第24話 ガーデニングをしてみたい
萌葱色の、レースの立ち襟のドレスを5着。それに合わせた下着も、ビスチェ、ドロワーズ、靴下を十枚づつ。
柔らかなリネン製の夜着、お茶会や散歩などの外出用ドレスも数着新調して貰ってしまった。
「そんなに高価なドレスじゃないからいいのよ、気にしないで?」
「でも⋯⋯」
「一度に作ったから、お金がかかってる気がするかも知れないけれど、本当に、過去の夜会ドレスに比べたら安い物よ?」
ザッとした仮の見積書をチラと見て、微笑むお母さま。
お嬢さま、今までどんな高価なドレスを作ってたの!?
あの、ダイヤや真珠を縫い留めた派手な黒のドレスは、確かに私がパン屋で働いても、一生かかっても代金を払えない代物だろう。
困った
でも、職人を呼びつけ、オリジナルデザインで作らせるドレスなんて、一着でも私には買えないと思われる。
それを5着もだなんて。
外出着にくわえ、普段着も、ローウエストのミモレ丈のワンピースが似合っているからと、萌葱色や明るいグリーンのものまで新調してくださった。
それらに合わせた靴や靴下、肌着も。
肌着だけでも素材からして違う。子爵令嬢だった頃でも取って置きのためのものくらいの品質が、ここでは日常使い⋯⋯
「ふふふ。私達が高価なドレスを作ることで、デザイナー達が潤うわ。素材を扱う商店も。繋がって、それぞれの素材の生産業者も。運搬業の方々も仕事が出来るわね? 鋏や針などの道具を作る鍛冶士も仕事が増えるかもね。それらの農園や工場の雇用人達にも仕事が出来るわ。彼らが潤えば、食品だけでなく雑貨やもしかしたら贅沢品も消費されることになるわね。そうやって、お金は社会を巡るものなの。だから、少しくらい使ってもいいのよ。必要な物なのだし。ね?」
出入りの仕立屋の持って来た、ローウエストのミモレ丈のワンピースを来た私の手をひき、お母さまは、テラスからお庭に出る。
「ここに、あなたの好きな花を植えましょうか? お母さまの庭園を見て、とても嬉しそうだったから、お花に興味が出て来たのかしらと思ったの」
「いいのですか? 今までの庭園も素敵でしたのに」
「ふふ。そう言うって事は、好きなお花を植えてみたいのね? いいわよ。あなたのお部屋から見えるこの辺り一面だけ、好きなように植えてみて?」
「まず、青い
「ノヴァーリスね?」
「ええ! 古典文学と言うには少々新しいですけれど、幻想的で素敵ですわ。お母さまもお読みに?」
「そうね。未完なのは残念だけれど、いえ、未完だからこそ、読者の空想の幅があっていいのかも知れないわね」
「やはりそう思われます? ああ、お母さまとこんな話が出来るなんて!」
もちろん、本文中に青い花が矢車菊だとは書いていないけれど、青い矢車菊ではないかと言われている。
「ネモフィラや月見草が群生している所も見てみたいですし、お祖母さまの庭園のように、色味や花の形態などで拘ってみてもいいかしら?」
「ワイルドフラワーのガーデニングなら、ジェイムズに相談するといいわ」
お母さまが、後ろに控えていたジェイムズさんへ振り返る。
「え? ジェイムズ、ガーデニングが趣味なの?」
「私めは、故国の執事学校を首席で修めて参りました。執事というものは、主のあらゆる要望に応えるもの。ガーデニングのアドバイスや、職人の手配から材料の調達まで、なんでも承ります。また、庭師のアンドレアスも、一般的な造園技術から、薔薇はもちろん、園芸種に限らず山野草や原種なども扱えますので、後で紹介いたしましょう」
「ありがとう!! ジェイムズ」
お父さまの時のように抱きつきはしなかったけれど、両手を握って振りながら、飛び跳ねる。
自分に、こんなに子供っぽい所があったなんて、知らなかった。
亡き父は仕事が忙しくてあまり会話もなく、今は他人となった母は自分の社交に忙しくて私と会話する事も少なく、教育は乳母と家庭教師、貴族院淑女学校のカリキュラムに任せっきりだった。
家族という繫がりが希薄なものが貴族だと思っていた。まわりの令嬢、同級生達もそうだったから。
でも、この侯爵家の方々はとても近くて温かい。
お嬢さまは、いつお帰りになるんだろう⋯⋯
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