第376話 おじさん最強伝説に新たなページが追加される


「さぁタオちゃん、いつものように走ってきてくださいな!」


 場所を庭から訓練場へと移したおじさんである。

 訓練場の中央で対峙するのは、おじさんとふわもこヘアーのタオティエ。

 その周囲にはおじさん家族を筆頭に、多くの使用人が見物している。

 

 多くの人に囲まれたタオティエは、なぜか鼻息が荒い。

 ちょっと興奮しているようだ。

 その証拠にさっきから、カッカッと右足を掻いている。

 羊のバケモノなのに、闘牛さながらのタオティエだ。

 

「りーちゃああああん! いっくおー!」


 いつも元気いっぱいのタオティエである。

 が、このときばかりは通常の三倍ほどの速さがあった。

 だからなのかタオティエの角が赤く光っている。

 

 ドドドと音を立てるように突進してくるタオティエ。

 対するおじさんは不動である。

 

 構えすらとっていない。

 怯える様子もなければ、表情をこわばらせることもない。

 

 瞬きするほどの暇もなくタオティエがおじさんに接近する。

 使用人の誰しもが危ないと思った。

 思わなかったのは側付きの侍女と、おじさんの家族だけである。

 

 次の瞬間――タオティエの身体はピタリと止まっていた。

 おじさんが指先ひとつで、タオティエの頭を押さえている。

 

「おおー? リーちゃん! 動かないお!」


 実に楽しそうな声をあげるタオティエだ。

 

「ふぎぎぎ!」


 顔を真っ赤にさせて力を込めるタオティエだが、一歩たりとも前に進めない。

 対するおじさんは涼しい顔をしている。

 

「タオちゃん、そこまでで大丈夫ですわ。力を抜いてくださいな」


 おじさんの声に従うタオティエだ。


「お? わかったお?」


 おじさんがニコッと微笑む。

 

「タオちゃん、おつかれさまでした」


「お? 疲れてないお!」


 なぜか、おじさんに抱きついているタオティエである。

 

「さて、皆さん。おわかりになりましたか? このようにタオちゃんの動きは止められますわ!」


 使用人全員の心が一致した。

“わかるかー!”と。

 ただ口や表情にはださないところがプロである。

 

「リー! 今のはどういうことなんだい?」


 最初に声をかけたのは祖母だった。

 

「いやですわ、お祖母様。見てのとおり、タオちゃんの力を逃していただけですの」


「どうやって?」


 と、聞かれて返答に困るおじさんである。

 おじさんには力の流れが見えるのだ。

 確かにタオティエの力は大きい。

 

 だが、力の流れを変えたり、分散させることはできる。

 おじさんはそれをしただけだ。

 

「んーなんとなく?」


 こてんと首を傾げるおじさんだ。

 さらにおじさんの真似をするタオティエ。


 愛らしさの破壊力が二人のコラボで倍以上になる。

 ぶふっと鼻血を吹く従僕もいた。


「口では説明が難しいですわね。お祖母様、こちらへいらしてくださいな」


 ほぼ確信に近い、嫌な予感がする祖母である。

 ポーカーフェイスがわずかだが崩れてしまう。

 

「リ、リー? 私はほら病み上がりだから! セブリル! ここはセブリルの出番だよ!」


 祖母からの急なフリに目を丸くする祖父である。


「え!? え? ワシ?」


「セブリル、男を魅せるときだよ!」


 祖父がまごついている間におじさんから声がかかった。


「どっちでもいいですわー。タオちゃん、もう一度お願いしますね」


「わかったお! タオちゃんやるお!」


 ムダにやる気をみなぎらせるタオティエである。

 そこへたたたっと軽い足音で妹がおじさんの許へと近寄ってくる。


「ねーさま! おかえりなさい!」


 飛びついてくる妹を抱きとめるおじさんだ。

 その後ろには弟もいる。


「そーちゃんとめーちゃんだお! 遊ぶんだお!」


 タオティエが満点の笑顔になった。

 

