第601話 おじさん不在の中で聖女と魔人がはしゃぐ


 時を少し遡ろう。

 蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースを監視中のウドゥナチャである。

 

 今日も今日とてウドゥナチャは、陰の中に潜んで監視していた。

 ただ監視しているといっても、何の動きも見せない。

 

 王都に入ってきた二人組。

 別々の宿に宿泊しているが、どちらも接触しようとしない。

 ただ王都の宿に宿泊しているだけだ。

 

 怪しい動きを見せない以上、なんの報告もできない。

 一応、定時報告はしている。

 が、それだけだ。

 

 さりとて、おじさんから報されたア・ズレッドの祝祭日までは、もう少し。

 それまでに動きがあると見ていたが、明日に迫った今でも特に変わったことはないのだ。

 

 さて、どうするか。

 ウドゥナチャとしては、監視の目を離さないことが重要だ。

 明日、動こうが動くまいが監視をする。

 

 シンシャという通信手段があるのだ。

 なので焦る必要はどこにもない。

 

 しかし――なにが目的なのか。

 なぜ動かないのか。 


 先ほど買ってきた屋台飯を頬張るウドゥナチャだ。

 肉の串焼きと、肉の串焼きと、肉の串焼き。

 肉の種類だけがちがう、同じものだ。

 

「なにか動きはあったでおじゃるかな?」


「うわああああああ!」


 いきなり背後から声をかけられたウドゥナチャは驚き、思いきり声をあげた。

 それでも手練れである。

 瞬間的に身体を動かして、背後の存在から距離をとった。

 

「ふむ……この程度の気配も読めんのでおじゃるか」


 ウドゥナチャは勢いよく振り向く。

 そこにいたのは狩衣姿の偉丈夫、バベルであった。


「ええと……あのお嬢ちゃんのところの人? でいいんだよな?」

 

「ふむ。かまわんよ。麻呂はバベルという。ウドゥナチャとかいう者であるな」

 

 こくりと頷いて、ウドゥナチャは声をだす。

 

「ビビったああ! マジで! ってかどうなってんの? ねぇ? なんでオレの魔法なのにあっさり侵入してんの?」


 ウドゥナチャからすれば恐怖だ。

 これまで陰魔法の扱いにおいては負けたことがない。

 そして、自分の魔法にも自信を持っていたのである。


「すべてに答えるのは面倒でおじゃるな。お主の魔法などその程度だと理解しておけばいい」


 その程度って……と凹むウドゥナチャだ。

 むしろ、あんたたちがおかしいのだと思う。

 が、思いはしても口にはできなかった。

 

「……自信がなくなるぜ!」


 結局は愚痴をこぼしただけである。


「うるさい輩でおじゃるな。それよりも状況を報せるがよかろう」


 まったく取り合う気のないバベル。

 そのバベルをジトッとした目で見るウドゥナチャだ。

 

 一秒か二秒か。

 ほんのわずかな間だけ、バベルを見て肩を大きく落とす。


「……あんたとケンカしても勝てそうにない」


 おじさんはもちろんのこと。

 あの側付きの侍女ですら、真正面からはやりあえない。

 

 そして、目の前に立っている男。

 この男とは戦力の差が見えないくらいだ。

 

「で、あろうよ」


「……特に変わった動きは今のところなし。二人組のはずだけど接触すらしていない。もう一人の方はオレの使い魔が見ているけど、こっちとほぼ同じってところ」


「……ならば事前の準備は既に済んでいると考えた方がいいか。ならばそなたはそのまま監視を続けるがよかろう。我は筆頭殿に報告をしてくる」


 すぅうと身体が薄くなっていくバベルだ。

 いくらも時間が経たないうちに完全に消えてしまう。

 

 ウドゥナチャは思った。

 うん、あれはおかしい、と。

 

 あんなやべえのを配下にしているおじさんを思う。

 うん、もっとおかしい、と。

 

 そんなことを言っている自分も配下の一人だ。

 つまり余人から見れば、やっぱりウドゥナチャもおかしいと思われることは棚上げして。

 

 ふぅと息を吐いて、腰をおろす。

 尻の下でぐにゅりとした感触があった。

 

「あ!」


 その場を跳び退くウドゥナチャだ。

 彼の尻の下にあったのは、串焼きの肉だった。

 

「オレの……オレの飯が……」


 色んな意味で凹まされたウドゥナチャであった。

 

 一方でカラセベド公爵家のタウンハウスである。

 おじさんから魔本を渡された聖女だ。

 

