第653話 おじさん学生室でお茶を濁す
学生会室でのことである。
おじさんを除けば、誰しもがジャニーヌ嬢の名をあげるだろう。
それほど料理上手として名が知られている。
ちなみに対校戦の物販のときには料理を振る舞おうと画策したものの、経験不足から頓挫してしまった。
そうした経緯もあってか。
ジャニーヌ嬢はここ最近、料理をするだけではなくなった。
もうひとつ上の視点に立って、物を見るようになったとも言えるだろう。
ただ――いきなり完璧にこなせるという訳でもない。
「今回、お持ちした差し入れですが当家ではオルニャッチョと呼ばれる料理になります。かなり古くから伝わる伝統的な秋の味覚ですの」
控えていた各家の侍女たちが、お茶とともに用意をしてくれる。
各人の前に持ってこられたのは、掌大の大きさをしたケーキだ。
濃いめの茶色の生地の上にドライフルーツやナッツがのっている。
一見するとチョコレートケーキのようにも見えるものだ。
「食べていただけるとわかるのですが、このお料理はお砂糖を使っていませんの。素材の甘さだけですので、最近の甘味と比べると少し物足りなく感じるかもしれませんわ。けど、味には自信がありますのでどうぞ召し上がってくださいな」
ジャニーヌ嬢の言葉が終わらないうちに、ケルシーが動いていた。
「いいいいやっっふううぅうう!」
叫んで、一口。
切り分けずに丸ごとフォークでブスリといく。
そのまま口へ運ぶのが蛮族流だ。
素手でいかないだけマシかとおじさんは思う。
「……おいしい」
もぐもぐと口を動かすケルシーの第一声だった。
「栗! 栗がのってないのに栗のあじ!」
ケルシーは栗が大好きだ。
エルフの村では定番の秋の味覚だったらしい。
「栗の実を粉末にしたものが生地に使われています。その生地の上にうちの領地で作られたドライフルーツや、木の実を砕いてのせてありますので」
美味しそうである。
上品に切り分けて、一口でパクリといくおじさんだ。
所作がとてもきれいである。
それを見て、うんうんと頷くイザベラ嬢だ。
「まぁ! これはいいですわね。控えめな甘さが上品ですわ」
パクリと次の一切れをいただくおじさんである。
生地から香る栗、そしてドライフルーツの甘み。
特にこのイチジクのような実が美味しい。
それに加えて、木の実の歯ごたえだ。
軽く塩味がつけてあるのだろうか。
これもいいアクセントになっている。
そこでお茶を含むおじさんだ。
今日のお茶はおじさんが差し入れした茶葉である。
最高級の紅茶を取り寄せたのだ。
フレッシュな茶葉の香りがいい。
「ジャニーヌ嬢はいいものを差し入れてくださいました」
満足といった表情になったおじさんである。
ケルシーを初め、脳筋三騎士の皿はもう空である。
物欲しそうな目をするケルシー。
そんなエルフの少女を見て、ジャニーヌ嬢が口を開く。
「今日はひとりあたり三つまでおかわりができますので。ケルシー、そんな顔をしないでいいわよ」
――優しい。
まるで慈母である。
ケルシーがニパっと笑う。
「ありがとう! ジャニーヌ!」
そんなケルシーにジャニーヌ嬢も笑顔をむけた。
「ぶるわぁあああ! おかわりだああああい!」
カタリナ嬢、プロセルピナ嬢、ルミヤルヴィ嬢の声も揃う。
さすが
こうして賑やかな時間が過ぎていく。
余った分は包んでもらうおじさんだ。
料理長に渡せば、また食べることができるだろう。
素朴ながらも美味しい料理は多くあるものだ。
それも当たり前のことだろう。
この国にも営みはあるのだから。
「お菓子、おいしかったあ」
ケルシーも満足したのだろう。
今は部屋に置かれたソファで横になっている。
そのまま寝てしまいそうな勢いだ。
実に本能に忠実なエルフである。
そこへ学園長室へ行っていた相談役の三人が戻ってきた。
「会長、少しお時間よろしいでしょうか?」
ヴィルが代表して、おじさんに声をかける。
笑顔で応じるおじさんだが、三人の表情が明るいのを見て、なにかいいことがあったのだと判断した。
「先ほど学園長に確認してまいりましたが、現状はまだダンジョンの調査が終わっていないとのことでした。そのため学園としてダンジョン講習をするのは、当分先になろうとのことです」
おじさんは少し吹きだしそうになった。
学園長もよく言うものである。
事の真相をある程度はおじさんが話しているのだから。
「ただ……学園長曰わく、会長が引率につくのなら学生会で攻略を進めてもかまわないとのことです。現状、確認できている範囲では命の危険性がありそうではない、という点もあわせての判断とのことでした」
なるほど、と頷くおじさんだ。
ダンジョンマスターが一緒なら万が一もないだろう。
が、それも公爵家の地下から転移陣を使ってとんだだけ。
あの場所が特殊なダンジョンだと理解している。
なのでミグノ小湖のダンジョンとは別と認識しているのだ。
それを明かしてしまってもいいのだが……いや、やめておこう。
余計な秘密を明かして負担にさせたくない。
と、なると。
転移を使って移動するのはやめるべきか。
いや――学園と結んでしまうのはいいのかもしれない。
が、これも独断ではできない。
いずれは学園長と話しておくべきだろう。
当面は学園から馬車で通うか。
森の中を進むのもやってできないことはない。
やはり飛空艇の開発を急ぐべきだろうか。
「……会長?」
おじさんが黙考してしまったのを不審に思う相談役の三人だ。
特にキルスティは思っていた。
またとんでもないことを言い出すのでは、と。
「ん? ああ、失礼いたしました。ダンジョンへの道行きを考えていましたので……」
と、おじさんはお茶を含んでから続けた。
「まぁさほど時間がかかる道程でもありませんしね。そのことは後でいいでしょう」
ホッと胸をなでおろすキルスティであった。
「では、明日にでも一度足を伸ばしてみますか。今日は時間からして、行って帰ってくるだけになってしまうでしょうから」
「そうですね。一度、様子を見ておく方がいいでしょう。明日は少人数で代表してダンジョンにむかうことを提案しておきます」
ヴィルの言葉に頷くおじさんだ。
明日はあくまでも下見、攻略はしない。
まぁ――下見もなにもないのだけど。
「では、御三方とアリィたちで一緒に選抜しておいてくださいませ。わたくしは少し用を思いだしたので、今日は帰宅します」
「承知しました」
「ケルシーはどうしますの?」
「んーワタシはもうちょっと居る! だって、じゃんけんするんでしょう! 絶対に勝つんだから!」
メンバーを選ぶ。
それをじゃんけんでやると思っているのだろう。
またケルシーが泣くはめになりそうだが……なにも言うまい。
「では、わたくしはお先に失礼しますわね」
おつかれさまでした、と全員から声がかかった。
学園から帰宅するおじさんである。
その馬車の中で侍女が聞いた。
「お嬢様、先に帰ってしまってよかったのですか?」
「ええ。少しやることができましたので」
「やること、ですか」
侍女の言葉にコクンと頷くおじさんだ。
「ちょっとダンジョンを改装しましょう。学園生が使いやすいように」
侍女は頬を引き攣らせた。
今度は何を思いついたのだろう。
そのことに一抹の不安を覚えるのであった。
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