第392話 おじさん光の大精霊に名づけをする


 光の大精霊と一緒に女神の作った空間へと転移したおじさんである。

 淡い光に照らされたステンドグラスの下、男装の麗人姿のおじさんと光の大精霊が向き合う。

 

 どこか乙女が恥じらうように、少し俯き、頬を朱に染める光の大精霊。

 天使然とした姿がより清純さを演出している。

 

「あ、あのね、リーちゃん!」


 覚悟を決めたかのように、ほんのりと顔をあげて光の大精霊が言う。

 

「さっきの名前も素敵なんだけど、他にも候補があったら聞かせてほしいの」


 そのリクエストにおじさんは頷いて黙考する。

 さて、光に関する神か、と。

 ううんと頭を捻って思いだしたのがエーオース。

 長音をとってエオスとも呼ばれる暁の女神。

 確か……そう別名があったはずである。

 

「あ! アウローラというのはどうですか? 長音をとってアウロラでもいいですわよ」


 エオスと同一視される暁の女神である。

 オーロラの語源にもなっていたはずだ。

 

「確か薔薇色の指を持てし者だった、かと」


「はう! しゅてき! それがいいわ!」


「承知しました。では、これよりはアウローラと」


「うん! 私はアウローラ! 光の大精霊アウローラ!」


 ぺかーと全身から輝きを放つ光の大精霊であった。

 姿こそ変わらないものの、表情が生き生きとしたものになる。


 背にある十二対二十四翼の翼が広がる。

 宙を舞い、よくわからない歌をうたう光の大精霊だ。

 あちこちで光が明滅し、さながらダンスホールのようである。

 

 光の大精霊がおじさんの前に降りてきて踊る。

 おじさんの知っている範囲で言えば、インド映画にあるような感じだ。

 唐突に歌と踊りが入ってくるあれ。

 

 確か宗教上の理由で口説くシーンなどが入れられない。

 そこを情熱を歌と踊りにして演出の工夫をしたとか聞いたことがある。

 だとするのなら、これも求愛の踊りと歌なのだろうか。

 

 そもそも精霊に求婚という概念があるのか。

 おじさんは知らんけど。

 

 だから光の大精霊の真意はわからない。

 が、その嬉しそうな姿を見て満足するおじさんだった。

 

 光の大精霊が落ちつくのを待って、おじさんたちは元いた場所に転移する。

 そこでは水の大精霊と建国王が口論を続けていた。

 アミラは少し離れた場所で退屈そうにしている。

 

「姉さま!」


 アミラがおじさんの気配に気づいて声をあげた。

 そして駆けよってくる。

 建国王とミヅハもまたおじさんと光の大精霊に顔を向けた。

 

「うん? なんだ、顔がツヤツヤじゃないか?」


 水の大精霊であるミヅハが光の大精霊に言う。

 

「ふふん! もう今の私は昔の私じゃないのよ!」


 ムダに背後から光をだす。

 そして、翼をぶわぁっと広げる。

 

「私の名はアウローラ! これからはアウローラと呼んでちょうだい!」


 ビシッとミヅハにむけて指さす。

 優美な姿とは裏腹に残念な姿であった。


「ほう。さっきの候補とは違う名だな」


「リーちゃんが私のことを思ってくれている証拠なの!」


 ぶんぶんと腕を振ってアピールする光の大精霊アウローラ。

 その姿を見て、鼻で笑うミヅハだった。

 

「まぁいいが、あまり調子にのるなよ」


 そう大精霊たちがお母様と呼ぶ存在、女神のことである。

 どうにもトリスメギストスが関わった使い魔の件で、神経質になっているようだ。

 

 しばらくすれば落ちつくだろう。

 だが、今は刺激するようなことはしたくないのだ。

 

「わかってるわよ! 私だって反省しているんだから!」 


「ならいい。先ほど思ったのだがな、名づけの礼に眷属を提供してやることはできないか?」


「中級精霊を?」


「ああ。ここの管理者としてな」


「それは名案ね。……だけど思い当たる子がいないわねぇ」


 首を傾げながらそんなことを言う光の大精霊アウローラだ。

 

「ん!」


 大精霊たちのやりとりを見守っていたおじさんの袖をアミラが引く。

 

「どうかしましたの?」


「守護獣がいる!」


「ああ、陛下が倒したとかいう」


「ん! 新しくなったから復活できる!」


 アミラがなぜか両手をあげてバンザイの状態になる。


「そうなのですか?」


「ん!」


 おじさんの問いに力強く首肯するアミラだ。

 

「あの凶暴な奴が管理者になってくれるのか?」


 問いを発したのは建国王だ。

 自身が戦っただけに、その言葉には重みがある。

 

「ん! ふだんは大人しい!」


 ならば、とおじさんは大精霊たちに声をかけた。

 もちろん大精霊たちも聞いていたのだから話が早い。

 

「ならば、守護獣の復活といこうか!」


 ミヅハの言葉をきっかけに、アミラがおじさんから魔力の供給を受ける。

 そしてダンジョンコアの権能を使って、守護獣を復活させた。

 

 くるくると回る魔法陣から現れたのはアミラと同じくらいの身長の紳士だった。

 

「ドワーフ?」


 おじさんの口から漏れた言葉である。

 そう、ちびっ子紳士はしっかりとヒゲを蓄えていた。

 服装こそ紳士っぽいが、身幅が厚く見るからに筋肉質である。

 

「マスターであるな。我はスプリガン。財宝を守る者なり!」


「スプリガン!」

 

 おじさん、つい目をキラキラさせてしまう。

 だって前世では大好きな漫画があったからだ。

 

「あなたにこのダンジョンの管理を任せても大丈夫ですか?」

 

「任されよ。マスターの言葉とあらば身命を賭して」


 スプリガンを見ながら、建国王が首を傾げていた。

 

「んむ。しかし、儂が戦ったときは随分と姿が違うのぅ」


「戦う時はおっきくなる!」


 アミラの解説に納得する建国王であった。


「アウローラ、リーへの礼は別の物を考えておくといい」


 心強そうな守護獣が復活したことで、ミヅハも納得したようである。

 

「そうね、今は手持ちがないから後でお礼をするわ」


 光の大精霊を見つつ、ミヅハはニヤリと笑った。

 

「では、お前もあの魔道具に登録してみろ」


 そう。

 称号を笑われたことをずっと根に持っていたのである。

 

「いいわ! 見ておきなさい!」


 おじさんが宝珠をセットして、魔道具を起動させた。

 カードが排出される。

 

 それを見たアウローラは思わず膝をついていた。

 

「あァァァんまりだァァアァ! あァァァんまりだァァアァ!」


 滂沱であった。

 泣きながらとちくるったように叫ぶ。

 

 その姿に若干だが引いてしまうおじさんたち。

 ミヅハが覚悟を決めてカードを拾った。

 

 名前:アウローラ

 攻略中の階層:なし

 攻略済み階層:アスレチック階層

 称号:変態大精霊

 

 そのシンプルな称号を見て、ぶわははは、と盛大に腹を抱えて笑うミヅハなのであった。

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