第280話 おじさん期せずして肝試し大会も開いてしまう


『だ、だ、乃公だいこう、大爆走ーーー!』


 それは暢気に鼻歌を歌いながら、天空を漂っていた。

 ほんの少し前、義理の姉ミヅハにとっ捕まえられて折檻を受けたことは記憶から消したのだ。

 天空の支配者たるにふさわしくないから。

 

 だからと言って、義理の姉との約束を破るほどバカではない。

 義理の姉との約束。

 それは天空龍の心を鷲掴みにして離さない、超絶美少女のことだ。

 

 今でもあの娘のことを思いだすと、ドキがムネムネ・・・・・・・してしまう。

 感情がざわついて、たまらなくなるのだ。

 彼がこんな思いを抱いたことはない。

 

 だが、義姉から釘を刺されてしまった。

 迷惑をかけるな、と。

 具体的には近づいてはいけないと言われてしまった。

 

 その接近禁止令のせいで、天空龍はより思いを募らせていたのだ。

 いや、こじらせていた。

 

 そんな折りである。

 初対面のときと同様に、天空龍は彼女の魔力を感じとった。

 茫洋たる大海、あるいは果てなき天空を思わせる魔力だ。

 

 魔力の方に目をこらす。

 天空龍の目は千里先をも見通す高性能である。

 すると、光り輝くドラゴンの姿が見えた。

 キラキラと輝いて、色を変える見たこともないドラゴン。

 

 おじさんの放った花火である。

 が、花火を知らない天空龍は思った。

 

 これはあの娘から自分を呼ぶ求婚のサインである、と。

 夜空を彩る美しき姿、あれは自分を模したものだと勘違いしたのだ。

 その瞬間、こじらせた天空龍の頭の中から、義姉との約束が消えてしまった。

 

『いますぐ行くからねー』


 そう。

 おじさんが魔法を放った王都へむかって、急速に移動を始めたのである。 

 

 一方で王都の公爵家邸ではトリスメギストスが憤慨していた。

 

『主よ、何度言えばわかるのだ!』


「いやだって皆を楽しませたいですし?」


『楽しませるのはいい。だが、やり過ぎてはダメだと言っておろうが!』


「ちょっとしたサービスですわ」


『ちょっとですむか! 王都近隣の村からもあの光は見えていたはずだぞ!』


「次からは加減しますわ」


『加減などできぬであろうが!』


「トリちゃん、それは失礼と言うものです」


『いや真実である』


「いいですか、トリちゃん。わたくし思ったのです。手加減はしているのですよ、ただその規模が大きいから手加減ができていないように見えるだけ。つまり、手加減は成功していたのです!」


『詭弁だな。主よ、そういうのを開き直りというのだ』


 渾身の言い訳をバッサリと切り捨てられるおじさんであった。

 

「ねーさまー」


 絶妙なタイミングで妹が割って入ってくる。

 

「そにあもどらごんする」


 妹の言葉が終わらないうちに、夜空に火球が舞った。

 打ち上げたのは公爵家の面々ではない。

 恐らく、おじさんの魔法に感化された誰か。

 

「あの方角だとサムディオ公爵家だね」


 父親の言葉に祖母が頷く。


「ったく。あの御仁はいつまで経っても変わらないね」


 他にも王都の夜空にいくつかの火球があがる。

 だが、おじさんのような花火とはいかない。

 ただ火球が爆発しているだけである。

 

 被害はでないだろうか、とおじさんが考えていたときであった。

 おじさんの感知に引っかかるものがある。

 

「トリちゃん! あの天空龍おバカがこちらにむかっていますわ」 

 

『むぅ。主、それはマズい。大変なことになるぞ』


「ですわねぇ。王都の上空に天空龍が出現したともなると……」


 その先は口にしたくないおじさんである。

 では、どうするのか。

 

 そこへバベルが姿を見せる。

 トリスメギストス同様、喚ばれなくもこれるのだ。

  

『主殿、麻呂が行って躾けてこようかや』


 バベルの提案におじさんは頷きかけるも、横に首を振った。


「天空龍が落とすことはできるでしょう。ですが、王都に落ちれば大惨事ですわよ」


『確かに麻呂があの王都に近づけさせんというのは難しいか』


『主よ、水の大精霊を喚ぶか』


「…………毎回ミヅハお姉さまに頼るというのも悪いですわね」


“仕方ありません”と、おじさんが呟く。


「ヴァーユお姉さまが仰いました。半殺しにしてもいいと」


『主よ、わかっているとは思うが、あの魔法はダメだぞ』


「ええ。理解していますわ」


 おじさんはコクリと首肯した。

 

「お父様、お母様! 皆を連れて少し離れてくださいな」


 おじさんが両親に声をかける。


「なにかあったのかい?」


 父親の疑問にトリスメギストスが割って入る。

 

『御尊父よ、じきに天空龍がくる。なので、これから撃退する』


「はぁ? 本気かい?」


『嘘を言ってもどうにもならん』


 切迫した空気の中で、おじさんの声が響いた。


「いっきますわー」


 目を閉じて、おじさんが集中する。

 こちらに迫り来る天空龍の気配を感知して、カッと目を見開いた。

 

 天へと両手を伸ばして、指を組む。

 そして、トリガーワードを告げた。


九頭龍咆哮撃ハイドラ・エクスキューション!!!】


 おじさんの背後に巨大な九つの頭を持つ巨大な黄金龍が顕現する。

 その口から天空龍にむかってブレスが吐かれた。

 時間さえも止めてしまう強烈なブレスであった。

 

 天空へとむかって九つの光が撃ちこまれる。

 その先には天空龍がいた。

 

『いた! 乃公だいこうと結婚してくだしゃーーーい!』


 王都の上空に現れた巨大な何か。

 その声が響き渡ると同時だった。

 

『あぴぃ!』


 天空龍の動きがとまる。

 いや天空龍だけではない。

 この世界の時間が停止した。

 

「今ですわ!」


【天津風ノ調】


 風の大精霊ヴァーユからもらった耳飾りを起動させる。

 空を飛ぶおじさんが、天空龍に触れた。

 次の瞬間、指輪を起動させておじさん専用の魔法空間に引きずりこむ。

 

「ふぅ……なんとかなりましたわね」


 おじさんはかいてもいない額の汗を拭う仕草をする。

 

『主よ、なかったことにできると思うか?』


「まぁ証拠はありませんし、知らぬ存ぜぬでとおしますわ!」


 一方、王都の民、いや王侯貴族も含めて、全員が狐につままれたような状況になっていた。

 王都の上空にいた巨大ななにか。

 そのなにかが居ないのだ。


 確かにいたはずなのに。

 気のせいだったのだろうか。

 

 いや、あの一瞬でさえ大きな圧があったのだ。

 それは身体が覚えている。

 

 だが、なにも居ない。

 この矛盾になんだか気持ちの悪さを感じてしまう者が大勢いた。


 もはや感情をどう整理していいのかわからないのだ。

 花火という夜空に咲く美しきもの。

 その感動に浸ろうというときに、光のドラゴンがでてきた。

 そして得体の知れないなにか。

 

 感情がごちゃ混ぜになって、混乱して、人々は考えることをやめた。

 その方がスッキリするからだ。

 

 答えのでないことを考えても仕方ない。

 それよりも花火きれいだったねで盛り上がった方が健全なのだ。

 

 むろん王国上層部の人間は気づいていた。

 絶対におじさんリーが絡んでいる案件だと。

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