第95話 洗脳

 石造りの薄暗い部屋は、地下牢のような陰気な感じがした。

 壁には大きな絵が飾ってあり、誰もいない会議室の風景が描かれていた。

 変な絵だと思った。


「魔界再生委員会? 知らねえよ、そんな団体」

 ビーズはおりの中から仮面の集団をにらみつけた。


「知る必要はない。お前はただ、我々の要求に従えばいいのだ」

 仮面をつけた四本角の男が言った。

 かなりの大男で、身長は二メートル以上ありそうだ。シルエットだけなら、ガルガドス隊員に似ているが、声の威圧感はまるで違う。


「はあ? なんでお前らの要求なんか聞かなきゃいけねーんだよ! さっさとここから出せ!」

 ビーズは、動物のあばら骨のような白い檻を殴ったり蹴ったりして暴れた。


「騒ぐなと言ってるだろう」

 大男はそう言って、すっと腕を前にのばした。

 手には紫色を帯びた水晶玉が握られている。その玉の内側で、バチッと稲妻のような光が走った。


 その瞬間、いきなりビーズの体を鋭い痛みとしびれが襲った。

「うっ!?」


 いつのまにか檻のまわりを、その玉と同じ色の、半透明の膜が覆っていて、表面を断続的に稲妻が走っている。


「口を慎め、この逆賊ぎゃくぞくめが」


「逆賊?」

 ビーズは胸を押さえながら聞き返した。

 かなり強い電流で、一瞬、心臓が止まるかと思った。


「あなたには反逆罪の容疑がかかっているのですよ」


 ふいに女の声がした。

 仮面の集団の中から、一人が前に進み出る。


 ローブの上からでもわかる、グラマラスなシルエット。

 タブレット端末を持つ手には、薄紫のネイルが施されていた。


「あなた、黄金の牙のメンバーに作戦情報を流したでしょう。魔王様が参加される作戦で敵と通じることは、立派な反逆罪ですよ」


 ビーズはギクッとして、目をらした。

「は? 何のことだよ。知らねえな……」


 バチバチッ!!


 再び体に電流が走った。

「痛っ……!」


「おかしいですね。たしかに会ってらしたはずなのに。ほら」

 仮面の女は、うずくまるビーズに向かってタブレット見せた。


 画面には、ビーズと妹がバーの前で話している写真。


「この娘は黄金の牙の構成員であることが確認されています。敵勢力との内通の現場写真。もはや言い逃れはできませんね」


 ビーズは青ざめた。

(ヤバい……人生が終わる。せっかくエリートになったのに……)


「しかも、諜報課の情報では、すでに作戦は八角のダブに伝わっているとか。おそらくダブは動かず、挟み撃ちは失敗するでしょう。あなたが原因で、討伐作戦は変更を余儀なくされる」

 女はさらに追い打ちをかけるようなことを言う。

「このことが知られれば、極刑はまぬがれません。魔王親衛隊もただでは済まないでしょうね」


「なっ!? あいつらは関係ない! 俺が勝手にやったことだ!」


「さて、どうだか。少なくとも上官であるグウ隊長は、責任をまぬがれないでしょうね。よくて退任。悪ければ、あなたと同じく極刑」


「そんな……」

 ビーズは真っ青になった。

(俺のせいで、隊長まで……)


「安心してください。私たちは暴露するつもりはありません」


「え?」


「あなたが我々に協力してくれれば、の話ですが」


「協力……?」


「グウと親衛隊を抹殺するのだ」

 大男が言った。


「はあっ?」

 ビーズは耳を疑った。


「グウは人間にび、魔界に不利益をもたらす、邪悪なる売国奴だ。あやつのせいで、今の魔王親衛隊は、親人間派の思想に染まり切っている。早々に一新せねばならん。そうだろう?」


「何言ってんだ……そんなこと、俺に出来るわけないだろ……」


「できますよ。黄金の牙の討伐作戦を利用すれば。たしかに、今のあなたの実力ではグウ隊長に敵わないでしょうが、大丈夫、策はあります」


(そういう意味で出来ないって言ったんじゃねえ……)

 ビーズは思考が追いつかず、呆然とした。


「このままいけば、魔王親衛隊と黄金の牙はダリア市内で戦闘になるでしょう。その際、戦闘のどさくさに紛れて隊員を一人ずつ殺すのです。そして彼らを食べなさい」


「何言ってんだ……」


「あなたの実力に加え、親衛隊を全員……いや、半分でも捕食できれば、グウ隊長に匹敵する魔力を得られるはず。彼さえ殺せば、その場から逃走してかまいません」


 女が言うと、大男もこう続けた。


「その役目さえ果たせば、お前の身の安全は我々が保障してやる。次の親衛隊長にしてやってもいい。でなくば、お前に待っているのは公開処刑。断る理由などあるまい」


「あるよ!! あるに決まってんだろ!!」

 ビーズは声を荒げて叫んだ。

「自分の命欲しさに仲間を裏切るなんて、そんなダセえことできるか! だいたい、テメェの言うことなんか何一つ信用できねえんだよ! テメェらみたいな胡散うさん臭い奴らの言いなりになるくらいだったら、今ここで全員ぶっ殺して証拠隠滅してやるよ!」

 そう言って、思い切り骨の檻を殴る。

 が、やはり檻は壊れなかった。


「口を慎めよ、若造……!」

 大男が水晶玉をぐっと握りしめた。


 再び電撃がビーズを襲う。

 今度は強烈で、しかも長かった。

 しばらく息ができず、床にうずくまる。


 この大男の魔力は、明らかに自分よりも上だった。

 もしや……と、ビーズはある人物を頭に思い浮かべる。これほどの力を持っていて、かつ、ガルガドスと似た容姿といえば……


(まさか、カーラード議長?)


