第313話 おじさん満を持して登場する


 それはこの世の終わりがきたかのような戦いだった。

 王都で暮らす者たちからすれば、だ。

 

 二十メートルほどの大きさのバケモノが二体。

 一方は三面八臂のバケモノ、もう一方は獅子の顔と鷲の頭を持つバケモノ。

 それがだ。

 殴り、蹴り、武器を使って肉弾戦を行なっている。

 

 王都の誇る貴族街の町並みもほとんど壊滅状態だ。

 巨大なバケモノが二体、暴れるとこうなる。

 

 幸いにして、貴族街の住人もほぼ避難している。

 残っているのは戦闘ができる者のみだ。

 

 その者たちも王城や無事な邸で、怪獣大決戦を眺めることしかできなかった。

 

「カカカ。やるではないか」


 三面八臂のバケモノが言う。

 その言葉に呼応するように、バベルが咆哮を上げる。

 取っ組み合い、殴り合う。

 

 どちらかと言えば、バベルの方がやや優勢だろうか。

 三面八臂のバケモノも奮戦している。

 だが、少しずつダメージが入っているような状況である。

 

 母親と侍女は少し離れた場所で様子をうかがっていた。

 

「あれは……お嬢様の使い魔、バベル殿でしょうか」


「そうね。リーちゃんったら何をしているのかしら?」


「私、心当たりがあります」


 侍女の言葉に母親が“ほおん”と返す。

 

「奥様がお渡しになったあのマスクです。お嬢様の今日の衣装とは似合いませんから。きっと……」


 侍女の答えに母親は、顎に指を当てて考えた。


「リーちゃん、そこまでのんびり屋さんだったかしら?」


「いえ、お嬢様はきっと、あのマスクを見て前後不覚になったのだと思います」


「んん。リーちゃんの好きなデザインにはしたけれど、そこまでかしら?」


 どぉん、という音とともに地面が震える。


「やかましいわね! ぶちころがすわよ!」


 思わず、声をあげてしまう母親であった。

 本当なら禁呪のひとつでもぶっ放したいところだが魔力が不足している。


 だから、激しく舌打ちをしてしまう。

 内心のいらだちを隠せない母親であった。

 

「それにしても……王都の復興には時間がかかりそうですわね」


 侍女が荒廃した貴族街を見つつ言う。

 無事なのは王城やおじさんちも含めて、本当に一握りだけである。

 平民街の方にも被害はでているのだから。


「まぁ今回はリーちゃんを止めないといけないかしらね」


 おじさんが復興に手を貸せば、その速度は飛躍的に速くなる。

 だが、それをしてしまうのはよろしくないと、母親は考えていた。

 そこまですれば次代の王にという話が絶対にでてくるからだ。

 

 現状でさえ、一部の貴族からそう望まれているのである。

 つまり拍車をかけて厄介な状況になる確率が高い。

 

 そんなこんなの雑談を交わしている母親と侍女の耳に高笑いが聞こえてきた。

 

「やめろー、邪神の信奉者たちゴールゴーム、ぶっとばすぞおおおお!」


 おじさんであった。

 花や羽根で飾ったトリコーン帽にドミノマスク。

 

 黒いウエストコートに黒いブリーチズの組み合わせ。

 さらにコートまで羽織っている。

 

 いわゆる男性貴族の格好だ。

 ネクタイの先祖と言われるクラヴァットまでつけている。

 

 おじさんほどの美少女がやると、男装の麗人を越えたなにか・・・であった。

 とかく似合っている。

 

 いや、性別を超えた怪しい魅力を放っていた。

 おじさんの背後にだけ薔薇が咲いているようなものだ。

 

 空中でビシっと指を指すおじさんの姿を見て、侍女の目がハートになる。

 

「きゃあああ! お嬢様、ステキですぅううう!」


「よくも麗しの王都をここまで破壊してくれたものです!」


 半分、おじさんの使い魔のせいである。

 

「まったく、あの娘は」


 母親はおじさんを見て、半分は苦笑している。

 だが、どうなのだろう。

 この安心感は。

 

 緊迫していた空気が弛緩していくようなものを感じてしまう。

 それはおじさんだからなのだろう。

 

「次から次へとでてくるものだな」


 三面八臂のバケモノがおじさんを見た。

 おじさんもバケモノをぢっと見る。

 

 ……馬頭観音。

 手にした武器を見れば、金剛夜叉明王か。

 

 あるいは……ナラクーバラ。

 中国ではナタク。

 いずれにしても本物であるとは限らない。

 

「バベル、おつかれさまでしたね。ここからはわたくしが代わりましょう」


『主殿……』


 バベルはまだ戦えた。

 いやこのまま戦っても勝つという確信があったのだ。

 だから、言葉にしようとした。


 しかし続けることができなかった。 

 おじさんの目を見て諦めたのだ。


「ふん、キサマのような小娘になにができるっ!!」


 三鈷剣をおじさんにむけて振るバケモノである。

 だが、三鈷剣が半ばで断ち切られてしまった。

 

 いつの間にかおじさんが手にしていた禍々しい造型の魔剣によって。

 

「今宵のダーインスレイヴは血に飢えていますわよ!」


 まだ昼である。

 それでもこの台詞を言ってみたかったのだ。

 

「なにぃ!? 金剛杵ヴァジュラが! キサマ、なにをしたっ」


「斬ったのですわ」


「バカなことをっ! なにゆえの金剛か!」


 今度は金剛鉤を振り下ろすバケモノであった。

 それも断ち切られてしまう。

 どうやって斬られたのか、それすらも認識できない。

 

 おじさんが自身で作り、ダーインスレイヴと銘打った魔剣。

 それは幅広で四角形と曲線で作られた大剣である。

 わざわざ刀身を黒くして赤黒い意匠を施してあり、おじさんの身の丈ほどの大きさだ。

 

 もちろんだが本家のような呪われた力はない。

 あるのはおじさんが付与した能力だけである。

 

「しりませんわ、そんなこと」


 金剛鈴の音が響く。

 それは精神を乱す音だ。

 

「死ねっ!」


 バケモノは手にしていた武器を捨て、素手でおじさんを殴りつけた。

 だが、おじさんは避けるまでもない。

 ダーインスレイヴを迫りくる拳にむかって振りおろす。

 

 拳を断ち、腕釧わんせんすらも断つ。

 おじさんはバケモノの腕を足場にして跳ぶ。

 

「いぃぃえやああああああ!」


 気合い一閃。

 おじさんのダーインスレイヴがバケモノの腕を断つ。

 左側にある四臂すべてを斬って落とした。

 

 地響きを立てる四臂。

 誰もが口を開けなかった。

 

 ただ、ただ――。

 美しい舞いを踊るおじさんに釘付けになっていた。

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