第100話 おじさん何もかもなかったことにする
すわ大惨事か、という一幕はあった。
しかしおじさんの機転によって、事なきを得た
休憩という名の歓談をはさみつつであるが、皆が真面目に取り組んでいた。
特におじさんがいるのだから、と積極的に質問が飛ぶ。
魔力量の消費が大きく、使い魔を送還しても御令嬢たちには聞きたいことがたくさんあったのだ。
その質問に丁寧に答えていくおじさんである。
ときには手ずから実演をしてみせるのだ。
そして実践した御令嬢たちを褒めるのも忘れない。
【やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ】であった。
しかし、陽が落ちようかという時間である。
おじさんがそろそろ切り上げようとしたときのことだった。
「はうあ!」
聖女が声をあげる。
その顔は劇画のような迫力を帯びたものだった。
「どうかしましたの、エーリカ」
「おほ、おほほ。なん……ああ!」
必死にごまかそうとしている聖女だったが、額に大粒の汗がうかんでいる。
「具合が悪いの? 大丈夫ですの?」
「ああ! もう無理、無理無理」
聖女は立ち上がったかと思うと、やけに内股になって小さな歩幅で歩く。
「え、エーリカ!?」
聖女の目指す先は、おじさんが設置したトイレであった。
その後ろ姿を見ておじさんは、ハタと思いあたる節があったのだ。
ハンバーガーに使われていたマヨネーズである。
おじさんの前世の知識によれば、だ。
マヨネーズは食中毒に注意しなくてはいけない。
鶏がタマゴを産むのは総排出口であり、サルモネラ菌が付着しやすいのだ。
このサルモネラ菌が食中毒を引き起こす原因である。
早ければ数時間程度の潜伏期間を経て症状がでるのだ。
症状は腹痛や嘔吐、下痢に発熱などだったとおじさんは記憶している。
「はきゅーん!」
アルベルタ嬢が奇声をあげて席を立った。
「わ。私も、お、お花を……おっっほうう」
そそくさと移動するアルベルタ嬢である。
それをきっかけに御令嬢たちがなんだかそわそわしだした。
皆の眉間に皺が寄っている。
あ、これマズいやつだ。
と思ったおじさんは御令嬢たちに気づかれないよう、こっそりと魔法を使う。
【女神の癒やし】
食中毒に関しては、どの魔法が効果があるのかわからなかったのだ。
だからこそ、おじさんは自分が使える中でも最高位の魔法を唱えた。
それは王妃を
ただし出力はかなり絞ってあるのだ。
干天の慈雨のような優しい神威が室内全体に降りそそぐ。
その効果は
おじさん以外の御令嬢たちの顔色が一瞬で元に戻る。
実はおじさん、マヨネーズは手をだしかねていたのだ。
前世の知識ではサルモネラ菌は熱に弱く、お湯で洗卵することで生で食べられるようにしていた。
しかしここは異世界である。
こちらでもタマゴは生で食べるのは危険と、経験則的に言われているのだ。
だが前世のようにサルモネラ菌が原因だと特定されたわけではない。
ひょっとすると、もっと別の細菌のせいかもしれない。
あるいは細菌以外のなにかが原因かもしれないのだ。
だから、おじさんはあえてマヨネーズを作らなかった。
聖女は得意の神聖魔法による浄化を試したのかもしれない。
しかし、細菌があると認識されていない状態で果たしてどこまで殺菌できるのか。
おじさんとしても不安要素だったのだ。
内心では“作らなくてよかった”と胸をなでおろすおじさんである。
ちなみにおじさんには、状態異常の類いは一切その効果がない。
貴族家は常として毒耐性を身につけるものだ。
それは辛く、厳しいものである。
しかし幼少期からおじさんには、一切の毒がきかなかったのだ。
それは令嬢の心得(極)によるものだと思っているのだが、真相は女神様のみぞ知るのである。
だって、超絶の美少女はアレとかソレとかはしないんだもの。
聖女とアルベルタ嬢の二人がトイレから帰ってきた。
「大丈夫ですの?」
「なんともなかったわ」
「ならよかったですわ」
「私も問題ありませんでしたわ」
と顔を赤らめているアルベルタ嬢であった。
食中毒もなかったことにしたおじさんである。
後日のことではあるが、こっそりと聖女にだけ真実を告げていた。
あの白いソースが原因ですわ、と。
それを聞いた聖女は、顔を白くさせておじさんに頭を下げたのであった。
自身と仲間の尊厳を守ってくれたのだから。
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