第8話 姉弟愛も悪くない

 鏡面の塔の戦いから部屋に戻った俺は自分のベッドを見つめる。

 俺のベッドで由衣が息を切らして眠っている。

 それを俺は手を握ってやる事しかできない。

 最後の召喚が終わってから数時間…。

 エルンの祈りも弱まってきているのか、由衣も時折苦しそうに呻く。


 俺はどうすれば…。


 由衣の手を握ってひたすら考える。

 その腕が熱くなっている事もしらず…。

「………さま!」

 ……。

「お兄様!」

 はっと我に帰って声のする方を見る。

「お兄様!しっかりしてください!」

 目の前にはベリーが立っていた。


 手を握っていたために由衣もきてしまったが、

「由衣さんは私が守ります」

 と、エルンもいる。


「ここは…? ベリー!大丈夫なのか?」

「私は大丈夫です。気がついた時にエルン様から全てお聞きしました」

 どうやら塔の中で召喚したようだ。

「ここは鏡面の塔の地下になります」

「私の師匠…いや、魔王軍のロニアはここの地下にいます」


「2人でここへ?」

「いえ、上層まで皆さんと一緒でした。 最後に召喚出来るのが私だった事、地上と上層に魔物を大量に配置しているため、ここからは魔物がいません」


「地下?」

「はい、この塔は昔聞いたことがあります。 鏡に写ったように同じ塔が反対側にあると。 そして、この扉の向こうにロニアがいます!」


 ベリーが魔法で扉の鍵を開け、中に入る。


「良く来られたのう勇者よ。それとベリー、わしを殺しに来たか?」

 にやにやしながらベリーに問う。


「あなたが私にしてくれた事、ここまで育ててくれた事は忘れません。ですが、あなたがした事を私は許しません!」

「で、どうするのじゃ?」

「あなたを倒します!」

 ベリーはロニアを睨みながらも杖を持っている手は震えている。


 それはそうだ。

 ついこの間までは親だったのだから…。

「お兄様、時間がありません。一気に決めましょう!」

 そう言うとベリーは呪文を唱え始めた。


 俺はとにかく攻めて攻めて攻めまくる!

 が、やはり当たらる事はなく、魔法をくらってベリーの前まで吹き飛ばされる。


 くそ!


 せっかく皆んなの協力でここまできたのに!

 剣を構え、ベリーの前に立っていると、ベリーが急に抱き締めてくる。

 何やら呪文を唱えた時、全身が熱くなる。

 力がみなぎる。

「ベリー何を?」

「時間がありません。早く!」

 ベリーが俺を前に突き出すと同時に走る。

 一瞬にしてロニアの前ににたどり着く。


「なんじゃと!」


 ロニアは身を引くと同時に呪文を唱える。

 だが、余裕で追いつく。

「遅い!」

 俺の剣はロニアの心臓を貫くのだった。


 倒れ崩れ落ちて行くロニアに、もう体力もほとんど無いベリーが転びそうになりながら駆け寄って行く。

「どうして…」


 ベリーの問いには答えず、満足そうな顔でチリとなって消えてしまった。

 残った服を抱きしめ、ベリーは泣いていた。


 そんなベリーを俺と由衣はただ見ているしかなかった……。


 俺と由衣が戻った時には由衣の呪いのアザが消え、2日も経てば由衣はいつも通りに元気になっていた。

「お兄ちゃん、なかなか召喚されないね?」


 あんな事があったのに物怖じせず、逞しい。


 ロニアを倒した日から俺の腕から胸、背中から足首までアザが入ってしまっている。

 これはまるで刺青だな…。

 着替えの時に見つけて、由依にも背中を確認してもらったらほぼ、全身にアザがある事がわかった。


 由依には

「わぁ〜、お兄ちゃん不良〜」

 と、からかわれたりした。

 これだと外行く時は長袖をいつも着ないといけない…。

 あ、夏休み終わったら学校もやばいかも…。


 そして夏休みもすっかりお盆に入っていた。


 両親と由衣は田舎へ出かけたけど、俺は宿題が全然進んでいないため、家に一人で残っている。

 ご飯は母と由衣がちゃんと作って行ってくれているから安心だ。


 でもあの後のことを考えると手がつかない。

 ベッドに横になりながら、皆んなの事を考える。

「どうしてっかな…」

 ポツリと独り言を呟いたら腕が熱くなってきた!

 召喚だ!


