第167話 本能のままに

 魔界再生計画、当日の朝。

 魔王軍庁舎。



「ベリ様! 起きてください、ベリ様!」


 ソファで熟睡するベリ将軍に、魔王軍の部下が慌てた様子で呼びかける。


「んー?」


「諜報課から連絡がきました! さきほど魔王デメが異空間に入ったとこのこと。『魔界再生計画』の発動です!」


「あ、始まったんだ。オッケー」

 将軍はむくっと起き上がった。


 この日、魔王軍中央司令部の兵士たちは、早朝から庁舎の一階にある講堂に集められていた。この大きな講堂は、スタンディング状態であれば、千人ほどいる中央司令部の人員を一度に収容できる。

 兵士たちには「極秘作戦についての説明」としか伝えられていなかった。

 危険度の高い任務なので、作戦内容は直前まで秘密だという。

 訳もわからないまま早朝から三時間も待機させられ、兵士たちは完全に苛立いらだっていた。


「おい!! いつまで待たせんだ!」

「眠いんだよボケ!」

「帰るぞコラ!」


 軍隊というよりはヤクザのような怒号が飛び交う。

 もはや暴動が起きる寸前の空気だったが、ベリ将軍が壇上に姿を現した瞬間、嘘のように静かになった。


「おはよ、みんな。今から極秘作戦について話すよーん♪」

 演台の前に立った彼女は、マイク越しに喋った。

「でも、その前に一つ質問がありまーす。みんな、逆賊になる覚悟はあるー?」


 千人の兵士たちが、ポカンとした顔をした。


「いきなりだけど、魔王軍は魔王を裏切ることにしました! みんなには魔王親衛隊と戦ってもらいまーす!」


 耳を疑う兵士たち。

 全員が「何を言ってるんだ?」と言いたげな困惑の表情を浮かべた。


「今回は危険な任務だから、スペシャルなご褒美ほうびを出しちゃいまーす♪ なんと、魔王デメちゃんの肉だー! どうっ? やる気出た? あ、でも隊長のグウちゃんは私が殺るから、みんな取らないでねー。じゃ、あと説明よろしくー」


 ざわざわと、動揺が講堂の中を広がっていく。

 やる気より戸惑いのほうが大きいのは明らかだった。


 それから、補佐役の将校が壇上に上がって、詳しい作戦内容を説明した。

 異空間で魔王を暗殺し、同時に魔王城を乗っ取るという、にわかには信じがたい計画が語られた。

「――以上が作戦の概要だ。すでにアンデッド軍がモグラ高原に待機している。彼らが魔王城に到着したタイミングで我々も蜂起ほうきする」


 具体的な作戦内容が示されても、兵士たちはまだ事態を飲み込めない様子だった。キョロキョロとまわりを見たり、ヒソヒソと話をしたり、動揺は収まらない。


 突然、講堂のドアがバーンと開き、灰色のスーツを着た諜報課の職員が飛び込んできた。

 全力で走ってきたらしく、汗だくで息を切らしている。

「失礼します! ベリ将軍、想定外の出来事が……!」


「ん? どうしたのー?」


「グウ隊長が、魔王様とともに異空間に入って来ました! ベリ将軍は至急、異空間にお越しください!」


「あれまぁ。グウちゃんがそっちにいるなら、私も当然そっちだよねー」

 ベリ将軍はそう言って、兵士たちのほうに向きなおった。

「てことで、私は一緒に戦えないけど、大丈夫だよね? みんな」


 講堂内はシーン、と静まり返った。

 兵士たちの表情は硬く強張こわばり、まったく戦意が感じられない。


「みんな、どうしたのー? 怖いの?」

 ベリ将軍は壇上から部下たちの顔を見まわした。

「まあ、相手は魔王親衛隊だし、みんなより強いもんね。きっといっぱい死ぬんだろうな。いいよ? 怖い人は今すぐ辞めちゃっても。私が許すっ。だって、ぶっちゃけ、みんなが何人死のうが、私は何も感じないし、どうでもいいもの。だから、お前たちも私の決めたことに命を懸ける必要なんて、これっぽちもないよ♪」


