第394話 おじさん不在の学園で薔薇乙女十字団がやらかす


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの部室を出て、学園長室へと向かう三人である。

 アルベルタ嬢を先頭にして、聖女とパトリーシア嬢が三角形を描いていた。

 

「まったくパティはメシマズ決定ね!」


「なんなのです? メシマズって?」


 聖女の言葉にパトリーシア嬢が問い返す。

 

「そうね……もう味のしなくなったイカの足をいつまでもしがんでいるような……今や誰が得するのよっていう特性なのに、それでも使い勝手がいいから使われる存在……かな?」


「それって使い古しってことなのです?」


 パトリーシア嬢が小首を傾げる。


「そうそう! パティはそのメシマズじゃない?」


「ちがうのです! とってもとっても失礼なのです!」


 両手をブンブンとして抗議をするパトリーシア嬢だ。


「でもさあ、お砂糖とお塩をまちがえるくらいだしぃ」


「なんか今の絶妙に嫌な言い方だったのです!」


 きゃっきゃうふふとしている二人だ。

 その話を聞きながら、アルベルタ嬢は思っていた。

 ひょっとして私もメシマズなのでは、と。

 

「と言うか、そもそもお料理はしたことがないのです!」


 同感と言うように、アルベルタ嬢もコクコクと頷く。

 

「かあああ! これだから貴族ってやつは!」


 派手なリアクションをとる聖女だ。


「エーリカはお料理ができるのです?」


「もちのろんよ! 村じゃパン焼き名人って言われてたんだから!」


 ふふんと調子にのる聖女だ。

 

「パン焼き名人……スゴいのです」


「あ、でも。そう言えば、あの野営訓練のときの料理はどうしたの?」


 聖女の素朴な質問であった。

 確かにあの料理をおじさんが作るところは見ていない。


「あれはリー様がお作りになりました」


 アルベルタ嬢が言う。

 味を思いだしたのか、頬に手を添えている。

 

「はえええ!」


 その言葉に驚きを隠せない聖女だ。

 

「リーお姉さまはスゴいのです!」


 そんなやりとりをしている間に、学園長室の前にくる三人だ。

 ノックをして控え室に入って、秘書に用向きを告げる。

 だが秘書から返ってきたのは、学園長不在の言葉だった。

 

 どうやら昨日、王城に召喚されて戻っていないらしい。

 本日も学園長の家の者がきて、王城に居ることを告げられてしまったそうだ。

 

 控え室を辞して、三人は部室へと戻る。

 

「さて、どうしましょうか?」


 口を開いたのはアルベルタ嬢だ。


「学園長もバーマン先生も不在だったのです!」


「うちの実家……いやどうせ王城か。アリィのところもパティのところも同じね」


 聖女の呟きに、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が頷く。

 腕を組んで考えていた聖女が口を開いた。

 

「ねぇ、どうせ確認に行かなきゃいけないんだから私たちで行ってみない?」


 思いがけない聖女の言葉に、パトリーシア嬢が立ち上がった。


「賛成! 賛成なのです! 新しい迷宮にいちばんのりなのです!」


「絶対に面白いと思うわ!」


 お調子者の二人がいえーと手を合わせる。

 だが、そう軽々しく腰をあげないのがアルベルタ嬢だ。

 彼女は考えを巡らせていた。

 

「…………そうね。ちょっと行ってみましょうか!」


 その言葉に聖女とパトリーシア嬢の顔が明るくなった。

 今度は三人でハイタッチをする。


 今からミグノ小湖まで足を伸ばした場合、急げば昼過ぎには到着するだろう。

 探索できるとして、二時間から三時間程度。

 十分な時間とは言えないが、周辺を確認することくらいはできる。


「そうと決まれば出発よ!」


 こうして三人はミグノ小湖まで行くことにしたのだった。

 

 昼過ぎ。

 三人はミグノ小湖の手前にある夜迷いの森へと降り立った。

 揃いの薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの意匠が入ったマントを身につけている。

 

「ご苦労様でした。私たちはミグノ小湖で探索をします」


 ここまでアルベルタ嬢の実家の馬車できたのだ。

 護衛の騎士たちには御者と馬車を守るように、と告げるアルベルタ嬢だ。

 

「畏まりました。お嬢様、お気をつけて」


「ありがとう。夕刻になる前には戻ります」


 と、残して三人は森の中を進むのであった。

 夜迷いの森にも魔物はいる。

 だが、下級に分類される魔物ばかりだ。

 

 当然だが、今の三人の敵ではない。

 前衛を聖女が務め、中衛にはアルベルタ嬢、後衛がパトリーシア嬢の隊列だ。

 ただし、三人はおしゃべりをしていたが。

 

「随分と貴族街も復興してきたわよね」


「そうね、かなりの人手が集まっているようだし」


 聖女の言葉にアルベルタ嬢が答える。

 

「うちのお父様の見立てだと、あと一ヶ月くらいだそうなのです!」


「ほおん。じゃあ学園の再開もそのくらいになるのかしら」


 パトリーシア嬢、アルベルタ嬢と続いて聖女が口を開く。


「ねぇ魔技戦ってどうなるの?」


「そうね……例年なら順位戦も始まっている頃ですし、あとは対校戦だけど」


「パティはいきなり対校戦でも問題ないのです!」


 と、パトリーシア嬢の手から風弾が飛び、聖女の頭上にいた小さな魔物を弾き飛ばす。


「まぁ正直なところ負ける気はしませんわね!」


 アルベルタ嬢も水弾を飛ばして、前方の草むらにいた魔物を倒す。


「ちょっと! 私がいる意味がないでしょうが!」


 聖女がぷりぷりと怒った。

 殴りに行こうとすると、後ろから魔法が飛ぶからだ。

 

「エーリカの反応が遅いのです!」


「ぬわにぃ! あったまきた! ちょっと見てなさい!」


 と、聖女が全速力で走り出す。

 目標は斜め前方にいたスライムである。

 ぷるぷると震えるそれにむかって、聖女は跳んだ。

 

 いや、正確には転んだのだ。

 

 整地されていない森の中を走るのは危険きわまりない。

 木の根っこや地面の凹凸など、足をとられる要素が満載だからだ。

 それを素人がやれば、当然だが転ける。

 

 聖女はわずかに出っ張っていた木の根っこにつまづいて跳んだのだ。

 前へ。

 

「おわあああああ」


 そのまま頭からスライムに突っこむ。

 べちゃっと音がして、スライムが弾けた。

 同時に聖女の身体が粘液でベトベトになる。

 

「きぃいいいいい!」


 その場で地団駄を踏む聖女だ。

 やれやれと清浄化の魔法を使ってやるアルベルタ嬢。

 おじさん直伝の魔法である。

 

「やるとは思っていましたが、予想どおりですわね」


 やれやれといった表情のアルベルタ嬢だ。

 それに呼応するようにパトリーシア嬢がニヤニヤとしている。

 

「これはエーリカもメシマズなのです!」


「ちがうわ!」


 なんだかんだで仲良しの三人なのである。

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