ヒロインが悪役令嬢を溺愛する話。～お姉様のためなら、私なんだってできます！〜

下

「お姉様は国外追放になったのですから、当然、私もお姉様と一緒に行きます」

「ジュリア、何を言っているの！？　貴女まで国を追われる必要なんてないわ！」

「私は大好きなお姉様から離れるつもりなんて、微塵もありません。それに、殿下は私の好みではありませんし、周りにいた令息達も同様です。まったくもって興味ありません」

「「「！！！」」」

　殿下や令息達は驚愕の表情を浮かべ、傍観者達も愕然とする。

「殿下はお姉様の婚約者でありながら、身も心も美しいお姉様の本質に気付きもせず、蔑ろにしてきたのです。従順で扱いやすいという理由で、婚約者の義妹に粉をかけ、簡単に乗り換えようとする“ろくでなし”なんて論外です」

「ろ、ろくでなし！？」

　殿下が衝撃を受けて復唱し、皆の視線が殿下に向く。

「周りの令息達も同様です。人の弱みにつけ込む守銭奴に、清廉な皮を被った好色家や、善良なふりをした乱暴者など、どいつもこいつもクズやカスやゴミばかり」

「クズ！？」「カス！？」「ゴミ！？」

　令息達が衝撃を受けてそれぞれ復唱し、皆の視線が令息達に向く。

「最初はお姉様の境遇を変えるために、協力を仰ごうと令息達に近付きましたが、こんな危険な者達をお姉様に近付けるなんてありえません。私はお姉様に魔の手が伸びないよう、のらりくらりと躱していただけなのです」

「そ、そうだったの？」

　私はお姉様の手を両手で包み、微笑みかけて言う。

「お姉様は、もうご自分を偽らなくて良いのですよ」

「え？」

「お姉様が冷酷な義姉を装って酷い仕打ちをするのは、必ず誰かが見ていて助けが入る時だけ。破り捨てた教材は習得済みのものだけですし、浴びせられたのは冷水ではなくぬるま湯でした。階段から落とした際も、令息が受け止める確信があってのことでしょう？」

「そ、それは……」

「私に小さな擦傷が付いただけでも、お姉様は罪悪感でぬいぐるみのミミィに泣きついて枕を涙で濡らしてしまうほど、本当は繊細で優しくて愛らしいのですから」

「……っ……な、なぜ、知っているの！？」

　お姉様は衝撃を受け、じわじわとお顔を赤く染めて、うるうると瞳を潤ませる。

　そんな愛らしい姿を目の当たりにして、皆が衝撃を受け、お姉様を凝視する。

（ふんっ！　今更、お姉様の素晴らしさに気付いたって遅すぎます、愚か者共め。まぁ、お姉様の素晴らしさを理解しているのは、私だけで十分ですけどね！！）

　可愛すぎるお姉様を人目に晒したくない気持ちもあり、さりげなくお姉様を隠すように立つ。

　それから、私は殿下の方を向き、カーテシーをして深々と礼をする。

「殿下、ありがとうございます。お姉様と婚約破棄し、国外追放にしてくださったこと、心より感謝しております。これで、お姉様と私は晴れて自由の身です」

　私はお姉様へと向き直り、手を差し伸べて言う。

「さぁ、お姉様、行きましょう。すぐに隣国に向かえるよう、荷馬車を用意しています。もちろん、母が作ってくれたミミィとテディも一緒ですから、寂しくありませんよ」

「「「！？」」」

　困惑するお姉様の手を取り立たせると、私達を引き止めようとする声が上がる。

「ま、待つんだ、ジュリア！　君はわたしの婚約者に――」

「ジュリア嬢！　君とイザベラ嬢の面倒は僕がみるよ！」

「なっ！　抜け駆けする気か！？　二人の世話は俺がするぞ！」

「いやいや、二人を安全に保護できるのは、私だけです！」

　殿下と令息達が言い争うのを後目に、私はお姉様の手を引いて走り出す。

「面倒なので早く行きましょう、お姉様」

「え？　えぇ？？　えぇぇ？？？」

　混乱する可愛いお姉様を攫い、私はパーティー会場を飛び出したのだった。

　◆

　隣国へ向かう馬車の中、私は麗しいお姉様の横顔に見惚れている。

　輝く白銀の髪、涼しげな水色の瞳、透き通る白雪の肌、その姿はまるで冬の女神のよう。

　誰もが見惚れてしまう美しさなのに、表情を崩すことのなかった端整な美貌は、悪い噂も相まって氷の魔女と称されていた。

　そんなお姉様が今、隣で表情を崩している姿に、私は歓喜し身悶えていた。

（ちょっと不安で、お膝に抱えてるミミィのおててをふにふにしてるお姉様、最っっっっ高に可愛いですぅー！　可愛いがすぎますよぉー！！　この瞬間を絵画にして額に入れて家宝にして永久保存したい！　やはり、お姉様こそが可愛いの頂点なのでは？　究極の可愛いはお姉様なのでは？！　うぇへへへへ……あ、いけない。頬が緩みっぱなしでだらしない顔になるところでした。涎が垂れちゃう、じゅるり……）