 念のために部屋の中に遮音結界を張っている。

 その程度には気を使えるのだ。

 

 ベッドの上に魔本を置いて、さっそく魔力を流す。

 

「ボクとデートしてください!」


 姿を見せた魔人ユーゴが頭を下げて、手を前にだしている。

 

「しないわよ、バカなんじゃないの?」


 辛辣な一言を放つ聖女であった。

 その言葉に顔をあげる魔人ユーゴ。

 

「なんや、ちんちくりんやないか! あの美人さん、リーちゃんはどこいったんや!」


「誰がちんちくりんよ! この唐揚げ弁当!」


 聖女を目を見開いて見る魔人であった。

 

「な……なんやと! 唐揚げ弁当のなにが悪いんや!」


「ふふん! 知っているわ! あんたは唐揚げ弁当とキムチ牛丼のリピートをしている顔だもの!」


「美味いからええやないか!」


「ついたあだ名は変質者ね!」

 

「謝れ! 全国一億二千万人の唐揚げ弁当とキムチ牛丼のファンに謝れ! ってあるぇ? なんで知っとるんや、そんなこと」


「そんなの決まってるじゃない! アタシがあんたのことを知っているからよ!」


 どどーんと聖女が魔人を指さした。

 

「なにぃ! ほな、あれか。キミはボクのストーカーっちゅうことやな! このちんちくりんストーカー!」


「誰がちんちくりんストーカーなのよ! ちんちくりんでもないし、ストーカーでもないの!」


 聖女と魔人のかみ合わせは悪くないようである。

 ただし、この場にしきり役がほしい。

 おじさんのような。

 

「…………」


「…………」


 二人は無言で睨み合いをしている。

 先に口を開いたのは聖女の方だった。

 

「そう言えば……確かお弁当屋さんのお姉ちゃんが警察に相談して接近禁止令がでたとか聞いたわね!」


 なん、なんやと……と小さく呟く魔人だ。


「ちがう! ちがうんや! あれはただ唐揚げ弁当にハマってただけやねん! めっちゃ美味かったんや! それをあのおばはん勘違いしよって」


「……色んなところに迷惑がかかったって聞いたわ」


「そうや! あんときは婆様にしこたま怒られてやなってなんでちんちくりんが知っとんねん!」


「……アタシはエーリカ! 聞き覚えがあるでしょう!」


「エーリカ? ……まさか、まさか! 三丁目の角にある煙草屋のおばあちゃん」


「誰が煙草屋のおばあちゃんなのよ! 恵里花、七葉恵里花なのは・えりかよ!」


 聖女が叫ぶように自分のことを言った。

 

「じょ、冗談やがな。そのくらいわかっとるよ。恵里花ちゃんな、うんうん。あの……ちんちくりんの。って、やっぱりちんちくりんやないかーい!」


「……もう封印するわよ。一生解けないようにして、神殿の奥の奥にある書庫に入れるわ」


「……ごめんて。ちょっとお茶目しただけやないか。許したってえな。ってほんまに恵里花ちゃんかいな」


 魔人の問いにこくんと首肯する聖女であった。

 

「うはぁ……恵里花ちゃんもこっちきたんかいな?」


「そうよ。色々とあってね、あと妹も一緒だったのよ」


 ようやく本題に入ることができた聖女である。

 聖女と魔人は互いの身の上話をするのであった。

 

「……ほおん。そうかー。まぁあのリーちゃんに任せといたら間違いないわな。あ、せやせや。恵里花ちゃんにええもんあげるわ」


 魔人の言葉が終わらないうちに、魔本がペカーと光る。

 そして、魔本の表紙に魔道具がでてきた。

 

「なによ、これ?」


 魔道具を手にする聖女である。

 それはパッと見た感じ、四角い箱だった。

 

 金属製で表面にはアカンサス文様が彫られている。

 曲線を描く葉っぱの模様だ。

 

 大きさは一辺が十センチくらいだろうか。

 聖女の掌にのっている。

 

「それな、ボクのお手製魔道具やねん」


「ほおん、なにができるのよ?」


「よくぞ、聞いてくれた! それな魔物を捕獲するための……ってちょっと待てええ」


 聖女は説明を聞く前に魔力を流していた。

 魔人の制止は遅かったのだ。

 

 金属製の箱が展開図のように、ひとつずつ面が開いていく。

 そして……捕獲されていた魔物が姿を見せるのであった。

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