 嬉しい反面、前の様な事もある。

 少し緊張して召喚された。


 場所はフォンデュ王国。

 しかも召喚されたのは国王様の前。


 エルンは国王様が座っている玉座の端に座っている。

 こうしてみるとエルンはやはり王族なんだと気付かされる。


「そなたが、世界樹に導かれし勇者か?」

 静寂な王宮内に王様の声が響く。

 皆んなが跪いている事に気がつき、俺も慌てて跪く。


「はい、そうです」

 本当は世界樹では無くて皆んなに導かれたんだけどね。

「腕前を見たい」

 王様がそう言うと、部屋のドアが開き、全身フルアーマーの巨体な人が3人、ガッシャガッシャと音を立てて入ってくる。


「この者達は我が王国でも屈指の精鋭じゃ、どうだ?勝てるか?」

「はい」

 普通に返事をしてしまった…。

「ならば今この場で立ち会ってみせい!ただし、そちらは素手と言う条件だがな」


 武器なし、相手を殺さずに倒すのはなかなか骨が折れそうだ。

「はじめ!」

 エルンが席から立ち上がり、開始の号令を出す。

 すぐさま三位一体の攻撃が飛んでくる。

 持っている槍を上中下に投げてくる!


 嘘だろ!?

 避けたら王様に当たりかねないぞ!

 三本の槍を両手と足で受け止める。

 動きが止まってしまった!

 すかさず腰から剣を抜いて攻撃してくる。


 受け止めた槍で攻撃したいが、こちらは素手と言うハンデがある。

 でも攻撃しなければ良い。

 両手に持っている槍で剣を弾き、すぐさま槍を捨て拳で腹を軽く殴る。


 一人は吹っ飛ぶが残り二人は気にもとめない。

 二手に別れ左右から攻撃してくる。

 一人の剣を素手で掴み、吹っ飛んだ兵士の方へ投げ飛ばす。

 倒れた相手は上手く起き上がれない様だ。

 あんな重装備ならそうなるな。


 最後の一人は剣では無理と判断したのだろう。

 タックルで吹き飛ばそうと仕掛けてきた。


 その程度なら片手で受け止めると共に勢いを利用して倒す。


 これで三人倒したことになるかな?

「そこまで!」

 エルンの終了の合図が響く。

 そして宿題が溜まっている部屋に戻ってくるのだった。


 その日の夕方、もう一度召喚された。

「剣児様ごめんなさい」

 エルンが謝っている。

 ここはエルンの部屋のようだ。


「まぁ、剣児にあんなでくの棒が敵うわけないよね〜」

 シャムは窓辺でさまになるポーズでナイフをクルクル回している。

「私が鍛えたんだから当然だ」

 ライムスは当然のように言っている。


「あら、由衣さんは一緒ではないのですか?」

 ラミュはキョロキョロしながら由衣を探している。

「由衣は田舎へ、えと、祖母に会いに行ってていないんだ」

 明らかに残念な尻尾を垂れ下げて、一言「そうですか…」と呟いた。


「おや、ベリーの姿が見えないけど?」

「あの子は…」

「剣児に会うのが恥ずかしいんだと」

 どうやら隠れているらしい。

 まぁ、カーテンから足出てるし、わかってるけどね。


「ベリー、剣児が待ってるんだから早くしな」

 ライムスにカーテンを取られ、顔をうつぶした。


「あ、あのね、お兄様、私…」

「良いよ。わかってる。ベリーのせいじゃない」

 パァーっと顔を明るくして俺の胸に飛び込んでくる。

「お兄様!」

「おっと、元気になったかい?」

「はい!」

 とりあえずベリーとラミュの件は片付いた。


「今日、剣児様に国王様の前で立ち会って頂いた事には理由があります」

 エルンが真剣な顔で話始めた。


「魔王軍にこちらから打って出ようと思います!」

 椅子から立ち上がり、前のめりになる。


「まだ聖剣の事や魔王の事もはっきりはしていませんが、このままでは消耗するだけです。 ですから、剣児様のお力を国王様に見て頂き、やっと軍を出す約束をして下さいました。 これも剣児様のお力のおかげです」

「いやいや、俺だけの力じゃないよ」

 皆んながいなければ、俺きっと死んでたから。


「作戦としては王国軍が魔物を引きつけ、剣児様を召喚出来る私達が、魔王の城へ乗り込みます」

「それは危険じゃないか?」

「危険は承知の上です!」

 エルンは本気だ。


「私も賛成だ」

 いつもはエルンが危険な所に行こうとすると注意するライムスも今回は賛成している。


「私はさっさと魔王倒して、剣児と楽しく暮らしたいからね」

 シャムはいつもと変わらない。


「お兄様、私も頑張るね」

 ベリーもやる気満々だ。


「私もお父様の仇は取れました。次は由衣さんを傷付けた報いを魔王にとらせないといけませんね」

 ラミュは由衣の事を良く思ってくれている。


「わかった。皆んな頑張ろう!」

「「おー!!」」

 皆んなが一丸となった所で、ベリーに質問した。


「俺の全身のアザはなんなんだ?」

「それは私がずっと考えていた、新しい呪いです」

「また呪い!?」

「その呪いは発動させれば、宝珠を持つ私達の魔力、……力を吸い取ってお兄様の力になるんです」

「なんか一部よく聞こえなかったけど…?」

「とにかく、私達の力を使ってお兄様が強くなるんです!」

 まぁ、そう言う事ならそれでいいか…。


「でもこれ消えるの?」

「消えますよ。 その呪いは回数制限があります。 3回までしか使えません」

「使い終わって消えたら、もう一度呪いかけてくれればずっと使える?」

「やってみないとわかりませんが、おそらく呪いの負荷が強くなりすぎて元の世界に戻った時にお兄様死んじゃうかもしれないです」

 まじで!

