第18話 バロメッツのやみつき漬け 後編

異次元収納から材料を取り出す。


赤い皮を持ったサッカーボールくらいの大きさの野菜だ。


「……バロメッツ?」


リリィのつぶやきに、頬をゆるめた。


「よく知っているね」


「教わった。ダーニャは誰よりも博識だもの」


「へえ! あの人ってすごいのね」


「……ふふん。当然」


無表情の顔をほんのり染めたリリィが可愛い。


愛らしさを満喫していると、リリィが眉をひそめた。


「でも、変」


「なにが?」


「まだ羊になってない」


リリィの指摘はもっともだった。


バロメッツは半獣半植物の魔物だ。


羊が生えると言われている木で、羊の肉や毛皮は普通の獣と同じように利用できる。


肉はカニの味がするそうで、昔から人々に重宝されていたそうなのだが……。


私が持っているのは、羊が孵化する前に駆除したものだ。


バロメッツは、放って置くと羊が周りの植物を食べ散らかしてしまう。畑に生えたら一大事だ。場所によっては、できる限り駆除すべき魔物だった。


「未成熟のバロメッツはね、実が野菜みたいに食べられるの」


皮を剥いて半分に切ると、大きな種が出てくる。


この中には羊の胎児がいるのだろう。


可哀想だが処分するしかない。


「妾がもらおう」


横からヒョイと奪われた。


「な、なにに使うんです……?」


「ないしょに決まっている。魔女は秘密主義なんだ」


ニタリと不気味な笑みを向けられた。


さっさと離れて行く魔女の背中をながめて苦く笑う。


大胆に背中が空いたデザインのドレス。白い素肌が綺麗だった。


なんというか……我が道を突き進む感じ。ちょっぴり憧れる。


「……ともかく。白い果肉部分はあっさりしていて、よく味が染みるんだよね」


日本の食材でいうと――大根だろうか。


ザクザクといちょう切りにしていく。


昆布も必要だ。これは細長にカットしておく。


あとは調味するだけ。


「調味料を一煮立ちさせるよ。醤油、お酢、砂糖。生姜をひとかけら……」


クツクツ煮立ってきたら、バロメッツを入れる。


再び沸騰したら昆布を投入。乾燥していた昆布がしんなりしてきたら、火を止めて味を馴染ませていく。


本来なら、冷蔵庫で一晩休ませるのだが――。


「ちょっぴりズルしよっか」


「どうするの?」


「ドワーフのギギって知り合いがいるんだけど。面白い道具を貸してもらったんだ」


ジャジャーン。


「時の欠片の箱~」


中に入れた対象の時間をちょっぴり進めてくれる。つまり――食材を寝かせる時間を短縮できるという優れものだ!


実に便利。異次元収納はたくさんのものが仕舞えるのだが、時間が止まっているのが問題だった。


これさえあれば食材を熟成させられる。


う〜ん! 料理の幅が広がるなあ!


「魔法って便利だわ……」


「それ、ダーニャが作るの手伝った。お酒造りをするために」


「えっ!?」


リリィの言葉に耳を疑った。


ちろりとダーニャの様子を確認する。


ムムム。美味しいお酒を造るだけじゃなく、こんなすごい道具まで開発するなんて!


「……ほんとにすごい人なのね?」


「えっへん」


わああああっ! リリィがとんでもなく可愛(省略)。


「……コホン。じゃあ、箱に入れてっと……」


冷静さを取り戻して調理を再開する。


数分してから取り出すと、粗熱はすっかり取れていた。


真っ白だった果肉に、醤油がよく染みて茶色くなっている。


「よし。これで、バロメッツのやみつき漬けの完成!」


「おお~」


リリィがパチパチと拍手している。


ホッと一息もらして、再び気合いを入れ直した。


だって、さすがにこれだけじゃ物足りないもの。


「あとはどうしようかな。異次元収納に塩からが入ってたはず。干物を炙ってもいいね。きんぴらゴボウもいいかも! 玉子焼きは鉄板かな? あ、朝に使ったチーズのあまりがあるから、燻製なんて――」


「できたのか?」


ひょいと覗き込まれて、思わず息を呑んだ。


すぐそこに美貌の魔女がいる。


「と、とりあえず一品だけ?」


あまりの迫力に声がうわずった。


ふうん、と私の手もとを覗き込んだダーニャは、ひょいっとやみつき漬けを摘まんだ。


「あっ……」


止める間もなく口に放り込む。


じゃくっ……。


バロメッツを噛みしめる音がした。


ダーニャの動きが止まる。


「…………」


なにも言わない。


どどどどど、どうしたんだろう。


ま、まさか……口に合わなかったとか!?


沈黙が怖かった。冷たい汗が背中を伝う。


動揺を隠しきれないでいると、再びダーニャが動き出した。


もうひとくち。じゃくっ……。


更にひとくち。じゃくっ……。


とぷとぷとぷっ。ぐびり。


「なんか飲み始めてる」


呆然と眺めていると、ダーニャと目が合った。


「やるのう」


ニタリ。どこか不敵に笑われて、頬が熱くなる。


ぱあっと顔を輝かせて思わず詰め寄った。


「それじゃ、お酒の材料を分けてっ……ぐぶうっ!?」


口にやみつき漬けを突っ込まれた。


反射的に噛みしめる。


うーん! やっぱり美味しい……!!


サクサク軽やかな歯触りのバロメッツに、醤油味が染みている。


お漬物といえば、昆布は定番。


でも、この昆布は普段とはひと味違う。


漬け汁を一度煮だして、熱いところに投入しているからか、昆布のうまみが段違いなんだよね……!


これは白いご飯……いいやっ! お酒にも合う素敵なお漬物なのだ。


「どうだ」


そっと酒が入った酒を差し出された。


ハッとして顔を上げる。


なんだか優しげな眼差しに、思わず胸が高鳴った。


「ともかく飲もうではないか。だろう?」


「~~~~ッ! よ、よろこんでッ!」


グラスを受け取って、勢いよく空ける。


くうううううっ! こりゃあたまらんっ!!


お漬物がお酒に合う~~~~~!!


――それから、ダーニャとふたりで散々飲み明かした。


異次元収納に入っているおつまみになりそうな食材をあらかた食べ尽くした頃。


もしかして、一緒に酒を飲む相手がほしかっただけなんじゃ……?


そんな風に思ったが、酔っ払った頭では上手く考えられなくなっていたのだった。




――――――――――

バロメッツのやみつき漬け


バロメッツ(大根)1/2本

醤油 80ミリリットル

お酢 大さじ4

砂糖 大さじ4

生姜 一欠片

昆布 およそ10センチ程度


*某離島で主人公が書道をやる漫画に出ていて、試しに作ってみたらすごく美味しかったレシピです。このもん……そう、これはこのもん……! ただ、本場のを食べたことないので、合っているかは不明。現地の方、情報求む。食べ始めると、無言でポリポリ食べ続けてしまう奴。大根があまったら、たいていコレにしちゃってます。


*煮すぎるとしょっぱくなります。沸騰したらサッと火を止めるのが大切。

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