第二部 剣の果てで君を待つ
人子
イントロダクション
こころ【心】
1 こころ。精神。
2 心臓。心の臓。
3 胸部。むね。
4 物の中央、また、中心を構成する部分。
『日本国語大辞典』
*
「追いかけてきますわ!」
「くっそがあああああああああああああっっ!」
――すべてを飲み込む大嵐。地震みたいに荒れ狂う大海原。空は限りなく黒い灰色で、はるか後方から凸凹に盛り上がって見えるのは隊列を組んだ奴らの船団だった。
「ッ……!」
奴らの……帝国の船団。夜に紛れるように黒く保護色されてるけど……もしかしたら、まだ遠くに見えるけどもうあたしらの目の前まで来やがってるのかもしれない。
「ざけんな、あいつらああっ!!!」
そして、それらを全部塗りつぶす大声が辺りに響き渡る。
――やけくそになりそうなあたしの怒声だ。
「追いつかれちゃう! どうしようどうしましょう⁉」
眼鏡をずりさげたまま、あたしの親友が叫んだ。
「どうもこうもない! もう陸は見えてる。ぎりぎり間に合うはずだ! 逃げきれるって!」
言いながら――辺りを見回す。あたし達が乗っているのは帝国の中型船。大人なら十数人くらいが定員だけど、子供のあたし達なら数十人乗れる――それも少し定員オーバーしているみたいだったけど。
みんなで逃げ切らなきゃ……そのために凄く凄く頑張ったんだから!
「でも……海で追いつかれちゃったら陸についても、すぐに捕まっちゃう!」
「もっと引き離さないと……」
「でも、この船が沈没しちゃいますわ!」
「回り道は出来ないよ、もうこのまま行くしか……!」
口々に少年少女たちが叫ぶ。みんなあたしと同じ、帝国の〝大断崖攻略〟のために世界中から集められた身寄りのない子供たち……敗戦国の子供や奴隷、身寄りのない孤児たちばかり……
つまり今この世から消えていなくなっても誰も知らない困らない、そんな子たちしかこの場にはいない。
だけど――
「このまま終われるか、死ねるかってんだよおおおおっ!」
みんなあたしの友達で仲間だ。
今ここで死んだら、帝国にぼろきれみたいにされて、いいように使い捨てられて殺された子たちに申し訳が立たない。意地でも、絶対にこの場を生き抜かなきゃ……でも、どうやって――
「あ、あれは……」
そう歯を食いしばった時。親友がふと船の横を指さした。
そこには横付けされた、哨戒用、あるいは緊急脱出用の小さなボートが1、2、3……両端に3つずつの合計6つある。
「嘘……うそうそうそ……」
「あれに乗るのは無理だって! 海に降りた瞬間に死んじまう!」
「藻屑どころじゃねえ! 跡形も残らねえぞっ!」
他のみんなが口々に叫ぶ。親友の意図はあたしもすぐに分かった。これに乗って、みんなでバラバラに散って……帝国の追っ手を分散してあわよくばみんなで逃げられるようにする。でもこれは、分の悪すぎる賭けに思える――
「なっ……!?」
直後。どでかい衝撃が船を揺らす。稲妻でも落ちたってくらいの振動。一瞬船が横倒しになったのかと思ったけど――
「なんですの、あれ……」
見ると。船の後部にはなにかが突き刺さっていた。緑色の……植物の根みたいな、なんだあれは……
「呪言だ! 帝国の呪言遣いがやったんだ!」
「……!」
よく見ると。その植物の根みたいなものは、はるか後方、帝国の船団の方まで続いている。あまりにも見通しが悪くて一目では分からないけど、まるで馬の手綱みたいに、あたしたちの船は帝国に拘束されている。
「あっ……」
そして。
見るからに、体感として分かるほど船の速度が緩まった。このままではいずれ停止して、帝国に追いつかれてしまう。そうなったら――もう二度と脱出なんて真似はできない。
今度こそ攻略に使われて、命を使い捨てられて、あたしらは死ぬ。
いやそれもまだいい方で、なんなら見せしめに拷問で殺されるかもしれない。流石にそれなら――
「行くしかないね」
「!」
そうしてあたしが逡巡してると。
仲間の一人がやれやれと首を振って横付けされたボートに乗り込んだ
「ううう……こわいよお……」
「確実に訪れる死と、あるいは掴めるかもしれない生。これで後者を取らないのは大バカ者ですわ」
「あの植物みたいな呪言……精度は多分高くない。小さなボートまでは正確に捕まえられないはずだよ!」
「お、おまえらっ……」
それを皮切りに、みんながドンドン船に乗り込んでいく。マジかよ、まだ覚悟が出来ていないのはいつの間にかあたしだけかよ……!
「またな、生きて会おうぜい!」
「ここまで逃げ切れたのがもう奇跡だもん、もう一回くらい奇跡起こるでしょ!」
「じゃあなー」
みんなが口々にお別れを言って、どんどんボートが降ろされて、今までずっと一緒だった奴らが夜の闇に溶けていこうとする。
あたし、あたしは……
「確かに怖いけど、いきましょう!」
「っ……!」
いつの間にか船にはあたし達しかいない。もう親友とあたしだけ。
そしてボートも残り一つだけ。
「大丈夫、ワタシたちなら出来ます! ほら、はやく――」
そのまま手を引かれて、あたしはボートのヘリに足をかけて……覚悟を決めようとぎゅっと思いっきり目をつぶって――そして。
「っ……なっ…………!」
直後、爆発音。なにか光線のようなものが船体のど真ん中を通り抜けていった。植物みたいなのが船を拘束したのとは比べ物にならない大衝撃。轟音。
あいつら……あたしらが散っていくのを見て。
どうせなら沈めちまおうとやりやがった……!
光線の出所は、当然帝国の船団の方だ。だが今はそれよりも――
「おい……!」
「な、ないすきゃっち……」
親友が。今のでバランスを崩した親友が船から生身のまま海に落ちかけた。ボートのままでもやばいのに生身なんて即死だ。あたしはなんとか親友の手首を掴んで危機一髪、引き上げようとする
「やっぱりワタシたち、いいコンビ――」
「は、はやく……あ、が……!」
そういった時だった。ぶちん、と音がする。ボートを支えていたロープが二本切れた。そしてあと二本も徐々に千切れかかっている。
もう時間がない。早く乗らないとボートが落ちる。そうなったら逃げ切れなくなる。
「……」
「て、手が滑って……上がらない……持ち上げられない!」
「うっ……」
焦る私の想いに反して。親友の体を持ち上げようにも、力が入らない。こうしてる間にも帝国はどんどん近づいてくるタイムリミットは迫ってくる――
そして――
「あ……」
親友の手とあたしの手が離れるのと刹那の間。さらに大きな衝撃が船を襲って――
視界が真っ黒か真っ白か分からないくらいに無茶苦茶に染まって――
たぶんあたしは海に落ちた。
そのまま青と黒の濁流に吸い込まれて。
意識なんてとっくにどこかに行っちまったみたいで――
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