第131話 おじさん薔薇乙女十字団の学科試験を見守る!


「リー! 貴様っ! その格好はなんだっ!」


 おじさんに文句をつけたのは安定の王太子であった。

 興奮しているのか、少し顔を紅潮させている。

 

「今日のわたくしは生徒ではありませんわ、講師なのです」


「だからなんだと言うのだっ!」


「口のきき方にはご注意あそばせ、殿下」


 おじさん、ちょっとおすまし顔で答える。

 

「リーっ!」


 そこで男性講師が割って入った。

 

「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワにはー、試験中の監督官を務めてもらうー」


「なにっ!? 試験は受けないのか?」


「学園長からのお達しがあってなー。試験は免除だー。文句は学園長に言ってくれよー」


 まぁふつうに考えれば試験の免除なんてものがある方がおかしい。

 しかしそこは貴族制度が布かれている国である。

 学園長などと言う権力の塊が発する鶴の一声はよく響くのだ。

 それがたとえ王太子と呼ばれる存在であっても。

 

 つまり彼は黙らざるを得ないのだ。

 だが、である。

 

「ズルい! ズルいぞ、リー! どんな手を使ったのだ」


「だあー! なんでアンタは黙ってられないのよ!」


 聖女がイライラからか立ち上がった。

 同時に女子たちから、かつてないほどの怒りの波動が蠢いている。

 まさに一触即発の状況だ。


“王太子? しらんがな”の勢いであった。

 その尋常ならざる空気に王太子以外は息を潜めてしまう。


「リーの実力なら免除されて当たり前でしょうが! 試験なんて受ける意味がないの!」


「聖女よ、なぜそこまでリーをかばう?」 


「かばってないわよ! って言うかいい加減、聖女って呼ぶのはやめてって言ってるじゃない。私の名前は聖女じゃなくて、エーリカ!」


 聖女の勢いに押されたのか、王太子が押し黙る。

 その空隙をつくように、おじさんはいつの間にか手にした短鞭で黒板を叩く。

 空気を裂くような音が教室にこだました。

 

 その音に皆の注目がおじさんに集まる。

 

「わたくし、口のきき方にご注意あそばせと申しましたわ」


 たしん、と音が響く。

“かっこいい”との言葉が御令嬢たちから漏れる。

 おじさんの姿は凜々しかった。

 悪漢に立ちむかう戦乙女のように。

 

“ありがとうございます!”と青が直立不動になった。


「文句があるのなら学園長になー。と言うことで、あとは任せたー」


 これ以上のもめ事はごめんだと言いたげに男性講師が教室を後にする。

 

 なんだかんだでウヤムヤになった教室で、おじさんは試験の用紙を配っていく。

 そして試験が始まる時間がくる。

 

薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの名に恥じぬようがんばってくださいませ」


 おじさんが声をかけると、女子組の目にやる気がみなぎっていた。

 もう王太子云々は関係ない。

 リー先生に恥をかかせられない、そんな思いで満ちていたのだ。

 

 鐘の音が響いて学科試験がスタートする。

 

 おじさんはと言うと、椅子をだして優雅に座っていた。

 ついでに茶器もだして、お茶まで飲んでいる。

 手には読みかけの魔導書もあった。

 その様子は絵画にしたくなるほど決まっている。

 

 それでも監視は怠っていない。

 なぜならおじさんの式神である小鳥が飛んでいるからだ。

 

 だが世界は変わっても、チャレンジャーはいるものだ。

 赤がちらりと隣の席に座る緑の回答を盗み見しようとしている。

 おじさんは赤を見ずに、掌で遊ばせていた白墨の欠片を指で弾く。

 

 かつておじさんが胸を躍らせた技であった。

 筋肉の結節点に撃ちこむことにより、人体を意のままに操る。

 悪魔のような技をおじさんは興味本位で極めていたのだ。

 

 小さな白墨は狙い過たず、赤の額にあたって砕け散った。

 

「あっぶうううう!」


 額から血を流し、のけぞり倒れる赤である。

 砕けた欠片はすべて魔法で回収されているのだから始末に負えない。

 

「な、なんだ?」


 赤の隣に座っていた緑が驚いて声をあげた。

 

「なんでもありませんわ。その不埒者は放っておいて試験に集中してくださいな」


 カンニングはこの学園でも重罪である。

 それをあの程度の被害ですませようというのは、おじさんの温情でもあったのだ。

 

「赤、次はありませんわよ」


 おじさんの言葉に、赤は額に手を当てながら頷いていた。

 赤の惨状を見て概ねのことを理解した男子生徒たちである。

 バカなことをすれば、自分もああなるのだと。

 

 なぜか青色だけがそわそわとしている。

 その表情には迷いが見えた。

 やるべきか、やらざるべきか。

 それが問題なのだ。

 人として大切なものを守るのか、捨てるのか。

 

「青、それはないですわ。試験に集中なさい」


 眼鏡をくいっとしながらのおじさんの一言で、ハッとする青であった。

 どうやら彼は一線を越えずにすんだようだ。

 

 そんなこんながありつつ無事に学科試験一日目は終了したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る