第680話 おじさんの戦いはこれからだ


 居並ぶ蛇人たち。

 その一人一人に、おじさんは名づけをしていた。

 なんだかんだで名前がないと不便だから。

 

 だがネーミングセンスがないことに定評があるおじさんだ。

 なので、蛇人っぽい名前をわかりやすくつけていく。

 

 イチ=アといった具合だ。

 もう、おじさんは機械のように順番につけていくだけであった。

 

 ちなみに蛇人の男女の区別もおじさんにはつかない。

 なので、あらかじめ命令して、男女別に分かれてもらった。

 数としては五十二人が男性で、六十四人が女性である。

 

 若干だが女性の方が多かったようだ。


 ちなみにバベルとランニコールの下僕となった蛇人たちも、ちゃっかりおじさんに名前をもらっていた。


 先に目を覚ましたのはグリヴ=オの方である。

 蛇人の神子補佐であるグリヴ=オは思う。

 神子ってなんなんだ、と。

 

 いや、神子という言葉は知っている。

 字義どおりに神に愛された子だ。

 

 ――だがしかし。

 

 いくらなんでもというものではなかろうか。

 

 蛇人の一族は蛇神様が太古に作ったという神話がある。

 蛇神様は三日をかけて、百人の蛇人を作ったとするのだ。

 

 三日をかけたのだ。

 蛇神様でも。

 

 色々と条件はちがうのかもしれない。

 だが――神子様は一瞬で百人を超えるであろう蛇人を作った。

 

 目の前に広がる光景を黙って眺める。

 ――わけわからん。

 それがグリヴ=オの素直な気持ちであったのだ。

 

 グリヴ=オが目を覚まして、しばらくして。

 蛇人の巫女であるマ・モザも目を覚ました。

 

 だが――マ・モザは目の前の光景が信じられなかったのだ。

 理由はグリヴ=オと同じである。

 

 神話で語られる話はなんだったのだ。

 そんな思いを胸にしながら、マ・モザは現実を受けいれられなかった。

 

 だから、彼女はもう一度気絶したのである。

 すぐにグリヴ=オの手で起こされてしまったのだが。

 

「ふぅ……」


 おじさんが額の汗をハンカチで拭った。

 ようやく全員分の名づけが終わったのである。

 

 宝珠次元庫から飲み物をとりだすおじさんだ。

 コクコクと喉を潤す。

 

「トリちゃん。そこの飲み物なのですが、解析してくださいな」


『うむ……それはかまわんのだが、主よ』


「どうかしましたか?」


『この人数、賄いきれるのか?』


「無理ならランニコールとバベルのところで引き取ればいいです」


『それもそうか』


 トリスメギストスの疑問に答えたところで、おじさんはマ・モザとグリヴ=オの二人に視線をむけた。

 

「二人に問います。この人数、村で賄うことはできますか?」


 おじさんの問いに、黙考する二人である。

 しばらくして巫女であるマ・モザが口を開いた。


「往事には二百人近くの蛇人がここで暮らしていました。ですので住む場所はあるのですが、食料の備蓄がありません。十年以上は五人で暮らしておりましたので」


 ふむ、と頷くおじさんである。

 マ・モザから引き継ぐように、グリヴ=オが続ける。

 

「神子様、いずれ時がくれば受けいれることもできましょう。ですが、現時点で受けいれられるのは二人が精一杯かと」


「再度、問いますわ。あなたたちは主食に何を食べますの? 肉しか食べられない、あるいは野菜、穀物、果物。なんでもいいのですけど、それらを生産する手段も今はないということですか?」


 おじさんが確認をとった。

 グリヴ=オがそのまま続けた。


「我らくらいの人数ですと御山の恵みで暮らせてしまいますので、特に村でなにかを作るということはありません。先ほどお出ししました茶の原料であるヒーチェリくらいです」


 ぱちんと指を鳴らすおじさんだ。


「それですわ。わたくし、ヒーチェリが欲しいのです!」


 珈琲豆のことだ。

 おじさんはどちらかと言えば、珈琲党だったのである。

 

 業務用の安いインスタント専門だったけど。

 豆を扱う知識はある。

 

「ヒーチェリは残っておりますので、お分けできますが……」


 マ・モザがそんなに欲しいのか、と首を傾げた。

 

「まぁその前に懸念を片づけてしまいましょうか」


 バベルを喚ぶおじさんだ。

 即座に姿を見せる狩衣姿の偉丈夫である。

 

