#5 アケミママの願い

 間もなく、白浜署が駆け付けた。アケミさんは連行され、パニック状態で辺りを逃げまどっていたギャング団もみんな捕獲された。

 大半はアルバイトで雇われた、ただのおっさんだったらしい。


 取り調べに立ち会って欲しいという要請があり、鹿賀少尉たちは白浜署へ出向いた。

「また会ったね、将校さん」

 派手な化粧を落としたアケミママは、しかし意外に品のある表情で、老け込んだ様子には見えなかった。

「まったく、ドジなことをしちまったよ。このあたし、アケミともあろうものがね」

「相手が悪かったよ。ボッタくるなら、相手を見なきゃな」

 取調室の壁際に立った大南少尉は、あごひげを撫でた。

「アケミさん、あんた軍と何か関わりがあるんだろ? 客のおっさんが『レールガン』の話をしたとき、あんた顔色変わってたよな」


「そこまでお見通しなのかい。相手が悪かったね、本当に」

 アケミママは深いため息をついた。

「所轄のお目こぼしがもらえる程度にわきまえてたんだ、いつもなら。でもSST乗りなんて、エリート将校さんがうちの店に来ることなんてめったにありゃしないからね、我を忘れてやりすぎたよ」

 確かに、あの状況でノコノコあの店に入って行くのは大南少尉くらいだろう。

「恨みがあるんですね? 軍に」 

 鹿賀少尉が訊ねる。

「そうさ。あんたら、基地のお偉いさん連中にね」

 憎しみに燃える瞳を、アケミママは窓の外へと向けた。見つめる先には、白浜基地の司令塔があった。


 彼女が話してくれた「事件」。それは銀河級レールガンの建設中に起きた大事故だった。砲身となる構造体の先端部分が脱落し、地上へ落下したのだ。

 幸い、基地の敷地内で発生した事故だったため周辺住民への被害は出なかった。しかし、建設作業の指揮を執っていた若い現場責任者が、落下に巻き込まれて死亡している。

 それが、アケミママの息子さんだったのだ。エンジニアだった夫を早くに亡くして、長らく母一人、子一人の生活だったらしい。


 基地の記録を確認したところ、公務災害としての補償はきちんとなされたようだった。しかし彼女は納得せず、基地上層部の謝罪を求めて争い続けたらしい。

 ついには補償金を使い果たし、住んでいた長屋の空き室で小さなバーを始めたのだが、それがあの「アケミ」なのだった。


「だからね、あたしゃ基地が憎いんだ。あんたらエリート将校もね。……エリートだよね?」

 念を押された鹿賀少尉と大南少尉は、そろって困ったような顔をした。とてもじゃないが、エリートなどという言葉とは縁がないように思える。

「まあ、いいわ。だけどね、レールガン。あれは別さ。あの子が必死で造ったんだ。強大な兵器があって、でも絶対に発射はされない。それで平和は守られるんだ、って言ってね。だからね」

 アケミママは、二人のパイロットをにらみつけた。

「ちゃんと守っておくれよ、あたしの大事なレールガンを。本気で、死ぬ気でさ」


「ご苦労だった」

 基地司令室に呼び出された鹿賀少尉たちに、広いデスクの向こうに座った鳥羽司令がねぎらいの言葉をかけた。

「これで良かったのだろう。アケミさんも、そろそろ平穏な生活に戻っていい頃だ。地検に、私からも頼んでおこう」

 レールガン落下事故の当時、鳥羽司令は基地総務課の所属で、事後処理全般を担当していたのだった。アケミママへの対応も、自ら直接行ったらしい。

「いろいろと、思うところがおありのようでありますな、あの人には」

 いつものだらけた姿とは似合わない、直立不動の姿勢のまま、大南少尉が言った。

「残念なことだがね。法に定められた範囲で、私もできることはやったんだ。しかし、当時の司令はな……。民間人に頭を下げるなど、考えもしない人間だった」

 苦々しげに言いながらも、鳥羽司令は表情一つ変えはしなかった。

「軍事施設のあるところ、いつ何があるかわからんのだ。周辺住民の協力は重要だよ。今回の『特命任務』、君たちには期待している」


(#6「空に送る光」に続く)

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