 だとしたら、ビーズの罪をもみ消すくらいの力は、たしかに持っているだろう。


「仲間、ねえ」

 と、女がつぶやいた。

「そこまでして義理を通すほどの仲間なのかしら。彼らはもう、あなたのことを仲間だと思ってないのに」


「何? どういう意味だ」


「あなたはすでに魔王親衛隊から敵として認識されているのですよ。グウ隊長はあなたを殺す気です」


「は? そんなワケねーだろ」

 何を言い出すのだろう、とビーズは思った。


「そんなワケあるんです。なぜなら、グウ隊長はあなたの内通に気づいているから。郵便屋の密告によってね」


「えっ」


「電報、送ったでしょう?」

 ふふ、と女は小さく笑った。

「魔王親衛隊から反逆者が出たとあっては、自分や隊員たちの立場が危うくなる。そこで、グウ隊長は証拠隠滅のために、あなたを消そうとしているのです」


「そんなこと……あるワケないだろ」

 言いながら、ビーズの目が泳いだ。

(グウ隊長が? いや、あのグウ隊長に限って、そんなことありえない)


「残念ながら本当です。このままでは、あなたのほうが作戦に乗じて殺されてしまいますよ」


「信じられるか、そんな話!」


 女はすっと檻の前にしゃがむと、なぜかタブレットを操作しはじめた。

「やはりご存じないんですね。ニュースになってましたよ」


「え?」


 くるり、と彼女はタブレットの画面をこちらに向けた。


 そこには炎に包まれた、黄色い壁のバーが映っていた。

 昼間の、妹がいた店である。

 ビーズは我が目を疑った。

 燃え盛る店の中から出てきた三人組。

 それは、フェアリーとゼルゼとザシュルルトだった。


「現場にこれが落ちていました」


 女はそう言って、青いバンダナを差し出した。


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 急激に口の中が乾いていく。

 おそるおそる、骨と骨の間から、震える手でそれを受け取る。


 見覚えのある、鮮やかな青。

 昼間に会った妹が、頭に巻いていたものだった。


 ガクッとビーズは地面に手をついた。

 目の前が暗くなって、全身の力が抜けていく気がした。

 

「おそらく、グウ隊長の命令でしょう。妹さんから黄金の牙に作戦情報が伝わる前に、始末したかったのでしょうね。一歩遅かったようですが」


「嘘だ……」


「それと、証拠隠滅の意味もあるでしょう。妹さんとあなたさえ消してしまえば、反逆行為を立証することは難しくなる。そうすれば、グウ隊長が責任を問われることもない」


「嘘だああああ!!」


「うるさい」

 大男がぐっと水晶玉を握った。


 バチイィッと、強烈な電流がビーズの体を駆け巡る。


「うう……」


「お辛いでしょうが、本当のことです」


 床に倒れ込んだビーズの腕を、いたわるように女がでた。


「あの三人は、俺の妹だと知って……?」


「おそらくは。あなたの暗殺も命じられているかもしれません。きっと討伐作戦の最中に、戦死に見せかけてあなたを始末しようとするはず」


 ビーズはもう思考が追いつかなかった。

 頭がこれ以上考えることを拒否している。

「もういい。ここから出してくれ……」


「あなたが生き延びる道はただ一つ。殺られる前に殺ることです。作戦中に彼らを殺して食べなさい」


「もういいって言ってるだろぉ!!」


 バチバチバチッ!!

 今までで一番強い電撃が加えられ、ビーズはしばらく呼吸困難に陥った。


「かわいそうに。動揺するものわかります。しかし、もうこれしか道がないのです」

 女は同情するように言った。

「親衛隊を一人ずつ殺して食べなさい。そして、彼らの魔力を吸収し、その力でグウを討つのです。グウを食べれば、あなたは四天王を超えられる。あなたが新たな四天王になるのです」


 ビーズは目を見開いた。

「俺が……四天王?」


「ええ、そうよ。四天王におなりなさい。それしか道はありません」

 女はそして、もう一度こう繰り返した。

「それしか道はないのです」



 その後、電流による拷問と女の説得が繰り返し行われ、結局、解放されたのは明け方になってからだった。

 もうその頃には、女の言葉が、ビーズの中で真実になっていた。


 あの悪夢のような部屋は、どこにあったのか。

 連れ出されるときに目隠しをされたので、場所はわからない。



 ――そして、翌日。討伐作戦の日。

 とてもじゃないが、全員を食うのは無理だと思った。

 彼は捕食するターゲットを、妹の殺害に関わったフェアリー、ゼルゼ、ザシュルルトの三名に絞った。

 が、それ以上の計画は立てようがなかった。


 なぜなら、グウが事前に作戦を立てないから。

 否応なく、ビーズも行き当たりばったりの行動を余儀なくされる。

 

 成功するとは思えなった。

 成功させたいのかどうかも、わからない。


 ただ、思う存分暴れたあと、グウと戦って派手に死ぬのなら、それも悪くないような気がした。



「これしか道がなかったんです」


 すべてを語り終えたビーズは、力なくそうつぶやいた。

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