第26話 不死鳥の出汁からあげ 中編
どうすれば妹と仲直りできるだろう。
ギギたちに約束のお酒とおつまみを届けた後、私はひとり考え込んでいた。
昨晩、ジェイクさんたちと散々飲み明かしたおかげで、気分はすっきりしている。
後は、仲直りに向けて具体的な行動を起こすだけだ。
どうしようかな。
どうやれば、しこりを残さずに元に戻れるだろう。
喧嘩の原因は妹の嫉妬。……たぶん、そうだと思う。
とはいえ、普段より妹にかける時間が減っていたのは事実。
まもりは、私の愛情に疑問を持ってしまったのではないだろうか。
「……つまり、妹が一番可愛いんだよって改めて周知すれば……!?」
呟いてみてから赤面した。
な、なんか、ものすごく恥ずかしい気がする。
いまさら可愛いね~って猫かわいがりするのって違うよね?
家族だもの。なにも言わなくたって通じているとばっかり思ってた。
「そういうのが駄目だったのかなあ」
なにもわからない。
ひとりで頭を抱えていると、ツンツン、誰かが私の袖をひっぱった。
「穂花おねえちゃん、お手伝い終わった」
リリィだ。手には空になった酒瓶とお皿。
ずいぶん静かだと思ったら、ギギや大地の精霊たちは、酔っ払って爆睡してしまっている。
無事にお酌係を勤め上げたようだ。
幼い子を前にすると、反射的に笑顔になった。
子ども好きの性である。
「そっかあ。リリィはえらいね~~」
「うん。リリィはえらい子」
グッ……!!
相変わらずリリィの可愛さは限界突破していた。
どこまでも澄んだ笑顔の向こうに、どことなくあざとさを感じさせる発言。思わず頬が熱くなった。
「最初は無表情だったのに。なんだろね、この破壊力」
「だって、おねえちゃんが笑った方がいいって言ったから……」
「ウワーーー! 小悪魔がなにか言ってる!」
あまりの可愛さに、思わず耳を塞いで大声を出す。
なんでだ。どうしてこうなったのか。
愛らしさ爆発。まもりが嫉妬するはずである。
――そ、それは置いておいて。ともかく、なんとかしなくっちゃ。
妹が拗ねるなんて日常茶飯事じゃないか。
今回だってちょっとすれ違っただけ。
きっとすぐに元通りになるはず!
こうなったら、ご馳走攻めでも褒め言葉攻めでもなんでもしてやる。
ギスギスした空気のなかで過ごすなんて、まっぴらごめんだ!
「よし。終わったなら移動しよう!」
「どこに?」
「部屋に戻って、なにを作るか考える! 妹と仲直りするの!」
意気揚々とラボを後にする。
歩いていると、リリィが着いて来ていないのに気がついた。
「あれ。どうしたの?」
振り返ると、無言のまま立ち尽くしているのが見える。
小さなほっぺたがぷうっと膨らんだのがわかった。
「……妹なら、リリィがいるでしょ」
まだ言っているのか。
「だから、私の妹はまもりだけ――」
呆れ交じりに答えると、リリィの顔がくしゃくしゃに歪んだ。
「……うう。ううううっ」
「り、リリィ!?」
「やだあああああっ! リリィもおねえちゃんがほしいいいいいっ!!」
「そ、そんなこと言われたって!」
大泣きし始めた少女に動揺する。
慌ててかけよって、ハンカチで涙を拭いた。
けれど、透明な涙が次から次へとあふれ出して止まらない。
目を真っ赤に充血させたリリィは、一際強く私を睨みつけると、信じられないほど大声で叫んだ。
「まもりばっかりズルい!! リリィもおねえちゃんがほしいよ。いいでしょ。おねえちゃんになってよおおおおお!!」
「う……」
リリィを中心に、不可視のなにかが広がった気がした。
くわん、と視界が歪む。
たまらず膝をついた。
なにがなんだかわからない。ドキドキと心臓が鳴っていた。
声の大きさに鼓膜がやられた? いや、違う。
これはきっと、魔力的な干渉――。
リリィは深淵の魔女ダーニャのところにいた。
魔法が使えたって不思議ではない。
「うわあああああああんっ!!」
どう見ても癇癪を起こしている。
無意識に魔法を発動させているようだ。
「おねえちゃん」
リリィがギュッと私を抱きしめる。
耳もとに口を寄せて、更に言葉を重ねた。
「……リリィのおねえちゃんになって。寂しいの。ひとりはもう嫌なの! ねえ、お願い……!!」
つうっと冷たい汗が背中を伝う。
なにかに囚われたように、身体がうまく動かなかった。リリィの言葉が頭の中で反響している。それが、不思議と合理的な言葉であるように思えてくるのだ。
――そうだ。そうだよね。リリィを私の妹にしなくちゃ。
思考が誘導されていく。けれどもすぐに振り払った。
――違う。私の妹はまもり。まもりだけだ。
姉なんだから、あの子を守らなくちゃいけない。
「うう……」
しかし、不可思議な力はすぐに私の意識を歪めようとしてくる。
リリィを妹にしなければという強迫観念に駆られて仕方がない。
――駄目。そんなの絶対に駄目だってば!!
