第652話 おじさんはケルシーの扱いが巧くなる
学園長に勝利したおじさんである。
その後、少し雑談をしてから学生会室へと足を向けた。
正直なところ、学園長にも相談したいことはあったのだ。
おじさんの作ったゴーレム馬が意思を持った点である。
有識者である母親や祖母とはまた違った意見が聞けるかも、とは思うのだ。
ただ――それをしたら今日はそれで終わる。
絶対に学生会室には戻れなくなると思うのだ。
トリスメギストスが伝手をたどって確認すると言っていた。
が、そこに全部頼ってしまうのもちがうような気がするおじさんである。
『主殿、よろしいかな』
学園の中を歩いているおじさんに念話が入る。
使い魔のバベルだ。
聖女の様子をうかがってもらっていたのである。
『大丈夫ですわよ。案外、早かったですわね』
『ほほほほ。麻呂にかかればこの程度のことは造作もないでおじゃる』
念話を続けながら廊下を歩くおじさんだ。
『ご苦労様でしたわね』
『なんのなんの。さて、エーリカ。聖女であるが、結論から言えば文句をたれ流しておった。此度の従軍は定期訓練らしく、小物の相手をしておったよ。やれ飯が不味いだの、やれ寝心地が悪いだのと悪態をついておったわ』
おじさんとすれ違った学園生が頭を下げて、足をとめている。
その横を笑顔で颯爽と歩いていくおじさんだ。
『定期訓練ですか……よかったですわ。
『うむ。主殿の名前をしきりにだしておったからな。近いうちに神殿とやらの勢力から接触があるかもしれぬ』
リー様……と手を振る女子生徒がいた。
おじさんも小さく手を振ると、きゃあと黄色い声があがる。
『……ですか。承知しました。ある程度は事前に対策をとっておく必要があるかもしれませんわね。改めて、言いましょう。ご苦労様です』
『いちおう麻呂の分体をつけておいたでおじゃる。なので異変があればすぐにでも対応できよう』
『では、頼みます』
ちょうど会話が切れるタイミングで学生室に到着した。
そのままドアを開けて、中に入る。
「ごきげんよう」
おじさんの言葉に、皆の視線が集中する。
「リー様、おつかれさまです!」
アルベルタ嬢から声がかかった。
大仰な挨拶は好まないおじさんだ。
だって、どうしていいのかわからないから。
こういう挨拶をされても、気分は良くならない。
だっておじさんは小市民だもの。
なので足早に会長席に腰を落ちつけてしまう。
そんなおじさんを苦笑して見守っていた側付きの侍女が、ささっとお茶の用意をしてくれる。
さすが長年の付き合いがあるお姉ちゃんだ。
「さて、アリィ。なにか報告はありますか?」
「私からは特にありませんわ。万事、つつがなく」
「では、引き続きお任せしますわね」
ニコリと微笑むおじさんだ。
何日かぶりのおじさんの笑顔に、ぽうとなるアルベルタ嬢であった。
「わたくしからは幾つか報告がありますわ。先ほど学園長と話してきたのですが、楽団の演奏を聞きたいという要望があがっているそうです。恐らく観客には高位貴族も含まれるでしょう」
「……なるほど。となるとパティ! ちょっとこちらにきてくださいな」
楽団のリーダーであるパトリーシア嬢。
トコトコと歩いて、おじさんの前の席に座る。
そんなパトリーシア嬢にアルベルタ嬢が説明をしてしまう。
「ううん。演奏ですか。べつにそれは構わないのですが、曲目の選定に関してはエーリカがいると嬉しいのです」
パトリーシア嬢の意見に頷くおじさんとアルベルタ嬢だ。
なんだかんだで聖女が絡むと話が早いのである。
「同時にですね」
と、おじさんが二人の令嬢を見て口を開く。
「一部から要望の多かったあの魔法を使った演劇もやってしまいたいと考えています!」
どどん、とぶちかますおじさんだ。
「会長! あれをまたやるのですか!」
