第213話 おじさんのいない薔薇乙女十字団はやりすぎてしまう
魔法戦術研究会。
学園においては老舗の部活動のひとつに数えられる。
平たく言えば、魔法を主として戦う生徒が集まっている課外活動だ。
対抗戦における代表を多数輩出していることでも有名である。
そして、今回の二年生三人組は、今年の有力候補とも言われているのだ。
パトリーシア嬢が放った魔法は風弾である。
初歩の初歩、基本とも言われる魔法だ。
それでも数と威力を備えていれば脅威となる。
十程度の風弾は不規則な軌跡を描いて二年生へと襲いかかった。
ある者は魔法で相殺し、ある者は素手で弾いてくる。
武器で切り払う者もあれば、被弾覚悟で突進する者もいた。
いずれにしろダメージを与えられないのだ。
だからパトリーシア嬢は、既に次の動きに移っていた。
相手の対応を見て、最善の一手を打つために。
「きゃあああああああ!」
パトリーシア嬢の魔法は、二年生の作った結界をいともたやすく貫いていた。
十分に防げると考えていたのだろう。
だが現実とは残酷である。
結界は役に立たず、風弾が次から次へと襲ってくるのだ。
想定外のことにパニックを起こし、防御もままならない。
打たれるがままになった二年生を見て、シャルワールが割って入った。
いかに初歩の魔法といえど、この状況は危険だと判断したからだ。
「勝者、パトリーシア=ミカエラ・リンド!」
「は? 納得いかないのです!」
愛らしい顔をしかめて、パトリーシア嬢は抗議する。
「あの程度の魔法で棄権なんてあり得ないのです! さぁ速く立つのです! 続きをするのです!」
対戦相手は既にアヘぇとなっているのだ。
“無理を言うな”とシャルワールは思う。
「勝者、パトリーシア=ミカエラ・リンド!」
だから二回目の宣言をすることになったのだ。
それでも治まらない感情を抱えて、パトリーシア嬢はダンと地面を踏みつけた。
「ふざけんな、なのです!」
完全に目が据わっている。
“こいつらおっかねぇ”と思いつつも、顔にはださないシャルワールだ。
「パティ、落ちつきなさいな」
怒りに震えるパトリーシア嬢の肩を叩いたのは聖女であった。
「エーリカ!」
「わかるわよ、あの程度で終わるなんて雑魚すぎるわ」
「そうなのです!」
「でも既に勝敗がついているのだから、ここはおとなしく引き下がりなさいな。アタシがあんたの分までやってあげるから」
実に聖女らしくない、粘度の高い笑みを見せた。
「ぐぬぬ……仕方ないのです」
肩を落として、パトリーシア嬢が舞台から降りる。
ここまでの一幕を見た観衆はドン引きしていた。
開幕で魔法の弾幕を張るまでは、よくある手段である。
しかし一発の威力が、精度が段違いなのだ。
その魔法だけでも驚きなのに、彼女の言ではまさに様子見だったのだ。
勝負がついても、速く立って続きをさせろと言う。
どんな鬼畜の所業なのだ、と観客は思ったのである。
「さぁ二回戦といくか」
シャルワールがこともなげに言う。
そこに異論を挟んだのが対戦相手だ。
「センパイ! 私たちは棄権します!」
二年生の内の一人は、つば広帽子の生徒を介抱している。
残る一人がそう告げたのだ。
「あ? それはできねぇな。さっさと用意しろ!」
「なぜですか!」
シャルワールがこれ見よがしに息を吐いた。
「これがふつうの魔技戦なら認めてたぜ。だが、今回は条件付きじゃねえか。お前ら三人のうちの一人でも勝てばいいんだろう? だったら三人全員がでなきゃダメだろうが」
そう。
ただの三対三の対抗戦から、ルールを変更した意味はそこにあった。
二人が負けた時点で、三人目の戦いがなくなる。
そんなことは許せなかったのだ。
シャルワールは正確に
「そんな条件はもういいんです! 私たちじゃ勝てません」
「うるせえな。てめえらに貴族の誇りはねえのかよ。魔物相手にも勝てないからって棄権を申しこむのか? あ? おい?」
「……」
下をむき、唇を噛む二年生である。
今さらながら、誰にケンカを売ったのかを理解したのだ。
「それじゃあ、二回戦を始めろ!」
「やっときたわね、アタシの出番が!」
聖女が指をポキポキ鳴らしながら、好戦的な微笑みを見せた。
「アタシたちにケンカを売ったこと、地獄の底で後悔しなさい!」
相手が既に戦う気がないことを聖女は理解している。
だから、わざと大仰な詠唱を始めた。
「エ・レクト・リック・サン・ダ・ヨ・ヲガ・シャ・ングリラ・ス・クリュウ・パ・イル・ド・ライバー」
詠唱にともなって聖女の魔力が高まっていく。
「ひ ふ み よ い む な や ここのたり ふるべ ゆらゆらと ふるべ かけまくもかしこき つみはらいのおおかみたち もろもろのまがごと つみけがれあらむをば はらへたまえ きよめたまへと まをすことをきこしめせと かしこみかしこみまをす」
聖女の唱える祝詞にわずかながらも神威の力がのる。
「あひぃ!」
その時点で対戦相手の二年生は腰を抜かした。
「勝者、エリーカ=アナリタ・コントレラス!」
「いいところでとめるなー!」
聖女の心からの叫びが練武場に響くのであった。
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