第80話 おじさん聖女の戦いを見て往年の思いでにひたる

「もう! まったくもう!」


 と聖女が肩をいからせながら、ウェイウェイと迷宮を進んでいく。

 先ほどの戦闘ではパトリーシア嬢が先走ってしまった。

 そこをおじさんがやんわりと注意したのだ。


 結果、パトリーシア嬢が素直に謝った。

 ただ聖女は拳の振り下ろしどころを失ったのである。

 なので次は聖女が見せ場を作るという落としどころを、おじさんが作ったのだ。

 

 聖女を先頭にして、石壁の迷宮を進んでいく一行。

 初級ダンジョンには、ほぼほぼ罠がない。

 あったとしても嫌がらせみたいなものである。

 落とし穴だと足首辺りまでの深さしかないとか、靴が濡れてぬっちょぬちょになる程度だ。

 つまり索敵さえできていれば、致命的なことにはなりにくい。

 

 で、おじさんはと言うと、ホクホクとした笑顔のアルベルタ嬢に手を引かれて歩いている。

 その理由は目を閉じているからだ。


 おじさんは小鳥の式神を前後に飛ばしている。

 狭い通路の迷宮なので、横から敵が飛びだしてくることはない。

 注意したいのは、後ろから襲われることだ。

 難易度の低い迷宮なので、その可能性は低い。


 だが念には念を入れるのがおじさんである。

 そこで式神を前に一羽、後ろに一羽と飛ばしているのだ。

 式神とは視界を共有することになるので、さすがのおじさんも慣れない。


 情報量の多さに酔ってしまい、眩暈めまいを起こしそうになったのだ。

 そこで自前の視界を閉じることで、小鳥たちの視界に集中したのである。


「エーリカ、前方にゴブリンが三体ですわ」


 おじさんの声が聖女に飛ぶ。


「よっしゃらああああい!」


 聖女が盗んだバイクで走りだすかの勢いで駆けていく。


「ちょ! エーリカ!」


 叫んだのはアルベルタ嬢であった。


「足止めができてないのです!」


 パトリーシア嬢の声も聞かずに聖女は突っこんでいった。


 先頭のゴブリンに対して、腕を平行にしてそのまま首を刈る。

 ラリアットであった。


「だらっしゃああ!」


 首を刈られたゴブリンは後ろに転倒し、そのまま煙となって消えていく。

 その姿を見た二匹の足がとまる。


「しゃいしゃいしゃい!」


 聖女が自分から見て左のゴブリンにエルボー・スマッシュを顔面に叩きこむ。

 要は勢いをつけた肘打ちだ。


「シャオラ!」


 さらに残ったゴブリンには、打点の高いドロップキックをかました。

 三匹のゴブリンが煙になったのを確認して、聖女は指でキツネを作って頭上に掲げる。


ユーーーーーースうぃいいいいい!」


 ドン引きであった。

 聖女が武闘派僧侶モンクであるとは聞いていた三人である。

 しかしなにかがちがっていた。

 素手で戦ったのはまちがいない。

 そこはアルベルタ嬢も、パトリーシア嬢も理解していた。


 ただ聖女がいつもとちがうなにかに見えてしまったのだ。

 それは蛮族のような戦い方であったからだ。

 ただおじさんだけは、往年の名選手を思い出していた。


 そんな三人の様子に気づいたのだろう。

 聖女が振り返って言った。


「ちょっと聖女の血が騒いでしまったのですわ。おほ、おほほほ」


“聖女の血が騒ぐってなんぞ”と二人の御令嬢は思ったが口にはださない。

 ただ引きった曖昧な笑顔をうかべていたのである。

 どこか聖女には近よりがたい、そんな印象をうけたためだ。


 そしておじさんだけは、聖女に生暖かい目を向けていた。


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