吉祥寺と青空

@usapon44

第1話 ロンロンで待ち合わせ

 吉祥寺の街をグーグルまっぷでみる。ほとんどが変わってしまっている。もうわたしたちが大学生だったのは、うんとむかしになってしまった。1988年5月、わたしはロンロンの改札口を出たところのほんやさんでかれと待ち合わせをしていた。かれはこの四月から希望の本郷の経済ゼミにはいれた。それで五月のお天気のよい日に待ち合わせをしたのだった。ほんやさんで本を立ち読みをしているとかれがやってきた。それで、わたしたちは、いつものように、井の頭公園を散歩することにした。かれはわたしが持っていた鞄を持ってくれて、井の頭公園のほうにむかった。通いなれた道のようにマルイの角を左折すると、いつもの道がある。すこし歩いたところに画廊があり、そこでなにをあたらしく飾ってあるかみるのがひとつの楽しみであった。クリムトのメーダ・プリマベージの肖像が飾ってある。

「もっとさあ、この絵の少女みたいに、ふわっとした白いワンピースとか着なさいな」

 かれがそういう。実はかれにいいよ、いいよ、といっておごっている酒代があって洋服にまわすお金がない。

「わかった」

 母に電話をしてこのようなワンピースをつくってもらおうと思う。吉祥寺の入り口にある旅館から浴衣を着た男が手ぬぐいをぐるぐるまわしてこちらにエールをおくってくる。ああ、いいなあ。おとなになってこんな晴れた五月の午後、そんなのんびりしたせいかつができるなんて作家ぐらいだろうなあ、と考える。井の頭公園をいつものように時計と反対周りでぐるっと歩く。高級住宅地がみえる。ああ将来このあたりに住めたらいいなあ、って思う。ずっと池のまわりをまわって白いマンションがみえる。ああ、あそこにも住めたらいいな、って思う。それで入り口にもどってきて吉祥寺の駅の方へ向かう。

「信長の野望って知ってる?」

 とかれが聞いてくる。

「ぜんぜん知らない」

 というと東大のコンピューター室にあるゲームソフトで信長になった気分で国を支配するんだけれどもこれがまたむずかしいおもしろゲームなんだ、と話す。

「Fortran知ってる?」

 と聞いてくる。

「ぜんぜん知らない」

 というと東大の経済学部で必要なプログラミング言語なんだ、という。へぇ、っておもう。それからイタリアの旗がなびいているパスタフレスカに入る。

「ここのパスタてづくりでおいしいらしんだ」

 とかれがいう。メニューをみるとイカ墨のパスタが1300円である。注文を店員が取りに来る。かれは、ペペロンチーノをわたしはイカ墨のパスタをたのむ。かれが笑うと唇があひるみたいだなあっておもう。パスタがやってくる。ペペロンチーノは具がない。

「具がないね」

 というと、パスタの味を確かめるためには、ペペロンチーノを基本たのむでしょ、と上から目線でいってくる。350円しかちがわないのになあとイカ墨のパスタをいただく。めちゃくちゃおいしい。ああ、おいしい、とどんどん食べる。

「こんなおいしいパスタ食べたの生まれてはじめて」

 と微笑むと、

「デートのときにイカ墨のパスタを食べるなんて無神経だ」

 かれが怒り出す。わたしはすっかり気をゆるしすぎていた。


 ・・・・・・


 もういまはめのまえにいたかれとは永遠にあっていない。あたりまえだのクラッカーだとおもう。そのお店ももうない。ノルウェイの森を読む。主人公がアルバイトをした店はその店かしら、と勝手に想像を膨らます。あれかれもう34年の歳月が流れたのだ。当時の吉祥寺の地図は覚えている。武蔵野文庫、まめぞう、ぐくつ草、佐藤のステーキ、いせや、こささ。それらは34年たっても残っている。もう大正通りにあったバンビはない。あそこはご褒美食だったなあ、と黄色のサフランライスに白いビーフストロガノフ。ロゼのワイン。窓際の席。絵葉書がたくさん貼ってあったトイレ。小学校の木造校舎の床みたいな床。もし未来のわたしから当時のわたしにいうとしたら、もっとおしゃれしなさいよ、ミシンぐらい下宿にもっておきなさいよ、っていうかもしれない。恋せよ乙女 花のいのちは短くて。

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