第171話 おじさん女傑と騎士たちを唖然とさせる


 両の掌をあわせて、魔力を循環させる。

 最速で円環を描くように魔力を練って、おじさんは目を見開いた。

 

「ド・ラグ・スー・レイヴ・ラ・グナー・ヴー・レイド・ザム・ディン!」


 詠唱をしながら、両手を使って印を結んでいく。

 

「悠久の時間を歩みしつわものたち! 星の海を渡りし賢者たち! 我が声に集いて唄え! 蔑みの闘争を欲し、安寧の一夜を!」


 豚鬼人オークの集落全域を積層型立体魔法陣が覆う。

 

「混沌への道を開け、舌を縛り、嗤い続けろ!」


 おじさんの魔力が異常なまでの高まりを見せた。


「天に満ちるは神の慈悲、戒めより解き放たれよ、虚ろな黄泉の門より轟け!」


 おじさんは両手を魔法陣にむけた。

“せめて楽に死ねますように”そんな思いをのせつつ、トリガーワードを叫ぶ。


失楽園ロスト・アルカディア!】


 複雑な幾何学模様を描いた積層型立体魔法陣が明滅する。

 そしてカッと光が辺り一面に走った。

 

 次の瞬間。

 魔法陣の向こう側には何もなかった。

 なかったのだ。

 ただ、ただ、虚無とも言える灰色の空間が広がっているのみである。

 

 フレメアも騎士たちも声を発せなかった。

 理解を超えた魔法であったのだから。

 精鋭たちの度肝を抜くほどの凄絶無比。

 

 息もできないほどの魔法を魅せたおじさんは、パチンと指を鳴らした。

 

 すると魔法陣に亀裂が入り、キラキラと光りながら霧散していく。

 後に残されたのは、ぽっかりと口を開けた大穴であった。

 

「リー!?」


「終わりましたわよ、フレメア様」


 ふわりとした笑みを見せるおじさんである。

 魔法がばっちり決まってご満悦なのだ。


「待て待て待て! なんだ、なんだ、なんなんだ!」


 フレメアはおじさんの細い肩を掴んで前後に振る。

 

「今の魔法はなんなんだ!」


「古代魔法言語と積層型立体魔法陣を組み合わせた独自魔法ですわ!」


 トリスメギストスと協力して作り上げた自慢の魔法であった。

 

「そういうことを聞いてるんじゃない! いや、そういうことか……そういうことなのか? もう! わけがわからなくなったじゃないか!」


 はて、とおじさんが首を傾げたときであった。

 

「ぐもおおおうううううう!」


 と明らかに怒りをにじませた咆哮が響いたのである。

 

 がさりと音を立てて、水場の奥にあった森から姿を見せたのは豚鬼人オークであった。

 ただし、どの個体よりも大きかったのだ。

 そして大きく膨らんだ二つの乳房を持っていた。

 

女王豚鬼人クイーン・オークの集落だったのかい!」


 実に好戦的な笑みを見せるフレメアであった。


 豚鬼人オークのメスは希少種である。

 中でも特に希少度が高いのが女王種なのだ。

 

 強さも群を抜いているだけではない。

 とにかく性欲が異常に強いのである。

 同じ群れにいる雄だけでは解消できないほどに。

 

 だから女王豚鬼人クイーン・オークは攫うのだ。

 他の種族の雄を手当たり次第に。

 

 先ほどの咆哮は、集落を潰された怒りだったのだろうか。

 あるいは集落の周辺に散開している騎士たちの匂いを嗅ぎつけた可能性もあった。

 

 豚鬼人オークは鼻がきく。

 女王豚鬼人クイーン・オークは、もっと鼻がきく。

 

「うへえ!」


 どこかの副長が情けない声をあげたのがわかる。


 豚鬼人オークの体長は成長した個体で三メートルに届かないくらいである。

 しかし、森の中からでてきた女王豚鬼人クイーン・オークは、一回り以上大きい。

 優に三メートルは超えているだろう。

 

 さらに女王豚鬼人クイーン・オークの後ろから、二体の豚鬼人オークがでてくる。

 どうやら立ち位置的に親衛隊といったところか。

 

 それを確認したフレメアが、唇の端を三日月のようにつり上げる。

 

「リー! とっておきを教えてやる。女王豚鬼人クイーン・オークはね、美味いんだっ!」


 そう言って、フレメアは吶喊とっかんした。

 石の多い河原という地形をものともせずに駆けていく。

 走りながら、腰に提げていた剣を抜いた。

 

「あんたたち! わかってるね!」


 フレメアの言葉に、騎士たちが“応”と声をあげるのであった。

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