「そうですわね、まずはソニアから体験してみましょうか?」


「え? ねーさま、なんのこと?」


 妹の言葉を無視するように、おじさんは話を進めてしまう。


「タオちゃん、さっきのもう一度お願いしますわ!」


「いいお!」


「いいですか、ソニア。わたくしがついています。ですから何も怖いことはありません」


 その言葉を聞いて、賢明な弟は気配を消しながら下がっていく。

 既に巻きこまれないための所作を身につけているようだ。


「え? なに? ねーさま?」


 おじさんは地面に妹を下ろす。

 そして、その腕を後ろから抱きしめるような形で手にとった。

 

「タオちゃん! いつでもどうぞ!」


「いっくおー!」


 二度ほど右足で地面を掻いてから、タオティエが突進する。

 

「え? タオちゃん? ひいいい!」


 頭から猛スピードで突っこんでくるタオティエ。

 妹の身体がこわばる。

 

「大丈夫ですわ。ソニア、身体の力を抜いて。いいですか、わたくしがついています」


 おじさんがそう言った次の瞬間だった。

 妹の手が動かされて、タオティエの突進がピタリと止まる。

 

「なに……これ?」


 妹には何が起こっているのか理解できなかった。

 

「ふぎぎぎぎ」

 

 タオティエが本気で進もうとしているのはわかる。

 だけど、その感覚が腕に伝わってこない。

 でも、突進が止まっているのだ。

 

「ねーさま! これなに?」


「いいですか、ソニア。目を閉じて腕に感覚を集中させて」


 おじさんの言うとおりにする妹だ。

 

「今からちょっと力をずらしますわよ」


 妹の腕に伝わってくる感覚に変化があった。

 その変化がなにかを知る前に、タオティエの身体がおじさんたちを中心に回りだす。

 最初は遅く、少しずつ速度があがっていく。

 

「うわーおもしろい」


「この辺でいいですわね、タオちゃんいきますよ」


 おじさんの言葉が言い終わらない内に、タオティエの身体がくるんと前方に回転する。

 回転している最中におじさんが、妹の腕を操作して上空に打ち上げた。

 

 訓練場の天井付近まで真っ直ぐ飛ぶタオティエである。

 その表情は喜悦に充ちていた。

 

「おおお! タオちゃん、お空とんでるおおおお!」


 そのままの姿勢で落下してくるタオティエ。

 再び妹の腕を操作するおじさん。

 

「ほい!」


 側方宙返りをするような格好で回転するタオティエだ。

 おじさんが妹の腕を振るうたびに、重力を感じさせない動きをするのだ。

 最後はしっかりと足から着地させてやる。

 

 そして、即座に治癒魔法を使ってタオティエに粗相させないおじさんであった。

 

「おおおおお! リーちゃん! もっかい! もっかいやるお!」


 大興奮のタオティエだ。

 妹は妹で自分の腕を見て、なにかを掴んだような顔をしている。

 

「さぁ、お次はお祖父様ですか?」


 おじさんの指名が入った祖父は、先ほどまでと表情を変えていた。

 やる気がみなぎっていたのである。

 

「いや、次は私さね!」


 そんな祖父を押しどけて席を立つ祖母である。

 

「さっき病み上がりだとか抜かしておったくせに……」


 ぼそりと祖父が呟く。

 

「うるさいね! 男が細かいこと言うんじゃないよ!」


 そんなこんなのやりとりをしている間に抜け駆けする者がいた。

 母親である。


「ヴェロニカ!」


 祖母の叱責めいた声が飛ぶ。

 が、どこ吹く風の母親であった。


「さぁ、リーちゃん! 楽しませてちょうだいな!」


 一方で父親と弟の二人は冷静だった。

 

「……ねぇ父様」


 弟が父親の隣の席に座りながら聞く。


「どうしたんだい?」


「姉さま……また強くなったの?」


 根拠があるわけではない。

 ただ、なんとなくそう思ったのだ。


「リーが言うにはね、絶好調らしいよ」


「……絶好調」


 絶句する弟である。

 その背後にいる騎士たちは思う。

 

 うちのお嬢様かっこいい、と。

 

 よく訓練されている騎士たちなのであった。

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