第18話 ランドスケイプ侯爵家の朝
朝は、モーニングティーの香りで目覚める。
家令が北西の王国の出身で、執事学校でも優秀だったと聞いているけれど、まさか、朝の習慣までもがブリテン風だとは。
お嬢さまの専属侍女エルマさんが、天蓋付きベッドの側にワゴンを引いてきて、そこでモーニングティーを淹れている。
天蓋カーテンの中もいい香りに満ち、爽やかな目覚めを享受した。
「お目覚めでしたか」
「ええ。元々、朝は早いの」
「そうでございましたね」
エルマさんは、パン屋まで私を探しに来たお嬢さんについて来た人だ。
私が、パン屋で日の出前から仕込みをしていたことは知っている。
「でも、別荘でのゆったりとした生活に慣れてきていたから、まだ半分微睡んだ感じだったの。おかげで、スッキリと目覚められたわ。ありがとう」
「いいえ。今は、貴女様が、
「ありがとう」
本当は、お嬢さまが心配でついていたいだろうに。
私のその気持ちは伝わってしまったらしく、決まり悪そうに目を反らされてしまった。
ワゴンの上には、紅茶の他に、厚焼きのビスキュイやスコーンと、たっぷりのクロテッドクリーム、イチゴと紅茶のジャムが乗っていて、ブリテン風の貴族の朝食のようなのに、ちゃんとカップに座ったゆで卵と薄切りベーコン、サラダとヨーグルトもあって、東西の食文化が混じっているのが面白かった。
「スコーンよりもパンの方が良ければ、ご用意できます」
「いいわ。ここの流儀でいただきます」
「かしこまりました」
恭しく、華奢なティーカップがソーサーごと手渡され、爽やかなお茶の香りに鼻腔だけでなく脳が刺激される。
胃に温かいものが溜まるのを感じて、胃が荒れているのを自覚する。
目覚めてすぐ、ベッドの上で食事をするなんて、贅沢というか怠惰というか。
その後、エルマさんの指導で、メイドが数人寝室に入って来て、レース素材の立ち襟のついた、ローウエストのワンピースがベッドの上に、黄、薄紅、空色、若葉色の数着広げられた。
「いずれも、昨夜着ていただいたものと同じ、お嬢様の数年前に着ていた物になります」
デビュタント前に着ていた少女服だから汚染は心配ないし、お嬢さまが帰って来ても着ることもないので気兼ねの無用なものだという事だろう。
「ありがとう。どれも淡い色合いで、好きな色調だわ。デザインも、ちょっと子供服っぽいけれど、まだ着られるわ」
「はい。コサージュや宝飾品でイメージは変わります。充分年頃の娘らしい装いは可能でしょう」
「そうね、今日の予定は?」
「まだお戻りになったばかりで、特に予定はございません。『ご友人』からお茶会の誘いが二通来ております。日程は、ひとつは明後日。もうひとつは来週でございます」
良家や貴族の、それも上位貴族なら尚更、未婚の娘が、届いた手紙を未開封のまま受け取るなんて事はほぼ有り得ない。
家令や執事が改め、内容によっては当主や奥方も検分し、侍女によって内容をかい摘まんで知らされて、初めて読むことが出来る。
だから、手紙に迂闊なことは書けないのだ。
「どなたからかしら?」
「明後日は、ゾルダーデラーゲン領のデュッセルホフ侯爵家のナターリエ様から。
来週は、エーデルハウプトシュタット領のヴァルデマール公爵家のテレーゼ様からです」
「そう。ナターリエ様には、お詫びの手紙を出すわ。届けてくださる?」
「かしこまりました」
「テレーゼ様には、参加のお返事を」
ナターリエ様は、お嬢様の遊び仲間で、お忍びで街のビアとブルストを出すナイトバーに行ったり、男性に奢らせたりしていたと言うから、あまりお付き合いをすると、色々と面倒だし本人でない事が確実にバレるだろう。
明後日という急なスケジュールもあって、お断りを入れる。
テレーゼ様は、私でも知っている王家との縁も深い公爵令嬢で、しきたりやマナーに厳格な質だという話は聞いたことがある。
また、彼女の誘いは断らない方が良い気がした。
秘密の遊び仲間でないことを願うばかりだ。
ワンピースに着替え、胸元にシルクで作られた西洋芍薬のコサージュを飾り、小さなダイヤに囲まれた猫目石のペンダントとイヤリングをして、子供っぽさを打ち消す。
お化粧も、お嬢さまらしい濃くキツいものから、ワンピースに合わせたナチュラルなものにしたが、エルマさんは何も言わなかった。この方が、私は落ち着く。
午前中は手紙を書くために、図書室へ案内してもらうことにした。
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