妹を想えば絶対に受け入れられるはずがない。
とはいえ、リリィのことも気がかりだった。
こんな手段を取ってまで、私の妹になりたがるだなんて。
きっとなにか事情があるに違いない。
――詳しくはあとで訊くとして。
ともかく、いまはこの魔法をなんとかしなくちゃ……!
でも、どうすればいいかなんてわからない。
私の妹はまもり。でもリリィも妹にしなくちゃいけなくって。
頭の中で考えが堂々巡りしていたものの、グッと奥歯を噛みしめて耐えた。
「……そうだ」
ようやく、ひとつの結論に辿り着いた。
これなら……これなら、みんな円満でいられるはずだ!!
パッと顔を上げる。
リリィの肩を掴んで、満面の笑みを浮かべて言った。
「ねえ、まもりもおねえちゃんにしちゃえばいいんじゃない!?」
「……は?」
冷めた声をリリィがあげた。
普段よりも低い声。見たこともないような、間の抜けた顔をしている。
ぽろり、一粒の涙がこぼれ落ちた。とたん、頭の中で暴れていた力がフッと消え失せたのがわかった。
「はあああああっ……!」
長く息を吐く。脂汗を拭いて、青白い顔をしているリリィを真顔で見つめた。
「リリィ! 駄目だよ。変なことしないで」
「い、いや……。あの」
「リリィ。悪い子だね」
まっすぐ瞳を覗き込み、淡々と告げる。
とたん、リリィはしょんぼりと肩を落とした。
「ごめんなさい……」
「反省してるならよろしい!」
ニッと笑顔になれば、リリィはぱちくりと目を瞬いた。
「……いいの? もっと怒ればいいのに」
癇癪を起こしつつも、自分がどんなことをしていたのかくらいは、理解していたようだ。表情に罪悪感がにじんでいる。
とはいえ、あまり責める気にもなれなかった。
リリィの素性は知らないままだ。なぜ親が必要な年頃の彼女が深淵の魔女のところにいるのか――詳しい事情までは訊いていない。
でも、予想はできる。彼女もまた、教皇ジオニスのように魔女に拾われた身なんじゃないだろうか。
『寂しいの。ひとりはもう嫌なの』
耳もとで囁かれた言葉に嘘があるように思えない。
幼い頃から、妹とふたりで広い屋敷に取り残されていた身としては、同情せざるを得なかった。
「人間、ひとつやふたつは失敗するものだし。二度としなかったら構わないよ」
「……むう。リリィはリリィ。人間じゃないけど」
むくれているリリィの頭を撫でて笑顔になる。
「あ、猫だったっけ? ともかく! さっきの話、どう思う? 結構いい案でしょ」
「まもりを私のおねえちゃんにするのが?」
「そう! 考えてもみて? 年齢的に、まもりもおねえちゃんって言って大丈夫な年頃じゃない? だからさ、リリィが一番下の妹になればいい。可愛い妹が増えたら、私も嬉しいし。みんなで仲良くできたら最高じゃない! ダーニャの元に帰るまで、姉妹ってことにしようよ。ね、そうしよう?」
いわば、家族ごっこの提案だ。
どんな事情があって妹になりたがっているのか知らないが、現状はこの提案を呑んでもらうしかない。
私の妹はまもり。その事実だけは曲げるわけにいかなかった。
「…………」
リリィが不満げな顔をしている。
「駄目?」
笑顔で問いかけると、はあああ、と深く嘆息された。
「なんでそうなるの。普通、リリィだけが妹ってなるのに」
「え? そんなわけないじゃない」