「主殿、そこな者たちを我らが領域に滞在させたい、ということでいいのでおじゃるか?」


 話が早い。

 にっこりと微笑むおじさんだ。

 

「ふむ。では、遠慮されることはない。我らは主殿の意向に添うためにおじゃるのだ。ランニコールも既に同意をしておるよ」


「バベル、ランニコール。あなたたちには悪いですが、しばらくはこの村の復興を任せます。素材がなくなりましたので、蛇人の追加は無理ですが、人手が足りないようなら」


 おじさんが、さらにニコッと微笑む。

 

「わたくしが召喚いたしましょう」


『却下だ!』


 即座にツッコむトリスメギストス。

 

『ほいほいと異界から旧き神を喚ばれてはたまらん』


「むぅ。お楽しみの時間ですのに」


 頬を膨らませるおじさんであった。

 

「リーちゃん! 私も召喚魔法を使ってみたいんだけど!」


 母親である。

 さすがにその話は黙って聞いていられなかったのだろう。

 

『御母堂よ、その話は後でじっくりとしようではないか』


「ほんと! 約束だからね!」


 使い魔の機転で、あっさり引き下がる母親であった。

 だが、そうは問屋が卸さない。


「主殿。麻呂はもう一人ほど召喚してもらえるとありがたい」


 バベルである。

 

『なにい! 余計なことを! 貴様らの能力なら、さほど苦にもならんであろうが!』


 トリスメギストスが声を発するも、既に遅かった。

 ふんすふんす、と鼻息を荒くするおじさんがいたからだ。

 

「むふふ。わたくしの使い魔からのお願いなのです! これは主として聞き届けなければいけませんね!」


 とことこと歩いて四阿あずまやをでる。

 おじさんはカッと目に力をこめた。


 ぱん、と両手を合わせて魔力を高速で励起させる。

 

『マズい。いつもより魔力の規模が大きい!』


召喚コール! 悪夢の迷宮への門ゲート・オブ・バビロン!


 それはバベルを召喚したときと同じ詠唱であった。

 あのときよりも増した魔力で、さらに精度の高い魔法が放たれる。

 

再誕の祝福デヴィル・リバース!】


 おじさんの頭上にできあがった巨大な魔法陣。

 その魔法が光を放ち、なにかが召喚された。

 

「ふぅ。まぁこんなものでしょうか」


 おじさんの言葉が言い終わらないうちにバベルが叫ぶ。


「げええ! あいつは! 主殿、我はこれにてし……」

 

 バベルの肩をがっしりと掴んだのは召喚された魔神であった。

 女性である。

 美しくも猛々しい猛禽類のような印象だ。

 

あなた・・・はどこへ行こうというのですか」


「ちがっ! 主殿!」


『ぶはははは! なにか厄介なものを掴まされたようだな!』


 トリスメギストスが盛大に笑う。

 

「そこな魔本。厄介とはどういうことですか?」


 魔神がトリスメギストスに噛みついた。

 

『我は魔本ではない。 知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトのひとつ、万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリーだ。そして主の使い魔筆頭でもある』


「ほおん……」


 ギリギリとバベルの肩を掴む魔神の手に力が入った。

 ぎゅううと指先が肩に食いこんでいく。

 

「説明してくださるのでしょうね」


 口調は優しい。

 が、その裏に秘められた感情は激しかった。

 

「いや……」


 口ごもるバベルだ。

 

「そこの小娘に聞いた方が早いですか?」


 魔神の一言に切れたのは両親だ。

 ああん、とヤンキーのような威嚇をする。

 それを意に介さない魔神。

 

 一触即発の空気が場を満たした。

 蛇人たちは完全に空気と化している。

 いかに自分たちの存在に気づかれないか必死だ。


「まったく。バベルにランニコールときたので安心していましたのに。使い魔に文句があるのなら、わたくしに言ってくださいな」


 一歩、前に踏みだすおじさんだ。

 ふわりと銀色の髪が浮き上がる。

 

 ついでに、おじさんの周囲にある小石まで宙に浮く。

 

 魔力の桁がさらにあがったのだ。

 高速励起はまだ続いている。

 

 ゴゴゴゴゴと背景に文字が描かれそうな超絶美少女が、ニコリと微笑んだ。

 

 そんなおじさんの姿に、ゴクリと唾を飲む魔神であった。

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