第24話 やさぐれた日の土竜芋焼き 後編

「よし。まずは俺のつまみだな」


ジェイクさんが持ち込んだのは、大量の干し肉だった。


大小さまざまな肉のかたまりに、思わず目を丸くする。


「いまは魔物になっちまった奴の肉もある。貴重だぞ」


「うわあ、硬そう。勘弁してよ、年寄りの歯の脆さわかってる?」


「うるせえな。だったら火で炙りゃいいだろ」


じょじょにジェイクさんの口調が砕けていく。


もしかしたらこっちが素なのかもしれない……。


テーブルの上に、燭台をドンと置く。


ジェイクさんは、蝋燭の火で小さめの干し肉をあぶった。


「うわ。ジュウジュウ言ってる」


「干し肉の癖に、いい匂いしてるね……」


「フフン。保存食だからとなめるなよ。コイツの潜在能力は計り知れない」


ずいっと差し出されて、恐る恐る指で摘まむ。


「あちっ。あちちっ!」


熱々のところを急いで口に含む。


噛みしめた瞬間、じゅわっと肉汁があふれて笑顔になった。


「おいっしい~~~~!!」


「塩がキリッと効いてていいね」


教皇と顔を見合わせて笑顔になる。


長期保存用なのもあって、たしかにしょっぱい。けれども、塩気の向こうに確かに旨みがある。


こりゃたまらんとクイッと酒を飲んだ。


「合う~~~~!!」


たまらず歓声を漏らす。「だろう?」とジェイクさんは得意げだ。


「これは隣国に行った時に仕入れた乾し肉だ。ジャイアント・スネークって、ドラゴンの幼体なんて言われてる奴で……。オイ、聞いてるのか?」


ジェイクさんが非難がましい視線をよこす。


それもそうだろう。話そっちのけで、教皇とふたりで別のことをしていたのだから。


「す、すみません。調味料をつけたらどうなるかな~って」


「うわああああああ! ジェイク、すごいよコレ。マヨネーズ? とかいう白い調味料に刻みニンニクと胡椒を混ぜたのつけると、すっごいいい感じ!」


「呆れた。人の話くらい聞け」


「ごめんなさい! ジェイクさんもどうですか。すっごく美味しいと思うんですけど」


「……もらおう」


鋭い爪を持った獣の手が伸びてくる。


マヨネーズソースに乾し肉をディップする。おもむろに噛みしめたジェイクさんは、くわっと目を見開いた。


「うまい!!!!!!!!!!」


「でっしょう!!」


「なんだこれは。マヨネーズとやらが、乾し肉の塩辛さを和らげてくれているな。ガツンとくるニンニクの風味! 胡椒のピリッとした感じが――」


ぐびぐびぐびぐびっ!!


ドン、と勢いよく杯を置く。一気飲みしたジェイクさんは頭を抱えた。


「合いすぎてヤバイ」


「ですよね~」


「このままじゃ乾し肉を食い尽くしてしまう……」


「さすがに塩分過多なのでは?」


「だが、それほど美味いんだ!!」


ソースが入った小皿を握りしめる。


「もう、ただの乾し肉には戻れない……」


「そんなに?」


ポカンとしていると、教皇が動き出した。


「次はボクの番だよね?」


テーブルの上に広げたのは、またまたなにかの乾物だった。


小指くらいのサイズで、細長い胴体は半透明。内臓が透けて見えている。触手のような足が十本あり――。


あれ? ……イカにそっくりだ。


「クラーケンの幼体の干物だよ」


「クラーケン! クラーケンってあのおっきな?」


「そう! 親は、馬鹿みたいにでかくて、しかもすっごい硬いから食べられたもんじゃないんだけど。子どもは大昔から食べられてきたんだ。冬になるとね、波打ち際にいっぱい押し寄せてくるから、網ですくって獲るんだよね。海風がよく当たる軒下に干しておくと、とても酒に合う珍味になるんだよ」


「へえ~~~~!」


面白い話を聞いた。


日本では簡単に手に入ったイカも、異世界じゃあそうもいかない。


イカリングはまもりの好物で、ぜひ手に入れたい材料だった。


なるほど。クラーケンは駄目らしいと脳内にメモしようとして――。


いやいやいや。いまは妹のことは忘れようと思っていたのに!