「そんなわけ、あるんだよ。魅了が効かないっておかしい」
「魅了……?」
「なんでもない。おねえちゃんは知らなくていい」
やれやれとかぶりを振ったリリィは、どこか大人びた表情で笑った。
「穂花ってすごく変。――まあいいや。いいよ、別に。まもりの妹になっても」
なんで上から目線なんだろう。人を変人呼ばわりするし。
疑問に思いつつも、リリィのなかで一応の結論が出たようでホッとした。
これで問題がひとつ片付いた。
あとは仲直りするだけだけど――。
「どうしようかなあ。コレって料理はあるんだけど、やっぱり白いご飯がないと……」
ブツブツ言っていると、リリィがぽつりと言った。
「米ならある」
「え?」
いつの間にかリリィが麻袋を持っていた。
なかには、白い粒がぎっしり入っている。
「お米!!」
思わず声を弾ませる。
「ど、どどどどうしたのこれッ!?」
困惑気味に訊ねれば、リリィはふふんと小さな胸を張った。
「リリィのリュックね、ダーニャの倉庫に繋がってる。そこから出したの。えらい?」
「えら……えらいかどうかはわからないけどッ!? だ、大丈夫なの。あの人、とっても怖いんでしょう!?」
逆さづりにされたリリィを想像して震える。
だが、リリィはあっけらかんとした様子だった。
「平気。ダーニャ、リリィを怒れない」
「怒れない……?」
「そう。心配ない」
ニヒヒ、といたずらっぽく笑う。口もとに人差し指を当てた。
「でも、いちおう内緒。ね?」
ほんのり染まった頬が小悪魔的だ。
「……ッ! わ、わかった」
多少の不安はあったが、すでにお米を持ち出してしまったのは事実。腹をくくって、使えるものは使ってしまおう! 魔女の報復は怖いけど。ものっっっっっっっっっっすごく怖いけど!
「ありがとうね、リリィ! これで、まもりと仲直りできる!」
「それはよかった」
「後は他の材料だけど……」
「ああ。穂花様、こちらにおられましたか!」
神殿騎士が声をかけてくる。
訓練場で何度か見かけたことがある男性だ。
「どうしましたか? も、もしかして、妹になにか……!?」
「あ、いえいえ。ご心配は無用です。実は、騎士団が西の森で魔物の討伐中なのですが。驚くほど大量に狩れましてね。食料になりそうな魔物を神殿に運んできたのですが――」
小脇に抱えた麻袋を私に差し出す。
ニコリと笑んで言った。
「まもり様が、ぜひこの魔物を穂花様にと。『夜には戻るから、美味しく料理しておいて』だそうです」
「……? なんだろう」
麻袋を覗き込む。
中に入っていた魔物を見た瞬間、思わず笑みをこぼした。
「あの、ひとつ質問しても?」
「ええ、なんでしょう」
「妹はこうも言っていたんじゃないですか。『おねえちゃん、今晩は唐揚げで!!』って」
騎士が驚きに目を丸くする。
「よくわかりましたね? ところで唐揚げとはなんでしょう……」
「いや。あの、えっとですね――」
困惑気味の騎士に、料理の説明する。
「……穂花おねえちゃん、嬉しそう」
リリィがぽつりとこぼした。
そりゃそうだ。
唐揚げとはなんぞやと話している最中、顔がにやけるのを止められなかったからね。
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