 それはやめておこう…。

 既に一度使っているから後2回か。


 部屋に戻ってきた俺は1人でご飯を食べて、お風呂入って、1人でテレビを見る。

 いつも元気な由衣がいないとこんなにも静かなのか…。

 少し寂しい思いをしながら、もう今日は早く寝てしまえ!とベッドに入るのだった。


 両親と由衣が3泊4日の田舎から帰省する日、やっと両親と由衣に会える事を楽しみに待っている時に、召喚された。

「剣児様!急いで!」

 召喚されたのは森の中。

 ライムスやシャム達が誰かと戦っている。


「スウィー!私だ!お前の姉のライムスだ!」

 どうやら戦っている相手はカーブのようだ。

 カーブは俺の姿を見るなり、ライムス達を無視して襲い掛かってくる。


「待ってたぜぇ!」

 振り下ろされる剣をかわし、俺の方に誘導する。

 カーブは強い。

 今までの俺では倒せなかった。

 でも今は皆んなの力を借りられる。


「カーブ勝負だ!」

 全身に意識を集中させる。

 体が熱くなってきた。


 1番近くにいた、ライムス、シャムから力を借りているように、素早さ、剣技が向上してる。


 これならいけるぜ!

 俺はカーブと剣を交え、技と速度で押し始めた。

「やるじゃねぇか! 楽しくなってきたぜ!」

 カーブも更に技、速度を高め、俺に並んでくる。

 お互いが一歩も引かない戦いをしているが、俺には時間制限がある。

 このままだと間に合わない…。


 そこにラミュが加勢にやってきた。

 その途端、力が向上し、カーブに打ち勝つ。

 何度か俺の剣がカーブの鎧を切り裂く。

「こいつ!」

 カーブも急に強くなった俺に押されるまま剣を弾き飛ばされる。


 決着だ。


 アザの熱さは無くなり、俺はカーブの首元に剣先を突きつけ、負けを認めさせる。


「くっ!殺せ!」


 カーブは生き恥をさらすなら殺せと言ってくるが、人殺しなんてしたくはない。

 とりあえず捕虜としてエルンの元へ連れて行こうとしたその時!


「スウィー!危ない!」

「かはっ!」

 カーブの腹に剣が貫通している。

「使えん駒だ」

 カーブに剣を突き刺した黒い影。

 凄まじい畏怖を感じる。


「ま、魔王様…」

 腹から赤い血が流れている。

「お初にお目にかかるな、世界樹の勇者とやら」

 黒い影がゆっくりと姿を表し始める。


 魔王の全身を見る前に時間で戻ってしまった…。


 でもあれが魔王。

 確かに底知れない畏怖を感じた。

 世界樹を枯らすほどの力を持っている相手に、世界樹の力を持つ俺が勝てるのだろうか?


 もう一度召喚された森の中では、ライムスが必死にカーブを看病している。

 エルンが回復魔法をかけているとカーブから黒いモヤが立ち上がり消えていっている。


「やめろ!離せ!」

 力を込めて暴れようとしているが、ラミュとライムスに抑えられて動けない様子。


 カーブの黒い鎧いはチリとなり消え、眠りについた。


「きっとこれで…」

 ライムスはカーブの安らかな寝顔を見て、安心している。

「エルン、魔王はどうした?」

 あの後が気になり聞いてみる。

「私は見てないのですが、剣児様が戻った後、すぐに消えてしまったと聞いています」

「カーブがあの場所に現れたと言うことは、こちらの作戦がバレていたと言うことか?」

「おそらくそうですね」


 王国軍より先に準備をしたエルン達は森の中でカーブに待ち伏せされたようだ。


「今は一度引いて、スウィーさんの話を聞こうと思います」

 確かに敵側の情報が有れば何かと便利だ。

 スウィーが普通になってれば良いけど……。


 この事を国王様に話して進軍の時期を再度調整するそうだ。


 そして部屋に戻ってきたその時。

 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴る。

「ただいまー」

 由衣の声がする。


 やっぱり家族の声は安心するな。

 俺は散らかした部屋の事も忘れて笑顔で家族を出迎える。


「おかえり」

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