鬼に華風~土かぶり乙女は愛に逢う~
湊雨
プロローグ
鎖国が終わり、異国の文化が日本の国土に足を踏み入れ始めた時代。
煌びやかな西洋の色と日本独特の和の色とが混ざりあった帝都の街並みは、新鮮で、また、何処か懐かしさを感じさせた。
そんな帝都の外れ、未だ異国文化が地に踏み入れていない小さな村の山奥に、ひっそりと少女が暮らしていた。
朝方、太陽が登るのと同時に少女、
遠くの空が太陽によって少し茜色に染まっている。
早朝特有のひんやりとした空気が東風の頬を撫でる。
(今日もまたひとりぼっちの朝がやって来た)
その冷涼な風は毎朝、東風に事実を受け入れさせるのだ。
両親は東風が十になる前に死んでしまった。
―殺されたのだ、何者かによって。
◇◇◇
東風は母と父と三人で山奥に暮らしていた。
一番近い村からも少し離れてはいたものの、村人たちとよく意思疎通を図り、良好な関係を築いていた。
多少なりとも貧しくはあったけれど、家族三人助け合いながら生活していた。
そんなある日の夜、東風が眠っていると玄関付近から岩でも落ちてきたのかと思うほどの大きな音がした。
何事かと半ば夢に足を突っ込んだままむくりと起き上がれば、母が東風の寝室へと駆け込んできた。
母の顔には普段の東風に見せる柔らかさは無く、白い肌もより一層蒼白さを増していた。
「どうしたの?」
普段とは異なる様子の母に問えば、いきなり東風を抱き上げ、押入れの奥底に追いやった。
「おかあさん?」
理解不能な母の言動に首を傾げる。すると母はぎゅっと東風の手を握り、力なく笑った。
「大丈夫、なんともないわ。」
母は少し間を開けてから再び東風の手を強く、それでいて優しく握った。
「東風、いい?お母さんが出てきていいって言うまでここにいること。約束ね」
東風は訳も分からずただこくりと頷く。母はぎゅうと東風を抱きしめる。東風を包み込む母の手は震えていた。
大丈夫?と問おうとした時、消え入りそうな声が聞こえてきた。
「幸せになってね……」
抱きしめられていて表情は伺えなかったが、何故か泣いているような気がした。
母はぱっと東風から手を離すと、最後に優しく微笑んだ。その瞳には涙が浮かんでいた。
「 ○○○○○ 」
離れていく母の背を見て、幼いながら不吉な予感がした東風は引き留めようと手を伸ばす。しかしその努力も虚しく、すぐにどんと物置の襖が閉められ、東風は暗闇の中一人になった。
「お母さん、お母さん!」
何度母を呼んでも、襖を叩いても、母が返事をすることは無かった。
母は何故ああ言ったのだろう。
何故東風を押入れに放ったのだろう。
東風には理由が分からない。分からないからこそ暗闇の中に一人でいることが怖かった。
しかし、幼い東風が睡魔に勝てるはずもなく、いつの間にか夢の世界へ落ちていった。
それが母との最後の会話になるとも知らずに。
翌朝、目を覚ました東風は、母との約束を破り、押入れを抜け出した。
昨日の夜に大きな音がした玄関の方へ向かうと、両親が無残な姿で倒れていた。
そこら中に飛び散った真っ赤な液体が地獄絵図を描き、異臭を放つ。
父も母も真っ赤に染まり、所々内蔵が見え隠れしている。
「お、かあさ……お、とうさ……」
呼びかけても、両親は返事をしない。もういつものように東風の名前を呼んだり頭を撫でたりしてはくれない。
東風が駆け寄ろうとすると、駆けつけた村のおばさんに止められた。
どうやら、東風が起きる前に誰かが異変に気づいたらしい。
「だめだ、東風ちゃん。安全な所で待ってなさい」
「でも!おかあさんとおとうさんが……!おかあさんとおとうさんが……」
東風を止めるおばさんの手を必死に振り解こうとするが、どうしても両親に近づくことは出来なかった。
「おかあさん!おとうさん!やだ!死なないでよぉ…!」
涙ながらに両親に呼びかけても、二人の声を聴けることは無かった。
おばさんの他にも駆けつけた村の人たちが父と母を持ち上げると、家の外へと連れて行き、土の布団へ優しく寝かせる。
「まって!行かないで!」
東風は必死に手を伸ばしたが、届くことなく両親は土の布団で眠りについた。
両親が埋葬された後、村の人たちは手分けして東風の家の掃除をしてくれた。
東風はただ一人、墓の前でへたり込んでいた。
東風がそうしているうちに日は暮れ、皆帰って行った。
家においでという誘いを断り、東風はただそこに座り続けた。
誰もが東風を哀れんでいたが、東風の座り込んだ地面だけは冷酷に東風の身体を冷やしていった。
◇◇◇
それから東風はたった一人で生活を営んだ。
誰も東風を引き取ろうとはしなかったけど、皆優しく接してくれた。
そう、大人たちは―
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