さい頃には、よくこうやって食べていました」


 おやつ感覚なのだろう。

 前世では、そんな経験をしたことがないおじさんだ。


 でも、こうやって経験してみるとわかる。

 美味しくて、楽しい。

 

 おじさんたちは、なんだかんだで鬼人族の里を楽しんでいたのである。

 

 一方で父親だ。

 里長から鬼人族の里が直面する問題について相談されていたのである。

 

「……なるほど。人口の減少に高齢化か」


 その手の問題はついてまわるものだ。


「手っ取り早いのは外部から人を入れることなんだけど……」


 父親は言いながら考えてしまう。

 

 そもそも、だ。

 鬼人族との間に子はできるのか。

 子ができたとして、その子は鬼人の特徴を持っているのか。

 

「里長、ここ以外で鬼人が住んでいる場所をご存じかな?」


 父親の問いに里長は首を横に振った。


「そも初代様は別の大陸で生まれたと。で、紆余曲折を経てこの地に腰を落ちつけて里を開いたということなのですじゃ」


 里長はゆっくりと続ける。


「我らは長く人とは関わってこなんだですからの。初代様のときには人とも交流を持っておったようなのですがな、いつしか交流は失われてしもうておった」


 首肯する父親である。

 確かに交流と言われても、だ。

 そもそも霊山ライグァタムに入るまでが大変である。

 

「まぁ時折、オリツのように正体を隠して、人里へ降りる者もおりますが……我らは人より長命な故、いずれは戻ってきますな」


「王国から人を入れることはできる。が、うまくやっていけるとかというと、正直なところよくわからない。あなたたちも、できれば同じ鬼人の方が安心できるだろう?」


 父親の言葉に里長や、村人たちも頷いている。

 決定的な解決法は……と父親は息を吐く。

 娘の姿が頭をよぎったからだ。

 

 あの娘なら。

 父親が思いもよらない方法で解決してしまいそうである。

 ただ、そのことを告げるかどうかは迷ってしまう。

 

 言えば、やるだろうから。

 

「まぁその話はいったん横に置いておこうか。すぐに解決できるものでもない。で、我ら王国としては交流ができるのならしたいと考えている。お互いのことを知る、それが重要だからね」


「王国の麾下に入れとは言わんのですな」


 里長がぢっと父親を見た。

 この程度の視線で揺れる父親ではない。


「我ら王国貴族の力は弱き民のためにある。外にでて戦争をしかけることはしない。必要なら大精霊様に誓ってもいい」


「……なるほど」


 腹の探り合いだと、父親は感じた。

 だが、父親にその気はない。

 

「里長、そも闇の大精霊様がうちの娘を呼んだのだろう? なら、私たちはそんなことをしない」


「……でしょうな。疑ってしまい、申し訳ございません」


「いや、むしろ疑わない方がおかしいと思うよ」


 ニカッと笑顔を見せる父親であった。

 

「里長、交流に関してはそちらの意思次第ですぐにでも対応できる。そのことを皆ではかってほしい。私たちはその間、席を外しているよ」


「お気遣いいただきありがとうございます。そのようにさせていただきます」


 父親は席を立つ。

 そして、騎士たちを連れて岩室の外に出るのであった。

 

 うーんと身体を伸ばす。

 

「ゴトハルト、リーなら鬼人族の問題を解決できると思うかい?」


 念のために父親は隊長にも聞いておく。

 隊長はホッと息を吐いてから言った。

 

「……お嬢様なら、まず間違いなく解決されるでしょう」


「だよねー」


 苦笑を漏らす父親とゴトハルトであった。

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