「ジュリア……？」

　私が内心でお姉様の可愛さを褒め称えていると、熱視線を感じたのか、お姉様が私の方を向く。

　とっさに表情を整えた私を、お姉様はまじまじと見つめてくる。

　お姉様が私の容姿に弱いことを知っているので、最大限に活用して誤魔化す。

　柔らかい蜂蜜色の髪、潤んだ翠色の瞳、薔薇色に染まる頬。可憐な春の妖精とも称されていたこの姿で儚げに微笑めば、さぞかし庇護欲を唆ることだろう。

（必殺、うるうるキラキラおめめ！　大好きなお姉様がいないと寂しくて死んじゃいますよビーム！！　スキスキスキスキ――）

「うぅっ、かわいぃ……その顔はずるいわ、ジュリア……」

　私のスキスキビームに当てられて、お姉様は眩しそうに目を細めた。

　それから、状況が把握できていないお姉様は、逡巡しておずおずと口を開く。

「ジュリア……貴女が飲んだものは何だったの？」

「え、あぁ、私が飲んだのはこれと同じものですよ」

　私は隠し持っていた小瓶を取り出して、お姉様に手渡す。

「義父が厳重に隠していたものです。私には効果はないようですけど」

　手渡したのは、お姉様が持っていた劇薬と同じに見える、中身の入った小瓶。

「お姉様のためなら、私はいくらでも飲みます。お姉様は、私のために飲んでくれますか？」

　微笑みかけて訊いてみると、お姉様は小瓶をギュッと握りしめ、思い詰めた表情をして呟く。

「……ジュリアのためなら……貴女がそう望むなら……」

　私は幸せを嚙みしめてぷるぷると震え、お姉様に抱き付いてはしゃぐ。

「嬉しい、お姉様！　大好きです！！　飲んだら必ず私を一番に見てくださいね。それ惚れ薬なんです」

「ほ……惚れ薬！？」

　劇薬を飲む覚悟をしていたのだろう、お姉様は吃驚して目を丸くする。

「元々お姉様が大好きだった私には大した効果がないようで、少し気分が高揚した程度でしたけどね……ふふふ、驚きました？」

　私は笑いながら、お姉様から惚れ薬の小瓶を回収する。

「冗談です。お姉様は無理に飲まなくていいですよ」

「ジュリア、貴女は……」

「ずっと耐え続けてきたお姉様には、素敵な恋愛をして欲しいですから。お姉様のことは私が責任を持って幸せにしますからね」

　お姉様と私は、闇深い侯爵家の籠の鳥だった。

　義父に利用されるだけの駒であり、都合が悪くなれば消される存在。

　権力と財力を手にするため、義父はお姉様のお母様と私の母を劇薬で消した。

　お姉様はお母様達を毒殺したのが実父だと知り、仇である実父を憎んだ。

　侯爵家の悪行の証拠を集め、劇薬の情報を流していたのもお姉様だったのだ。

　確実に義父が断罪されるよう、私も根回しをしておいた。

　今頃、数々の悪行が公にされ、義父は発狂している頃だろう。

　間違いなく、義父は極刑になり、侯爵家は取り潰しになる。

「毒薬として検出されない劇薬を公にするため、お姉様は自ら飲むつもりだったのでしょう？　お姉様を止められて、本当に良かった……私をひとりぼっちにしないでください」

「ジュリア、ごめんなさい……貴方を、たくさん傷付けてしまったわ……」

　お姉様のいない世界なんて想像したくもない。

　お姉様が劇薬を飲むつもりだと気付いた時、怖ろしくて震えが止まらなかった。

　思い出して私が微かに震えていると、お姉様は優しく抱擁してくれる。

「ジュリア、ごめんなさい……」

「お姉様が私や母との思い出を大切に思ってくれていることを知っています。厳しく見える躾も母代わりに立派に育てようとしての愛情だと分かっていました。それを虐めと勘違いした者が現れて……お姉様は悪役を演じ、私を庇護する者に託そうとしましたよね」

「ジュリア……貴女は全部知っていたのね……」

　私は大好きなお姉様に満面の笑みを向けて言う。

「もうお姉様を縛るものは何もありません。ありのままのお姉様で、自由に好きなことをしていいのですよ。お姉様は何がしたいですか？　隣国はお祭りが盛んだそうです。露店や屋台なども、楽しそうですよ――」

　お姉様は瞳を潤ませて私を見つめ、少し拗ねたように呟く。

「ジュリア……わたくしだけじゃなく、貴女も幸せになってくれなきゃ、嫌よ」

　そう言ってふんわりとはにかむ可憐なお姉様に、私の心臓は止まりそうになる。

「ぐふっ」

「！？」

　思わず口元を手で押さえた私は、興奮のあまり鼻血を垂らしてしまう。

「きゃー！？　大変、血が出ていますわ！　しっかりするのよ、ジュリア！　傷は浅いわ！！」

（うぐうううう！　パニックになりながらも、懸命に私を介抱しようとするお姉様が天使すぎるぅー！　可愛いの究極進化！　愛らしさが天元突破！！　せめて隣国に着くまでは、萌え死ぬな私！　堪えるんだ私！　いやいや、やっぱ無理無理です！　お姉様の超越した可愛さに勝つだなんて、到底無理です完敗です降伏ですぅー！！）

　出血多量で薄れていく意識の中、私はお姉様の腕の中で誓う。

　新天地でも、清らからで美しく可愛いらしいお姉様には、きっとたくさんの有象無象が群がって大変だろう。それでも、必ず私がお姉様を幸せにしてみせます！

　だって、惚れ薬を飲んだくらいじゃ何も変わらないほど、私のお姉様への愛は世界最強なんですから！！

　◆◆◆

　少しでも「楽しかった」「面白かった」「気に入った」と思って頂けたら、フォローやハート、★★★などで応援して貰えると嬉しいです！

　応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、ぜひお願いします。