第84話 おじさん建国王の残滓と会う
よくよく辺りを見回してみると、そこは芝生があり花がところで咲いていた。
ダンジョンの中にあるとは思えないほど
それでもおじさんは警戒をとかなかった。
『主よ、警戒せずともいい。この周辺に魔物の気配はないが……』
「が、なんですの?」
『うむ。妙な気配がある』
トリスメギストスの言葉が終わった直後だった。
おじさんから少し離れた場所に、モヤがかかったような人陰が現れる。
瞬間的におじさんはアンドロメダを飛ばしていた。
【おっと。その物騒な鎖を引っこめてくれんかね?】
鎖の先端にあるケルト十字のチャームが人陰を縛っていく。
それでも余裕があるのは、その言葉からわかった。
「どちらさまですの?」
【リチャード=アルフォンス・ヘリアンツス・リーセの残滓だ】
「建国王様……ですか。わたくしはリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと申しますわ」
おじさんがカーテシーではなく跪礼をとった。
王国においては片膝をつき、右腕を胸にあてて、頭を下げる最敬礼である。
【大儀である、と言いたいところだが今は抜け殻のようなものでな、そのように畏まられる存在ではない。ほれ、頭をあげておくれ。というよりも、今では建国王の方がとおりがいいのならそう呼んでくれてかまわんぞ】
「ではお言葉に甘えますわ」
【うむ。そなたはカラセベド公爵家の者か。ならばあの道が開いたのも頷けるが……先に落ちてきたのは何者であるのかな?】
「先に落ちたのは今代の聖女様ですわ。わたくしはダンジョンの罠かと思い、彼女を助けに参りましたの」
“かかか”と建国王の残滓が笑う。
【それはすまないことをしたな。アレは予の血を引く者にしか反応しないのだが】
「ならば原因はわたくしですわね。カラセベド公爵家は先代で断絶しかかっていたのですわ。そこで王弟であったわたくしの父が養子に入ったのです」
【そうか。では、そなたは予の遠い孫ということになるな。歓迎しよう、リー】
「あの……聖女様はどうなりますの?」
【あれは眠らせておるだけだ。心配せずともいい。ここは我が血を引く者以外には入れんようになっているのだがな。いろいろと偶然が重なったのであろう。万が一の備えとして眠りの魔法を刻んでおいたのだが、そちらは巧く作用したようだな】
ふたたび快活な笑い声をあげる建国王であった。
「で、建国王様はこちらで何をなさっているのですか?」
【なにをというほどのこともないのだ。息子に王位を譲り、孫も立派に成長したのでな、若い頃から傾倒しておった錬成魔法を誰にも邪魔されずに研究しようと思って、ダンジョンにこもったのだ。で、気づいたらこうなっておった】
『ダンジョンの権能の影響であろうな。だが我もこうした事例は知らん』
【そちらはリーの使い魔かね?
『我が名はトリスメギストス。主の使い魔筆頭である
“ほう”と建国王の残滓が大仰に頷いた。
【察するにトリスメギストス殿は、あらゆる知識を有しておるのかな】
“うむ”と返答するトリスメギストスである。
おじさんはなんだか嫌な予感がしていた。
【それは重畳。どうだろうか、予の研究も少し行き詰まっているのだ。少しそのお力を貸してくれんかね?】
「ちょ! 建国王様、そんなことをしている暇はありませんわ」
おじさんが叫ぶように言った。
そして自分たちが置かれている状況を説明したのである。
学園におけるダンジョン講習の最中であること。
聖女が罠にかかったと判断して、先に戻らせた者たちもいる。
なので、できれば聖女を連れて帰りたいことを告げた。
【そういう事情であれば仕方がないか。いや、リーよ。また折りを見てここを訪れてくれんかね? そうすればトリスメギストス殿とも話ができる】
「それはかまいませんが……無作為に飛ばされるのではいつ来られるのかわかりませんわ」
【もちろん、そこは考えてある。これをそなたに】
おじさんの前に指輪が現れた。
全体的には銀色だが、四角の台座に大ぶりの宝珠がハマっているものだ。
【王宮西側にある尖塔の最上階にある部屋にな、ちょっとした仕掛けを施してあるのだよ。そこでこの指輪に魔力をとおせば、ここに転移できる】
「では今代の国王陛下にも話をとおす必要がありますわね」
【うむ。予の血を引く者ならここに転移できるはずだ。が……あまり頻繁にこられても迷惑だしな】
「そういう細かいことは陛下と話してくださいませんか? わたくし、急いでいますので」
【そうであるな。そこは予が話をとおそう。手間をとらせたな、リーよ。これは詫びだ。予の子孫に見せればいい、あとはそなたの好きにするといい】
おじさんの目の前に今度は鍵が出現する。
その鍵をうけとって、おじさんは頭を下げた。
「建国王様のご厚情、ありがたくいただきますわ」
【なんの、報酬の先払いとでも思っておけばいい。ではな、また会おうぞ】
と建国王が指をスナップさせると、おじさんは元の部屋に戻っていた。
聖女の姿を確認したおじさんは、ホッと息をつくのであった。
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