「穂花君? どうしたんだい」


「い、いえ……。なんでもないです。ひとつ頂いてもいいですか?」


「どうぞ、どうぞ。遠慮なく食べてよ」


「いただきます!」


勢いよく口の中に放り込む。


奥歯でクラーケンの幼体を噛みしめた途端、口のなかに信じられないほど濃厚な旨みが広がって行った。


「な、なんですかこれ……!?」


「フフフ。すごいだろう」


「すごいです。とんでもないです。初めてです、こんなの!!」


驚きのあまり、もうひとつ口にする。


やや硬めの身を噛んだ瞬間、ブチュッと中から汁があふれ出した。ワタだ! イカのワタ独特の濃厚でいて、鼻の奥がツンとするくらいの旨みがジワジワと口の中を侵食していく。


「うううっ」


急いで杯に口をつける。


ごくごくごくっ! 杯を空にして、はあっと息を吐いた。


……ああああっ! 辛口の酒にぴったりだ!!


「珍味中の珍味ですね、コレ……」


こぼした言葉に、教皇はご満悦だ。


「でしょ? コレがあれば、延々とお酒が飲めるよね」


「本当に。たまらんです。危険すぎる」


感激に頬を染めて同意する私に、ジェイクさんはどこか不満げな視線を向けた。


「お前、こっちはアレンジしないのか」


「ええっ!?」


思わず頓狂な声をあげる。


「これだけですべて完結できているおつまみに、どう手を加えろと……!?」


「ぐぐぐ。俺の乾し肉が中途半端だったみたいな言い方をするな」


「しいて手を加えるなら、火であぶるくらいだよね~。ね、穂花君」


「ですね! よし、次はあっためて……」


「待て待て待て。その前にお前のつまみを出せ」


「え?」


キョトンとしていると、ジェイクさんは苦く笑って言った。


「ずいぶん酒が進んでいる。酔っ払う前に、出すものを出してしまえよ」


「~~! そ、そうでしたね!」


ちょっぴり恥ずかしく思いながら、異次元収納に手を突っ込む。


ピクニック用の籠から、料理を取りだした。


「……ずいぶんとシンプルな……」


「だねえ」


ジェイクさんと教皇が困惑を浮かべている。


それもそうだ。


今日のおつまみはシンプルイズベストな料理だもの。


スキレットにとろみがある真っ白な液体が満ちている。


異次元収納に入っていたから熱々だ。真ん中には卵黄。目玉焼きに見えなくもない。


「じゃじゃ~ん。土竜芋焼きです!」


「土竜芋? あれか、モグラが魔物化した……」


「それです」


土竜芋は地中に棲む竜だ。


もともとはモグラだったが、魔素の噴出によって魔物化した。


とはいえ、性質は変わらない。地面を掘り返しながら進み、地上にときおり顔を出す。作物の根を食い散らかされたり、建物の地下を穴だらけされると大変らしいが、そうでもない限りは無害な魔物だ。


逆に、人々に恵みを与えすらしていた。


彼等が通った跡には、大小様々な丸い植物が転がっている。


それが土竜芋。土竜の身体の一部なのか、それとも土を掘り返したから出てきたものなのか、真偽は定かではない。


食料難の世界では、食べられるだけでもありがたいと重宝されているらしい。


「皮を剥いてすり下ろした土竜芋をですね、二倍濃縮のめんつゆで伸ばして、卵白を入れて焼いたんです。故郷では、とろろ焼きなんて呼ばれていました」


「ほう……? 土竜芋というと、ネバネバするだけで、そのものはたいして美味くないイメージだが」


「挽いた肉に混ぜたりするよね! ふわふわになるから、子どもたちは喜んでたなあ」


「フフフ。焼くとひと味違うんですよね~」


「なら……」


「あ、ちょっと待ってくださいね」


すかさず手を伸ばしたジェイクさんを牽制する。


「食べ方があるんですよ」


と、笑顔になった。


「まずは海苔を用意します」


「海苔?」


「海藻を平たく伸ばして乾燥させたものですね」


短冊サイズにカットした海苔を手に持ったまま、スキレットにスプーンを伸ばす。


黄金色の卵黄をぷつんと割った。


とろりと濃厚な液がこぼれるのを確認して、芋をすくい上げる。


スキレットに接していた部分が、よい塩梅に色づいていた。


「いい焦げだな」


「だねえ~」


あらわになった断面に見とれているふたりをよそに、ウキウキと海苔の上に載せる。もちろん卵黄はからめてあった。


「ここに、マヨネーズとカツオ節~」


「カツオ節とは」


「後でまとめて説明しますから」


「お、おお……」


マヨネーズでデコレーションした上から、パラパラとカツオ節の雨を降らせた。最後にパラパラと七味をかければ完成!


