第460話 おじさん楽団の演奏依頼を引きうける
魔技戦本戦の開幕戦が終わった。
ただ、その後がよくなかったのも事実である。
なにせ
どこか物足りなさを感じてしまう観客の学生たちだ。
いや、学生だけではない。
学園の講師、いやさ学園長までも同じことを思っていた。
さすがに本戦である。
優秀な成績を残した生徒たちが残っているのだ。
戦いのレベルは高い。
だが、どうしてもあの開幕戦のことが思いだされるのだ。
勇壮で壮大な音楽が、キルスティとプリシエーラの戦いにマッチしていた。
そのことに心が揺さぶられてしまったのである。
結果、物足りなさを感じるのだ。
「んんむ……」
学園長が白鬚をしごきながら沈思していた。
目の前では学生たちが必死の形相で戦っている。
「いかがなさいましたか、学園長」
学園長に声をかけたのは初老の男性講師だ。
学園長との付き合いも長い講師である。
「決めた! ワシ、ちょっと行ってくる!」
「え? ちょ! 学園長!」
初老の男性講師の声は空しく響く。
学園長の背中には届かない。
むかった先は学生会室であった。
「リー! リーはおるかー!」
少し乱暴に学生会室の扉をあける学園長だ。
「そんなに大きな声をださなくても大丈夫ですわ」
平常運転のおじさんが答えた。
「むお! 空間拡張か! かかか」
ひと笑いしながら学生会室を見回す学園長である。
唐突な学園長の登場に意表を突かれたのである。
「学園長、こちらへ」
おじさんが応接用のソファへと案内した。
品の良さと豪華な見た目を兼ねたものだ。
パーティションで区切られていて、ちょっとした個室のようになっている。
「どなたか手が空いていたらお茶をお願いしますわね」
おじさんの言葉に訓練されている
「随分と急がれていたようですが、どうかなさいましたか?」
お互いが腰を下ろしたところで、おじさんが切りだす。
「いやな、あの楽団のことなんじゃがな」
つるりと禿頭をなで上げる学園長だ。
「リー、本戦のすべてで演奏することはできんかの?」
「すべて、でですか」
「うむ。キルスティの戦いがどうにも印象に残ってしまってな。どうにも味気なく感じてしまうのじゃよ」
そこへ話題にでたキルスティがお茶を運んでくる。
「
ふわりとした柑橘系の爽やかな香りが薫った。
本日のお茶請けはクリーム入りのどら焼きである。
おじさんの差し入れだ。
話には加わる気はないのだろう。
一礼して下がっていこうとするキルスティだ。
その手をむんずと掴むおじさんである。
「キルスティ先輩も同席してくださいな」
「よろしいのですか?」
実はちょっと気にしていたキルスティだ。
だって曾祖父が呼んだのは、自分ではなくおじさんだったから。
嫉妬しているわけではない。
ただちょっと期待していたのだ。
学園長が首肯する。
「では、失礼しますわ」
おじさんの隣に腰を落ちつかせるキルスティだ。
「アリィ! 先輩の分のお茶をお願いしますわ!」
「畏まりました。すぐにご用意します」
ほどなくして三人の前にお茶がそろう。
軽くカップに口をつけて、おじさんが学園長を見た。
「うむ。本戦のすべてで楽団の演奏をしてもらいたい」
「なるほど……」
と、顎に指をあてて黙考するキルスティだ。
「問題はあるかのう?」
「強いてあげるのなら、演奏をする者に負担がかかってしまいますわね。当日に試合を控えている者が不利になるかもしれません」
キルスティの答えに学園長が頷く。
「では、当日に試合がある者は演奏に参加しないという条件ではどうじゃ?」
おじさんがいればなんとかなる問題だ。
シンシャも合わせれば人数の不足は補えるだろう。
だが、シンシャは学生会ならともかく学園中に見せるのには問題がありそうである。
「パティ! こちらに!」
おじさんは学園長に断りを入れてから、パトリーシア嬢を呼んだ。
楽団長を任せているのだから、その話は彼女がいなくては先に進まないだろう。
顔をだしたパトリーシア嬢に説明するおじさんである。
「学園長! 大丈夫なのです! 誰が抜けてもいいように複数の楽器を演奏できるようにしているのです!」
「ほう……用意周到じゃのう」
「でもひとつだけお願いがあるのです!」
物怖じしないパトリーシア嬢であった。
「うむ。聞こう」
「演奏する曲目は選ばせてほしいのです! 勇ましき者の挑戦以外にもやりたい曲はたくさんあるのです。人数が減ることも考えれば、臨機応変にやりたいのです!」
「一理あるな。では、パトリーシアに一任してもかまわんか?」
「どーん、と任せてほしいのです! お姉さまと
心強いパトリーシア嬢の言葉に、ホッホと笑う学園長だ。
「ところで……」
学園長がおじさんを見た。
「わかっています。学園長もご参加なさりたいのでしょう? パティ、楽譜を用意してくださいな」
はい、とパトリーシア嬢が下がっていく。
「話が早くて助かるわい」
「せっかくですから学園長も他の魔楽器に挑戦してみますか?」
おじさんの言葉に顔を引き攣らせるキルスティだ。
余計なことをと思ったのかもしれない。
「大賛成じゃ!」
「では、こちらを」
おじさんが宝珠次元庫からギターを取りだして渡す。
「弦楽器ですし、馴染みやすいと思いますわよ。キルスティ先輩が指導係ということで」
「え? 私?」
ニッコリと頷くおじさんである。
「キルスティもギターを弾くのか」
「ええ。私は三つほど楽器を担当しておりますが、主にこのギターを弾くことになっていますの」
「そうか、ならば教えを乞おう」
「そ、そんな
「キルスティ先輩はスジがいいのですわ。自信を持ってくださいな」
おじさんが背中を押した。
「承知しました。では、私がお教えしましょう」
どこか嬉しそうにするキルスティ。
そこへおじさんが学園長に言う。
「そうそう。学園長も楽団の一員となるのです。これからは楽団長であるパティに従って演奏していただきますわよ」
「うむ。その辺りは弁えておるよ」
「お願いしますわね。では、これからちょっと練習をしてみましょうか?」
キルスティが学園長にギターを手ほどきする。
小一時間ほどで形になるのは、それだけ演奏になじんでいるのだろう。
「じゃあ、合わせていくのです!」
パトリーシア嬢が声をかけた。
演奏が始まるも、すぐに叱責が飛ぶ。
「学園長! ちょっと走りすぎなのです! もうちょっとだけ抑えないとズレるのです!」
「いや、年甲斐もなく高ぶって……」
「言い訳はしなくていいのです! きちんと演奏するです!」
やっぱり物怖じしないパトリーシア嬢なのであった。
それをプークスクスと蛮族一号と二号が笑う。
「エーリカ! 笑ってる場合じゃないのです! 入りがズレるのはもう何度注意したかわからないのです! もっと真面目ににやるです!」
パトリーシア嬢の目がケルシーにも向く。
「ケルシーはもうちょっと前のりにならないと勢いがでないのです! 後ろのりではドシッとした感じになるのです!」
うへえと舌をだすケルシーであった。
「まったく! ダメダメなのです! ちょっとはお姉さまを見習ってほしいのですよ!」
その道のプロに音楽を習ってきたパトリーシア嬢は厳しい。
今のところ、そのお眼鏡にかなうのはおじさんだけであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます