第650話 おじさんは前世とのちがいを思い知る
嬉々として学園長人形を叩く侍女の姿を見て、おじさんは思った。
意外とストレスが溜まっていたのか、と。
おじさんとしては半分冗談で作っただけなのだが……。
こうも気に入られてしまうと、なんだか気が引けてくる。
と言うか、だ。
学園長、嫌われてないか、と思うわけだ。
頭文字が「G」で共通しているのがダメなのか。
しかし、こんなものを世の中にだしてしまうわけにはいかない。
洒落のわかる大人ではあるが、周囲がどう反応するか。
特に学園長は英雄とも謳われた人物なのだから。
まぁこの台は侍女専用にするしかない。
そこでおじさんは新しく専用の台を用意するのであった。
魔物にしてしまうと、どこで誰のスイッチが入るかわからない。
なので人間を敵役にしてしまうのがいいだろう。
となると――。
やはり前世の海賊だか山賊だかにしてしまうのが無難か。
難易度をあげたバージョンは村人でいい。
「そうと決まれば!」
錬成魔法を発動して、ちゃちゃっと作ってしまうおじさんだ。
「ぐぬぬ! ちょこざいな!」
まだ夢中になっている侍女だ。
その肩をポンと叩くおじさんである。
「行きますわよ! サイラカーヤ」
「はう! つい夢中になってしまいました。申し訳ございません」
「かまいません。その台はサイラカーヤがお持ちなさい。自室で楽しむのなら問題ありませんので」
「いいのですか! こんなに楽しい遊具を!」
侍女の言葉にニッコリと微笑むおじさんだ。
「かまいません。では、サロンに行きましょう」
侍女が自分用の宝珠次元庫に学園長叩きの台を収納する。
それを見てから、おじさんは地下の実験室を後にするのであった。
サロンではご婦人たちがまだ遊びに興じていた。
皆、一様にカードを持ち、前傾姿勢になっている。
――目が怖い。
背中が煤けてるぜ、くらいの勢いだ。
そこへ平和的な空気を伴って、おじさんが割りこんだ。
「お母様、少しよろしいでしょうか」
「あら? リーちゃん。なにかあったの?」
見れば、母親の前に金貨が積み上がっている。
カードで大もうけといったところだろうか。
意外とのほほんとしているメイユェの前にも金貨が積み上がっていた。
逆に王妃とサンドリーヌの二人は風前の灯火である。
「新しい遊具を作ってまいりましたので、試していただけないかな、と」
「ほおん……」
母親が実に楽しそうな表情を作った。
おじさんはもったいぶらずにさっさと遊具をだしてしまう。
モグラ叩きを改造した盗賊たたきと、ちょっと駆け引きが楽しめるように改良したスゴロクである。
テーブルの上にスゴロクを広げるおじさんだ。
まずは小物から説明してしまう。
「我が家では既にお馴染みのスゴロクですが……今回は少し駆け引きの要素を入れてみましたの」
おじさんがプレイヤー用の人形と、小さな印をセットする。
「ふつうのスゴロクではサイコロを回して出た目だけ進みました。その点に変わりはないのですが、進めるのは二から五の目になりますわ。一と六の目がでたときは強制的にスタート地点に戻ります」
「面白そうね!」
王妃がのってきた。
なんどか遊んだことがある王妃である。
「そこで重要なのが、この印ですわ。印を置くことでスタート地点まで戻らなくてすみますの。自分のコマのある場所にしか置けませんが、一か六の目がでたときに最初に戻らずにすみます」
なるほど、とご婦人たちが頷いている。
「自分の手順が回ってきたときにできることは二つですの。ひとつはサイコロを振って前へと進めるか。ひとつは印を今の位置に置くかですわね」
だいたいの説明が終わった。
そこでおじさんはご婦人たちを見る。
皆が顎に手をあてて、攻略法を考えているのだろうか。