 唖然あぜんとする兵士たち。

 とても最高司令官の言葉とは思えなかった。


「命が惜しい奴は今すぐ城を出たほうがいい。そいつはきっと賢い奴だ。そんで――」

 彼女はマイクを持ち上げると、ぴょんと演台の上に飛び乗って、足を組んで座った。

「死んでもいいから思いっきり暴れてぇっていう馬鹿は、私と一緒にこの祭りに参加しな」


 兵士たちは息をのんだ。

 全員が凍りついたように彼女の顔を凝視し、その狂気的な美貌に釘付けになる。


「お前らがやらなくても、私は一人でもやるぜ? 退屈で仕方ねえからな。ただ、血がたぎる殺し合いをしたい。私の中の魔族の本能が、もうずっとそう言ってんだ。私は勝ってもデメの肉を食う気はねえ。お前らに全部やる!」


 兵士たちの目の色が変わった。

 呼び起こされた野望が、妖しい輝きとなって瞳に宿る。


「そうだなぁ。親衛隊を討ち取った奴にやることにするか。あいつら何人だっけ? 十人くらい? たぶん十等分しても、けっこうな塊になるはずだ。そんだけ食えば、私といい勝負ができるくらい強くなっちまうかもな。どうだ、お前ら。強くなって私と肩を並べてみるか? お前らの本能は何て言ってるよ?」


 さっきまでとは、明らかに講堂内の空気が違う。

 武者震いをする者や、笑みを浮かべる者すらいる。


「命を懸けた下剋上だ。てめぇらの一番欲しいもんは何だ!? 命か? 強さか? さあ、選びやがれ!!」


「強さだ!!!!」

 空気を揺らすほどの雄叫おたけびが上がった。

 恐ろしいほどの熱狂が講堂を包む。

「下剋上!! 下剋上!!」の大合唱が沸き起こった。


「それでこそ魔族だ」

 ベリ将軍は満足げに微笑んだ。

「派手に暴れようぜ!!」


 大歓声の中、彼女はひょいと演台を下り、出口に向かって歩き出した。



 * * *



 グウとギルティ、そしてカーラード議長の三人が異空間に入ってしまったあと、玄関ホールに一人残されたベリ将軍は、待ちくたびれて階段の踊り場で眠っていた。


 シュン、と空中にいきなり半透明の四角い窓が出現し、中からグウとギルティが姿を現した。

 パチッと目を開けるベリ。

 彼女は二人の姿を確認すると、フッと笑みを浮かべた。


「おかえりー。待ってたよー」

 目をこすりながら、ふわふわとした声で言う。

 それから、グウの制服のボロボロ具合を見て、アハハッと笑った。

「ずいぶんロックな雰囲気になったね、グウちゃん。その刺青いれずみ、隠してたんじゃなかったっけー?」


 ギルティははっとした。

 ベリ将軍は見たことがあるんだ――と、何か深読みしそうになって、ブンブンと首を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。


「ギルティはいいんですよ。信用してるから。それに、魔王様も知ってるし」


 グウの答えにベリ将軍は「ふーん」と目を細めた。

「で、カーラードは死んだの?」


「食いました」


 将軍はケラケラと笑って「いいねぇ」と言った。


「もう一度聞くけど、ここを通す気はないですか?」


「ないよ♪」


「このままだと魔王様が殺されるかもしれない。そしたら、もう魔王様とは戦えなくなりますよ?」


「生きてたって、戦えなかったじゃない。お前のせいで」


 ベリ将軍の言葉に、グウは返答につまった。


「シレオンが言ったの。こっちのほうが面白くなるって。詳しいことは忘れちゃったけど、デメちゃんが死ねば、みんながパワーアップして、また三国戦争時代みたいになるんだってさ」


「……俺はそうなるとは思わない。シレオン伯爵はきっと、魔王様の魔力を独り占めするはずだ」


「そうなったら、シレオンと戦うから別にいいよ。つーかさあ、どうでもいいだろ? 戦う理由なんて」

 ベリは口元に笑みを浮かべたまま、上目づかいで鋭い眼光を飛ばした。

「カーラードを殺せるほどに強くなったお前が、私の前に立ってんだぜ? こっちはもう体が火照ほてってんだよ。さあ、始めようぜ!」

 バサッと、彼女は肩に羽織っていた軍服の上着を投げ捨てた。


 圧倒的な強者の威圧感に、ギルティは皮膚が泡立った。ぎゅっとつえを握りしめる。


 グウはサーベルのつかに手をかけると、静かに剣を抜いた。

「いつか、こういう日が来る気がしてたよ……ベリ様」

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