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 気がついたのは三日と二十時間と五十二分ほど前のことだった。

 実のところ、そのときのことはよく覚えていない。まず朦朧とした意識があった。その前には何もないし、そこには因果も条理もなかった。言葉さえもなかった。濃霧が立ち込める深海で漂っているような意識だった。きっとノンレム睡眠、あるいは長い昏睡から目覚めるときとよく似ている。

 続いて状況があった。ここは正方形状の部屋で、六面の壁、床、あるいは天井は、しみ一つない無機質な白色を呈していた。照明という概念はなかった。それでも暗いわけではなかった。光がないということは、闇がないということと同義なのだ。正面には巨大なコンピュータ(正確にはコンピュータのインターフェースとしての空間モニターや志向性キーボードなど)があった。コンピュータは起動されていて、順調に計算をしているようだった。それ以外には何もなかった。以上が状況のすべてだった。

 遅れて思考があった。しかし何も思い出せなかった。何も思い出せなくても、何でも考えることはできた。知識もいくらでもあった。三度の世界大戦のことも、セントラルドグマとその超越のことも説明することができた。しかし記憶というのはひどく奇妙なものだ。それは知識でありながら実在に寄与し、過去でありながら現在の一部をなす。そして記憶がまったくないのにもかかわらず考えることができるということは、さらに奇妙なことだった。

 このような事情にあって、さぞ困っただろうと思われるかもしれないが、ありがたいことにそういうわけでもなかった。というのも、何をすべきか(あるいは、何が課されているのか、何をしたいということになっているのか、細かい表現はここでは問題にならない。そもそもぴったりな言葉など存在しないのだから)は、壁の白さと同じくらいはっきりしていた。まるで遺伝子にコーティングされているかのように。

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