顔つきが真剣すぎて、ちょっと怖い。
「なるほど……先に着いた者が勝つ。けれどサイコロを振って一か六の目がでたら戻されてしまう。そこで目印を置くかどうかの選択がいきてくるわけか。進むか、とどまって危険性を低くするか」
サンドリーヌが誰に言うでもなく、呟いている。
「いいわね! リーちゃん、これは楽しめそうだわ!」
母親もニッコリだ。
そこでおじさんはスゴロクの書かれた厚紙を裏返す。
そこには長短のあるコースが描かれていた。
表のコースはどのコースを選んでも長さは同じである。
直線しかない陸上競技のようなものだ。
だが、裏面のコースは進める難易度が高いものの距離は短いコース。
逆に難易度が低くて、距離が長めのコースなどに分かれている。
どのコースを選ぶのか。
それもまた駆け引きのひとつになっているのだ。
「これはまた楽しめそうね!」
メイユェも気に入ったようだ。
続いて、おじさんは盗賊たたきの台も説明してしまう。
こちらにも興味はあるがどちらかと言えば、ご婦人たちは皆で遊べる方がいいようである。
「さて、順番を決めるときにはこちらを使ってみるのもおすすめですわ」
と、おじさんがもうひとつ取りだす。
それは樽の中に入っている盗賊に対して、剣を刺していく遊具だ。
飛びだしたら負けである。
というようなことを説明するおじさんだ。
「ふうん……なかなか残酷ですが面白そうです」
短剣をぶすっと樽に刺すメイユェだ。
瞬間、盗賊が跳び上がった。
「きゃっ! こうなるのですか」
一発目でアウトを引くメイユェだ。
「これはこれで面白いわね!」
王妃である。
自分の手許に樽を寄せて、ズブズブと剣を刺していた。
皆、ストレスが溜まっているのだろうか。
と、首を傾げるおじさんであった。
「ふふふ……やっぱりサイコロを使う方が性にあうわね!」
博徒のようなことを言い出す王妃だ。
そんな王妃を見て、苦笑をうかべる母親である。
ご婦人たちはさっそくスゴロクを始めたようだ。
「なぁヴィー! さっきからちっとも進まないんだが」
一と六の目を続けてだすサンドリーヌである。
それを言われても、の母親は我関せずだ。
「ドリーちゃんはダメね……あっーーー!」
順調に進んでいたメイユェが一の目を引いて叫ぶ。
釣られて笑うご婦人たち。
うん。
こういうのがいい。
おじさんは和やかな空気の方が好きだ。
ピリピリとした空気よりは、こっちが断然いいのである。
「……ふむ。では失礼して、私がこちらを試してもよろしいですか?」
侍女長のミーマイカだ。
サロン内で給仕をしていたのである。
「いいですわ! でも、ちゃんと力加減はするのですよ!」
いちおう釘を刺しておくおじさんだ。
侍女が下をむいた。
「もちろんです。この台の横にある出っ張りを押すのでしたね。赤が難易度が低く、青は難易度が高い、と」
赤い方を押す侍女長だ。
お屋敷風の入口から盗賊が顔を覗かせる。
「見的必殺! 逃がすか!」
どごっと低い音を立てて、人形が縦にへしゃげた。
そう――へしゃげてしまったのだ。
「…………」
おじさんは無言だった。
侍女長も無言で、自分の手を見つめている。
「お……お……」
侍女長が珍しく口をパクパクとさせた。
「お?」
侍女が促す。
同朋を見つけたのだから。
「お……おほほ……ちょっと侍女の血が騒いでしまったようですわね」
「……侍女の血」
おじさんがぼそりと呟いた。
側にいるサイラカーヤを見る。
そっと目をそらす侍女だ。
「申し訳ございませんんん!」
頭を下げる侍女長を見て、おじさんは思った。
この世界ではモグラ叩きは馴染まないかもしれない、と。
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