第85話 おじさん聖女とともに帰還する
「やれやれ、ですわ」
おじさんはそうつぶやきながら、聖女の肩を揺すった。
「もう! これ以上はダメよぅ、ダメダメ!」
口の端から涎をたらして爆睡する聖女である。
「エーリカ、エーリカ」
何度か肩を揺すると、聖女が“んあ?”と声をあげて目を覚ました。
「あるぇ? リー?」
聖女が目をこすりながら、おじさんを見る。
「そうですわ。エーリカ、どこも怪我をしていませんわね?」
「怪我? ああ! あれ? アタシ、どうして?」
穴に落ちたことを思いだした聖女が自分の身体を触って確認している。
「アタシ、落とし穴に落ちたよね?」
その問いについては、おじさんは誤魔化しておくことにした。
「ええ。ですが罠というほどではなかったようですわ。ただ眠りの魔法が付与されていたようで、わたくしとトリちゃんで助けたのです」
ふよふよと宙にうく革張りの本を見て、聖女は大きく頷いた。
それで納得できたのだろう。
「ありがと。助かったわ!」
「どういたしまして。では、転移装置で戻りましょう」
そこでおじさんは、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が先に戻って報告していることを聖女に知らせておいた。
聖女に手を貸して立たせる。
まだ足下がおぼつかない聖女の様子を見て、おじさんは聖女の手をとった。
「さあ、帰りましょう」
転移装置を使って入り口に戻ると、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が走り寄ってくる。
「リー様、エーリカ! よかった、無事でよかった」
「さすがリーお姉さまですの!」
二人は感極まったのか、おじさんと聖女もろともに抱きついた。
「ちょっと。苦しいでしょうが!」
そんな聖女の言葉もどこか喜びにあふれていたのである。
「まったく! エーリカが聖女らしくないことを言うからよ!」
「え? アレが原因なの!?」
「パティも神さまをバカにしたからだと思うのです!」
「お、お祈りするもん! めっちゃお祈りするもん!」
聖女たちの話が少し落ちついたところで、男性講師の声が響く。
「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワー。ちょっと話せるかー?」
“かまいませんわ”と答えて、おじさんは三人から離れる。
「なにがあったー?」
「話せることと話せないことがありましたわ」
おじさんの返答に思わず顔をしかめてしまう男性講師である。
それはすなわち厄介ごとがあったのと同義なのだから。
「それはどの程度の話だー?」
「国王陛下とお話しなくてはいけませんの」
“たはー”と男性講師が顔に手をあてた。
「提案なんだがー、もう次回からのダンジョン講習は参加しないってことでいいかー」
「断固! 拒否ですわ! わたくしだって参加したいですの!」
「いやでもなー。もう絶対なんか起こるからなー。先生、大変なんだぞー」
と男性講師は胃のあたりを無意識にさすっていた。
「なら、いい胃薬を知っていますので差し入れしますわ」
おじさんの無慈悲な言葉であった。
「そういうことじゃー、ないんだよなー」
男性講師の口から漏れた言葉には悲哀があふれていたのであった。
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