第386話 おじさんケンカを売られる
アミラは思っていた。
建国王は
だから身体を失ってしまうのだ、と。
話すことはできる。
が、ふれあうことは二度とできない。
そう思っていたのだ。
だが、実際にはどうだ。
宝珠の中から建国王は姿を現した。
その姿は転生前と変わらないものであった。
もちろん嬉しい。
心の底からアミラはそう思っていた。
だがしかし、である。
あれだけ悩んだのはなんだったのだ、胸の痛みはなんのためだったのだとも思うのだ。
結果、暴発してしまう。
アミラは建国王の側に寄る。
そして、言った。
「ふざけんな!」
建国王の脛を狙って蹴った。
その胸にポカポカと拳を叩きつける。
嬉しい。
でも腹が立つ。
相反する感情がないまぜになって涙がこぼれる。
「うう……うわーん!」
ギャン泣きであった。
アミラは泣いて、泣いて、抱きつく。
以前と変わらない建国王に。
「はは……すまんな。いたずらが過ぎたようじゃ」
アミラのやりたいようにやらせる建国王だ。
その頭を撫でながら、建国王はおじさんを見た。
「リーよ。手間をかけたな」
「どうということはありませんわ」
「しかし……こうなるのなら先に言っておいて欲しかったぞ」
ギャン泣きするアミラをなだめながら、建国王は少し困った表情を作る。
「まぁ転生という言葉が悪かったのかもしれません。ですが、そうした形もとれないと不便でしょう? ですからトリちゃんとがんばったのですわ!」
こともなげに言うおじさんである。
どれほどのことをしたのか、その事実をいまいち理解していないようだ。
そも
どれほど研鑽を積もうが、決して手の届かぬ領域にあるのだ。
だが、おじさんはそれを可能にした。
トリスメギストスという智の万殿がいることを差し引いても前人未到の快挙であろう。
「で、いったい何が変わったのであろうか?」
建国王としても聞いておきたいことだったのだ。
「従来の状態と比べると、ダンジョンに縛られなくなったということでしょうか。アミラと一緒にいる限りは、その力も維持できるでしょうし……」
絶句である。
建国王は言葉がでない。
ダンジョンに縛られることなく、アミラと一緒に自由に行動できる。
転生することによる欠点はない。
「もしなにかあれば、わたくしに仰ってくださいな」
ふわりとした笑みをこぼすおじさんである。
その姿は正しく女神だと思えるものだった。
「リー、いやリー様。あなた様の心遣いに最大限の感謝を。このリチャード=アルフォンス・ヘリアンツス・リーセにできることがあらば、どのような命でも為してみせましょう」
アミラがいるために跪礼はできない。
だが、建国王はその状態でできる限りの礼をとる。
「ならば、アミラとともに楽しくお過ごしくださいな」
おじさんの言葉に建国王は笑うしかなかった。
決して軽んじているのではない。
望むもは自らの手で、そんな思いが伝わってくる。
心の底から建国王は笑った。
おかしくて、おかしくてたまらない。
浮世離れした少女だとは思っていたが、まさかこれほどとは。
ならば、その御心に沿うのみ。
「承知しました」
だが、なにか事が起これば建国王は立つだろう。
アミラとともに、おじさんの許へ。
アメスベルタ王国における伝説の建国王。
その心をがっちり掴んでしまったおじさんであった。
まさにハートキャッチプリ……ンセスだ。
「アミラ。いいですか?」
おじさんに声をかけられて、アミラが目をそちらに向ける。
建国王とおじさんの会話は耳に入っていなかったようだ。
「これから建国王陛下はあなたとともに行動できます。つまりこのダンジョンの管理を行なう者がいなくなりますわ。それでも大丈夫なのでしょうか?」
「ん?」
首を傾げるアミラである。
その表情から話を理解できていないようだ。
「トリちゃんはわかりますか?」
なので、おじさんは使い魔に話を振った。
『うむ。確かに主の言う通りであるな。短期間なら問題はないが、長期間管理者がいないとなると迷宮にも不具合がでるやもしれん。ならば選択肢としてはふたつだ。アミラが定期的に管理をしに戻るか、常駐の者を置くか』
「そう言えば、タオちゃんのような守護獣はいませんの?」
「すまぬ。それは儂が倒してしもうた」
さすがにダンジョン踏破者の建国王である。
「では再び守護獣を召喚することはできますか?」
『無理だな。一度倒されてしまった守護獣は復活できん』
「仕方ありませんわね。ならばわたくしが召喚魔法を使うといたしましょうか」
言いながら、おじさんは指をワキワキとさせている。
やっぱり魔法が大好きなのだ。
『待て待て、主よ。またぞろとんでもない者を喚ばれてはかなわん』
「ですが召喚魔法では指名できないのでしょう?」
『まぁ確かにそうなのだが……。いや待てよ……主よ、我が術式を展開する!』
そんな使い魔を訝しく思いながら、おじさんは頷いた。
「ではお願いしますわ!」
『
長大な魔法陣が展開する。
その中心から姿を見せたのは威風堂々とした天使であった。
豪奢な金髪に整った顔。
グラマラスな身体を覆う白い薄衣。
背には六対十二枚の翼。
「ほう……魔力に惹かれてやってきたのに素敵な殿方がおりませんわね」
その天使はおじさんたちを睥睨しながら続ける。
「あら? そこのあなた。とても生意気ね!」
天使の目は明らかにおじさんでとまっている。
つまり、その言葉の対象はおじさんということだ。
「トリちゃん……大丈夫ではありませんわ」
『むぅ。天に属する者なら大丈夫かと思ったのだが……』
だが、おじさんはと言えば隣にいる使い魔と喋っていた。
「ほおん、この私を無視するなんてますます許せないわね! あまねく殿方の寵愛を独り占めにするのは愛執を司る大天使であるこの私にこそふさわしいのよ!」
大天使の魔力が高ぶっていく。
「そこのメスガキ! 私よりも美しいなんて許せない! 滅殺してあげるわ!」
大天使が吼えた。
尋常ではない魔力。
常軌を逸した圧力。
そんな大天使を前にしたおじさんは使い魔に言った。
「こんなんでましたけどー」
『今言う台詞ではない!』
相変わらず緊迫感のないおじさんなのであった。
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