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“百年前の戦争が始まるまでは、王国とヒュ=ジ族の里はほとんど干渉がなかった。
強大な帝国の武力に対抗するため、当時の国王デルス=アコンは英雄伝説を士気向上に役立てようと考えた。そのためには、英雄の眠る聖地を擁するヒュ=ジ族との接触が不可欠だった。
王国には多くの巡り風が訪れていたので、里の首長と取引が交わされるのに時間はかからなかった。その会談の折には国王自ら山を登り、山頂の聖棺へ向けて祈りを捧げた。
里のヒュ=ジ族は王たちをいたく気に入り、特に武勇に優れた戦士を義勇軍として参戦させた。自らを【英雄の剣】と名乗ったその部隊は王国の勝利に大きく貢献したという。
かくして立てられた誓いに則り、辺境のメロヴ地方にも交易や観光のための道が整備され、霊峰の麓に町が設えられた。
現在ヒュ=ジの里は王国の経済活動に組み込まれ、特産の織物と観光にもたらされる収入によって成り立っている。”
――備忘録『ヒュ=ジと王国』
当然のように同じ個室に通された僕たち二人は、これも当然何事もなく夜を過ごした……シヴィラは宿にも僕らを夫婦として紹介したらしい。仕方の無いことだ。嘘を隠すためには嘘が必要だから。
「おはようシ=ヴィラ、そしてエイユーさん! 昨日は無礼をすまなかったね」
そして明朝、他の宿泊客が起きてこないうちにリオの店へ。こんなに早く伺って迷惑じゃないだろうかと心配したが、彼女は元気よく出迎えてくれた。
昨日の乙女チックモードが幻だったかのような口調でリオは話す。
「約束どおり、金と品はこっちで準備した。わかっちゃいると思うが、消耗品は無くなる前に途中で補充してくれよな」
言うが早いかリオはカウンターの上に次々と品物を並べ始めた。
「やっぱまず、武器だな。シ=ヴィラ、新しいの欲しがってただろう」
置かれたのは弓と矢筒。まず武器なのか? と僕は内心で驚く。
「わーい、嬉しいです!」
弓を取り上げたシヴィラはまるで玩具を買ってもらった子供のように喜んだ……武器を手に取ることが日常的な世界なら、こんなものなのだろうか。
「良いもんだろ。ホーゼナイ製の、王国軍に卸してるのと同じヤツだぞ。山で使ってるのとはちょっと勝手が違うから、慣れておきな」
ビヨンビヨンと弦をはじいてその感触を確かめているシヴィラ。せめてクロスボウのようなものなら僕でも扱えたかもしれない。
「どーおですか!」
矢に満たされた矢筒を背負い、弓を構えた姿勢でシヴィラは問う。
「おー似合うじゃないか。強そうだぞ」
リオが娘を見るような目で言った。が、シヴィラが求めているのは僕の感想だろう。大きな目をして、ポーズを崩さぬままこっちを見てくる。
「まさしく守護者って感じだね。かっこいいよ」
記憶も無ければ含蓄も無い僕の褒め言葉に、それでもシヴィラは満足してくれたようだ。
「あとは炊事道具一式、水筒。山の感覚のまま生水を飲むなよ。
薬はこの袋の中にまとめて入れてある。あと、毛布と保存食の干し肉とか。一応、一番大きい荷物袋を用意したけど、かさばるから旦那さんに協力してもらって持ちな」
シヴィラはひとつひとつ確認しながら、袋に品物を詰めていく。遠足に行く子供とそのお母さんを見てるみたいだな。
「重たいものは、僕の袋に入れて」
「ありがとうございます……あなた」
シヴィラの唇が笑いを堪えるかのようにぷるぷる震えている。無理せず、名前で呼んでくれればいいのに。
「ん……?」
シヴィラを手伝って荷造りをしていると、手に取った小袋のひとつがガラガラと音を鳴らした。気になって中をのぞいてみると、拳大の赤みがかった石が入っている。
「シヴィラ、この石は?」
「ああ、魔法石ですね」
なんでもないことのように答えてくる。
「何に使うものなの?」
僕は祈るように訪ねる。どうか”魔法のように便利な”というニュアンスであってくれ。
「エイユーさん……魔法石知らないの?」
リオが心底驚いたという表情で聞いてくる。
「……世間知らずなもので」
我ながら拙い回答をしたもんだと思う。
「あ、あ、あなた……ちょっと」
堪らずといった感じでシヴィラが僕の手を引く。部屋の角へ連れてこられた僕に、彼女は耳打ちした。
「もしかして……前世界には魔法石って無かったんですか?」
「そんな風に呼ばれる石は、アニメかゲームでしか聞いたことない」
「わ、わかりました。魔法石については後で説明しますから、ひとまずワタシに話を合わせてください」
頼りになる守護者だ。僕らはカウンターに戻った。
「あー……何か不味いこと聞いちゃったかな?」
リオは気まずそうに待っていた。
「いえ、たいしたことじゃなくって。夫はあまり魔法石の利用が進んでない地方の出身なんです」
「ええ……エイユーさん、どこの出身なの?」
「……魔界の近く、小さな集落から。故郷の平和を英雄様に祈願するため、はるばるやってきてくれたのです」
魔法石の次は魔界ときた。不明な情報が渋滞し始めている。
「ああ、そうなんだ……まあ、人様の生まれに言う事は無いけどさ。シ=ヴィラもわかってて
なんとなくわかるのが、シヴィラは僕をすごい田舎の出身ということにしていること。それで魔法石というものを知らない理由をつけようとしているらしい。
「すみません。故郷では、こういった……何? い、石を使うことはなかったものですから」
「いやいやいや、謝ることはないよ。なあに、むしろこれからは魔法石を使って生活できるってことだ。便利なものだからね。シ=ヴィラに使い方を教えてもらうといい」
リオさん、嘘ばかりついてごめん。いつか本当のことを説明しに戻ってくるから。
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