#4 彼らの頭上に飛来したもの
「……おかしいな。かわいい子がいっぱいいるってのはどうなったんだ?」
大南少尉が首をひねる。ようやく正気に戻りかけているらしい。
「大南さん、出ましょう。今ならまだ」
そう言いかけた途端、目の前のテーブルに大ジョッキ入りの水割りが二つ、ドンと音を立てて置かれた。運んできたのは、やはり黒ずくめの男だ。
「すぐ、ママが来ますよって」
愛想笑いをしているようだが、サングラスでよくわからない。
「先手を打たれたな」
大南少尉は、困り顔であごひげを撫でた。
「こうなったら、少し様子を見ようか」
いよいよまずい状況だった。大南少尉のこの落ち着きようは、いざとなったらここの連中を全員ぶちのめす、と腹を括ったからに違いなかった。
いくら相手がギャングでも、軍人がバーで大暴れなどということになったら、厳しい処分が下るのは確実だ。
「こんばんわー」
先ほどのベテランホステスがやってきた。
「お姐さんがここのママかね?」
大南少尉が、にこやかに訊ねる。いよいよ不穏だ。
「そう。あたし、アケミ。お兄さんたち、基地の方ね? 素敵だわあ」
近くで見ると、先ほどのおっさんよりもさらにお年を召していらっしゃるようだ。
それはそれで構わないのだが、ギャングの女親分らしいと言うのが困る。
氷が満タンの大ジョッキの水割りは、飲んでも飲んでもなくならなかった。魔法のジョッキと言う奴なのかも知れない。
「あたしらがこうして商売できるのも、砲台のおかげだからねえ。お兄さんたちも、頑張ってあの
「いやいや、まだ殉職はちょっと困るよ。これでもまだ若いんだぜ」
がはは、と大南少尉は大笑する。
「ママと話すのは楽しいねえ」
「男前の将校さんにそんな言ってもらえて、嬉しいわあ。でも、楽しい時間の後には、ちゃあんとお勘定が待ってるものよ」
いつの間にか、彼女の後ろには黒服サングラスが立っていた。例の勘定書きが、手渡される。
「はい、百万円だよ。言っとくが、ツケはきかないよ」
「わははは、冗談きついぜ。はい百万円って、駄菓子屋のオバちゃんじゃないんだから」
「おふざけは終わりだよ。払うもんは、ちゃんと払ってもらわないとね。あんたたちでダメなら、鳥羽指令に話をつけさせてもらうよ」
すごんで見せるアケミさんの顔を見ながら、おやと鹿賀少尉は思った。基地司令の名前を知っているのか。
店内の黒服サングラス全員が、周囲に集まってくる。
「それがね、ふざけてもらっちゃ困るのはこっちなんだ。俺たちは
大南少尉は平然と、まるっきりの大嘘を並べた。よかった、全員ぶちのめすという方向性ではなさそうだ。
店内のギャングどもが、明らかにたじろいだのがわかった。この程度で動揺するとは、こいつらも見掛け倒しらしい。
「ふん、怪しいもんだね。
さすがは海千山千のアケミママ、はったりに乗ってこない。
「……しょうがねえな」
腕時計のメタルバンドディスプレイに目を遣り、大南少尉は立ち上がった。
「そんなに言うなら、見せてやるよ。外へ行こうか」
残念ながら、武力制圧の方針に変わったらしい。やっぱり懲戒処分か、と鹿賀少尉は肩を落とした。
店の外は真っ暗で、「アケミ」の看板だけが場違いなピンク色の光を放っていた。
二人を囲む黒服サングラスどもの姿は、真っ黒なだけに非常に視認しづらい。十人弱といったところか。
「さて、多勢に無勢、我々は大ピンチなわけだが」
大南少尉がのんきな声で状況を解説する。
「こういう状況では、ちゃんと助けが来ることになっていてな。そら、聞こえてきたぜ」
夜空を指さして、大南少尉はにやりと笑った。
彼方から、轟音が近づいてくる。これは、SSTの飛行ファンの音だ。それも一機や二機じゃない。
ギャング団がうろたえる中、辺りを満たす騒音は、耳を覆わんばかりになった。そして。
すぐ頭上、手の届きそうな空中を、巨大な機影が爆音を立てて通過した。
一〇A系、新型のSSTだ。続いてさらに一機、もう一機。機動兵器が、編隊飛行で続々と通過していく。
「よくぞ来てくれた! 我が精鋭たちよ!」
両手を高々と上げて、大南少尉が叫んだ。正気の沙汰ではない。
「さあ、彼らに怒りの鉄槌を! BK666・50ミリチェーンガン、斉射!」
ギャング団は悲鳴を上げて、ちりじりに走り去った。
「……今日でしたか、新型SSTの配備っていうのは」
半ばあきれ顔で、鹿賀少尉はつぶやいた。
(#5「アケミママの願い」に続く)
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