第178話 おじさん祖母と再会する


 王都を発ってから八日ほど経過した昼下がりである。

 馬車と船を使って、おじさんたちは領都へと到着した。

 

 港町アルテ・ラテンからの道中は、小さな魔物はいても大物はでなかったのだ。

 実に順調な旅路であったと言える。

 

 領都の町並みは、さほど王都に見劣りしない。

 道もしっかりとマカダム舗装が敷かれていて、移動がしやすくなっている。

 ただ、王都と違って前線にあるのだな、と思わせるのが城壁だ。

 

 王都にも町を囲むような城壁はある。

 だが領都の場合、それが三重になっているのだ。

 

 最も外側にある壁でも高さが十メートルほどはある。

 その奥に市街地が広がり、また壁があるといった感じだ。

 少しずつ拡張されていった町なのだと、おじさんは考えた。

 

 三つ目の城壁をとおり抜け、しばらく行くと馬車がとまる。

 

 町のほぼ中央に位置する場所だ。

 領主の館を取り囲むように円環状の道があり、そこから放射線状に道路が広がっていた。

 

「ここが公爵家邸ですの?」


 おじさんは側付きの侍女に聞く。

 

「いいえ、こちらは執務をするための領主館となっていますわ。公爵家邸はもう少し北に進んだところにありますのよ」


“そうですか”と答えつつ、おじさんは馬車を降りる。

 領主館の入り口で祖母を先頭にして、騎士たちがならんでいた。 


「リー! メルテジオ! アミラ! ソニア!」


 祖母がひとりずつ名前を呼びながら、ぎゅうと抱きしめてくる。

 元気そうな祖母の顔を見て、おじさんも一安心だ。

 人見知りの気があるアミラも、抱きしめられたことで落ちついたようである。

 

「ご無沙汰しております、ハリエット様」


 きれいな貴族式の礼をするフレメアである。


「なんだい? アンタまで一緒にくるなんて」


「少しご相談したいことがありまして」


 真剣な表情をしたフレメアを見て、祖母は頷く。

 

「お祖母様、お祖父様はどうなされたのです?」


 おじさんは気になっていたことを確認する。

 もしや病気か、と疑っていたのだ。

 

“ああ”と祖母はおじさんに顔をむけた。


「セブリルは野暮用でね。ちょいと出かけてるのさ。明日か明後日には一度戻ってくるんじゃないか?」


 と言いつつ、祖母はおじさんに顔をむけた。

 

「積もる話もあるだろうが、まずは邸で旅の垢を落としてゆっくりしな。話ならいつでもできるからね」


「お祖母様はどうなされますの?」


「少ししたら邸に戻るさね」


「かしこまりました」


 そこで祖母とは分かれて、おじさんたちは公爵家邸へとむかう。

 と言ってもだ。

 さほど時間がかかったわけではない。

 

 公爵家邸は当然だが王都のタウンハウスよりも大きかった。

 おじさんの感覚的には邸というよりは、リゾート地にあるホテルような印象だ。

 とにかくデカい。

 

 いざというときには、ここで立てこもって戦えるようにしているのだろうか。

 そんなことを考えながら、おじさんは歓迎してくれた侍女や執事たちに弟妹たちを任せる。


 人が少なくなったエントランスにあるホールで、おじさんは隊長と副長に顔をむけた。

 

「ゴトハルト、シクステン、ご苦労さまでした。騎士たちにも今日のところはゆっくりするように伝えておいてくださいな」


「過分な御言葉ありがたく」


「それとこちらは今日の夕食時にでも皆で楽しんでくださいな」


 おじさんは宝珠次元庫から、木箱を十個ほど取りだした。

 

「ハムマケロスで購入しておいたお酒ですのよ」


 商会で色々と購入した物のひとつであった。

 

「さすが! お嬢はねぎらい方ってモンを知ってるスね!」


「やかましい!」


 ゴツン、と音を立てるほどの勢いで副長の頭に拳骨を落とす隊長であった。

 

「お嬢様、申し訳ありません。このバカ者には厳罰を与えておきますので、御海容ごかいよういただきたく存じます」


「そりゃないっスよー」


 両手で頭を押さえている副長に、おじさんは言う。

 

「シクステン、わたくし口調は変えなくてもいいと言いました。でもケジメはつけるものですわよ。そうでないとあなたではなく、ゴトハルトに傷がついてしまいますわ」


 おじさんの言葉にハッとした表情になる副長であった。

 管理責任だとかの話だ。

 副長のシクステンは平民の出身である。

 だからこそ長とつく役職の責任について軽く考えていた節があった。

 

 知らないのならば仕方がない。

 だからと言って、そのまま放置できる問題ではなかった。

 シクステンは実力がある。

 今後も公爵家に仕える騎士として活躍が期待される人材だ。

 

 なのでおじさんは自覚を促す。

 自分ではなく、上司に責任がいくのだと。

 

「いいですか。あなたはもう副長なのですから、言動のすべてが見られていますの。自分のしたことで評価が下がることには納得がいくでしょうが、ゴトハルトの評価が下がることに納得がいきますか?」


「……いえ。納得できません」


「なら、どうすればいいのか。理解できましたね?」

 

「……失礼しました。その御言葉、胸に刻みます」


 副長の神妙な表情を見れば、おじさんの言葉の意味を理解したのだとわかる。

 そのことに隊長もまた気づいていた。


「わかればよろしいのですわ。ゴトハルト、今日のところは許しておやりなさい。宴に野暮は不要ですわよ」


「お嬢様の慈悲に感謝を」


 二人はおじさんに対して跪礼を取る。

 隊長の言葉のあとに“感謝を”と続く副長であった。


「ああ、忘れていました。シクステン」


「なんでしょうか?」


「さきほどのこと、減点ですわよ。もう後がなくなってきましたわね!」


「なんて日だっ!」


“おほほ”と笑いながら、弟妹たちの後を追うおじさんであった。

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