「どうぞ?」


笑顔で差し出すと、ジェイクさんは恐る恐る受け取った。


手早くもうひとつ作って、今度は教皇ジオニスに渡す。


「行くか」


「そうだね」


ふたりは目配せをすると、土竜芋焼きを同時に口に運んだ。


「「んんっ! んんんんんんん~~~~!!」」


ぱあっとふたりの目が輝き出す。


そうだろう、そうだろう。


これ、見た目は地味だがやけに美味いのだ。


「ねっとりとほっくりが同居しているね! しかもなんだい、この出汁の旨みは~ッ! 磯の香りとマッチして、絶妙なハーモニーを奏でているじゃないか!」


「たんぱくな味をマヨネーズが補ってくれているな。焦げた部分が香ばしい! 卵黄はねっとりしているのに、本体があっさりしている分、次も食べたくなる魅力がある! それに……」


同時に杯を掴む。


ぐぐぐぐぐっ! と傾けて、ぷはあっ! と息を吐いた。


「塩気がなくてまろやかな味なぶん、酒の味がよくわかる! こりゃあ、まぎれもなく酒のつまみだ。なあ、穂花!」


「でしょう? 地元の居酒屋じゃ定番メニューだったんですよね」


「居酒屋? こんなのがいっぱいあるの? いいなあ。異世界」


「いつか異世界の居酒屋に行ってみたいものだな」


ふたりはニコニコ上機嫌だ。


どうやら口に合ったようだ。めちゃくちゃ和な味付けだから、合わなかったらどうしようかと心配だった。


「――これでつまみが揃ったな?」


「だねえ」


「そうですね」


テーブルの上に広げたつまみを見つめ、三人でにんまり笑う。


最高のつまみが集まった。これならいくらでも飲めそうだ!


「まあまあ、おかわりどうぞ」


「おっ。すまないね」


「俺もくれ」


さっそく、盃を新たな酒で満たす。再び杯をぶつけ合った。


「「「乾杯!」」」


「今夜は飲みましょう!」


「明日の執務なんてしらないもんね」


「侍女に怒られても知らんからな」


「うっ……」


青ざめた教皇をみやったジェイクさんは、次に私に言った。


「ストレス発散したら、穂花はまもりと仲直りしろよ」


「ウッ! わかってます。今日だけです。今日だけ!」


「え~。これっきりなの。またやってよ~。美味しいお酒とおつまみ。最高じゃない。また飲もう?」


「定期的に開催すればいい。その方が溜まらないだろ。いろいろと」


「そうですね!」


ワイワイ話しているうちに、じょじょに夜は更けていく。


「じゃあ、とっておきの下ネタを披露しちゃおうかなあ!」


「やめろ、馬鹿ッ! 相手は若い女子だぞ!!」


「……ジオニス様も下世話な話をするんですねえ」


意外な一面を垣間見られたりして、本当に楽しいひとときだったと思う。


だって、ずうっと笑顔でいられたからね。


妹との喧嘩で頭を悩ませていたのが嘘みたい。


窓から差し込む青白い月光が、三人を照らしている。


よし、明日はちゃんと妹と向き合うぞ。


決意を固めつつ、楽しいひとときに没頭したのだった。




――――――――――

土竜芋焼き


土竜芋(長いも) 300グラム

卵白 一個分

めんつゆ(二倍濃縮) 大さじ2


トッピング

マヨネーズ・卵黄一個・七味唐辛子・カツオ節 適宜


乾し肉のマヨネーズディップ


マヨネーズ 大さじ2

にんにく 一欠片(みじん切り/チューブなら1センチ)

胡椒 少々


*日本酒が飲みたいな~と思うと、作るおつまみです。長いも、大好きでまるまる一本買うんですが、冬は冷たいトロロがお腹に寒くて、どうにもあまりがち……。鍋の具に転用するには少なすぎる時は、トロロ焼きにして美味しくいただいています。


*クラーケンの幼体の干物ですが、ホタルイカで同じような商品があります。うまい。たまらんです。最高です。正月はこれを握りしめて、昼から飲む予定です(どうでもいい情報)。

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