驚きの声をあげたのは相談役のヴィルだ。
対校戦のときには、シャルワールとともに主演を務めたのだから。
ヴィルの言葉に、ニッコリと微笑むおじさんだ。
「今回は学園長も出演したいそうですから……まぁ配役なんかも要相談ですわね。場所は学園の闘技場ですので前回と同じです」
バックスクリーン下の舞台である。
設備も揃っているし、観客も集めやすい。
今回は闘技場の舞台もあわせて、観客席にしてしまうつもりだ。
「ねぇねぇねぇ」
おじさんの側にケルシーが近寄ってくる。
「どうしたのです?」
「ワタシ、ダンジョンに行ってみたいんだけど!」
また脈絡のない話をするものだ。
「ミグノ小湖の近くにあるダンジョンですか?」
「うん! オリツが行ってきたって言ってた!」
にぱっと笑うケルシーだ。
姿が見えないと思っていたら、ダンジョンに行っていたのか。
納得するおじさんである。
「……かまいませんが」
ちらりとアルベルタ嬢とパトリーシア嬢を見るおじさんだ。
この二人は、あのダンジョンがおじさんの物だと知っている。
「めっちゃ楽しいんだって!」
――うん。
これはもうケルシーを連れて行かないと納得しないだろう。
「おう! オレも行ってみたい! 会長!」
相談役のシャルワールが声をあげた。
「アリィ。急ぎの案件はありますか?」
「……喫緊の案件はすべて処理しております」
一瞬だけ、脳内で検索をかけてから答えるアルベルタ嬢だ。
「そういえばダンジョン講習はどうなっているのです?」
懐かしいダンジョン講習である。
おじさんはもう学園生としてはダンジョンに入れない。
出禁になってしまったから。
なので聞いてみたかったのだ。
「例年どおりなら、今の時期あたりからダンジョン講習は再開される予定になっているわね。対校戦が終わって、落ちついた頃合いを見計らって行われているの」
さすがに前会長のキルスティだ。
しっかりスケジュールを把握している。
「ただ今年は通常よりも対校戦の期日がずれこんだから、もう少し先になるかもしれないわ。ヴィル、シャル、その辺りに関してはなにか聞いている?」
相談役の男子二人は揃って首を横に振った。
「では――私たちが
キルスティが自発的に学園長に会うと言った。
そのことに驚く相談役の二人である。
キルスティもまた少しずつ成長しているのだ。
ただ……まだ一人で会いに行くのは難しいらしい。
「では、先輩方にお任せしましょう」
相談役の三人はおじさんの言葉に頷いて、学生会室を後にした。
「と、いうことですわ、ケルシー」
「ど、どどど、どういうことだってばよ!」
まったく理解していなかったケルシーだ。
「ダンジョンに行くのはもう少し先になるかもしれないってことなのです!」
見かねたパトリーシア嬢が説明をする。
「なんで? なんで先になるの?」
ええい、面倒な。
そう思ったのは、おじさんだけではなかったようだ。
学生会室のあちこちから、生暖かい視線がケルシーに集まる。
「ケルシー」
と、おじさんが声をかけた。
「はい!」
元気よく返事をするケルシーだ。
「お菓子の時間にしましょう!」
「いいいいやっっふううぅうう! お菓子だあああああ!」
ちょろいエルフである。
略してちょルフ。
ちょルフのケルシーだ。
パンパンと手を叩いて、アルベルタ嬢が言う。
「皆さん、休憩にしてお茶をいただきましょう。本日の差し入れは誰かしら?」
はい、と一人の令嬢が手をあげる。
ジャニーヌ嬢だ。
おじさんに次いで料理が得意な令嬢だ。
以前に豆を使ったコロッケパンを作っている。
今回はどんな軽食を用意してきたのか。
毎回、彼女が手作りをしている軽食だ。
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