第54話 おじさん初級ダンジョンで未踏破区域に転移する



 ダンジョンにおいてゴブリンは定番の魔物である。

 特に初級ダンジョンでは、ろくに連携もとってこない雑魚なのだ。

 モンスターハウスであっても、それは変わらない。


 しかし、なぜか初級ダンジョンで上位種が出現した。

 ランダム転移の弊害ともいえるかもしれないが、なぜだと女性講師は理由を考えていたのだ。

 なにせおじさんの籠手から飛びでる鎖がゴブリンたちを有無をいわさず鏖殺しているため、他にすることがないのである。


 しばらくして魔法陣がふっと消えた。

 ゴブリンたちの死体もそれにあわせたかのように霧散していく。

 モンスターハウスの床には、複数の宝珠が残っていた。

 ドロップ品だ。

 他にもゴブリンの腰布なんかが落ちている。


「メーガン先生、宝珠を拾っておきますわね」


 “ああ”と女性講師はどこか上の空であった。

 その間におじさんは床に散らばった宝珠を拾い集めていく。

 あらかた拾い終わったところで、四方を囲んでいた岩壁が音を立てて崩れていった。


「あら?」


 壁の向こうにあったのは草原だった。

 おじさんのイメージするダンジョンとはちがう。

 薄暗い迷路の中で敵が襲ってくる、というのが古式ゆかしいダンジョンなのだ。

 それが見渡す限りの草原である。

 いつの間にか石畳だった床にも踝くらいの高さの草が生えていた。


「ちょっと待って! リーちゃん!」


 先ほどから、あなたという呼称だったのが変わっている女性講師である。

 しかしそこをツッコむほど、おじさんは野暮ではなかった。


 女性講師は肩にかけていた鞄から薄い冊子を取りだす。

 パラパラとめくっていき、おじさんを見る。


「リーちゃん! ここ、ひょっとしたら未踏破区域かもしれないわ! いえ、きっとそうよ!」


 女性講師のテンションの上がり方が尋常ではなかった。

 それもそうだろう。

 どのダンジョンであっても、一階部分はランダムで転移する仕組みだ。

 つまり攻略は終わっていたとしても、それはボスモンスターが倒されただけの話なのである。

 まだ誰も足を踏み入れていない区域があることは否定できないのだ。


 王都近郊にある初級ダンジョンが攻略されてから、随分と長い時間が経過している。

 その間に探索も進み、様々な階層の地図も作られていた。

 しかし、それらを確認しても草原エリアがあることは書かれていない。


 こうした場所はお宝が眠っている可能性も高いのだ。

 もちろん何もない確率だってあるのだが、それでも新雪に足跡をつけるような興奮に女性講師は呑まれていた。


「であるのなら、わたくしもお手伝いいたしますわ」


【召喚・トリスメギストス】


「喚ばれて飛びでてじゃじゃじゃじゃあああん!」

 

 ふっるぅーとおじさんは思った。

 それは前世の幼少期に見た記憶がある、くしゃみの大魔王がいう登場のセリフだったからだ。


「送還しますわよ、トリちゃん」


『むぅ。それはすまんかった、我が主よ。ちょっとしたお茶目である』


知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクト! 嘘でしょ?」


『残念ながら本物である。我が神威の前にひれ伏せ、小娘!』


「ははー」


 と女性講師が膝を折ったところで、おじさんが“てぃ”とトリちゃんの宝石に手刀をいれた。


『あだだだ、なにをする我が主よ』


「くだらないことをしている場合じゃありませんの。メーガン先生もお立ちになってくださいな」


 おじさんは女性講師に手を貸しながら事情を話した。

 トリちゃんは話を聞いて、“ふむ”と該当するページを開く。


「主の知りたいことはここに書かれている」


 万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリーのトリスメギストス。

 調子がいいだけのおバカな使い魔ではないのだ。

 しかも開いたページの一部は黒塗りになっている。


 それは探索を楽しみたいであろう主に配慮して、攻略に関係する部分だけを黒く変色させたのだ。

 できる使い魔、トリスメギストスの面目躍如の瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る