第24話『爪』
「姫、凄いっすね。なんか噂に聞くところによると、正妃様もこれを見て凄く姫を褒めていたらしいっすよ」
「まあ……とんでもないわ。私は単に案を出しただけだもの。こうして整理整頓することが出来たのは、寝る間を惜しんで書庫整理に協力してくれた皆のおかげよ」
私の隣で手放しで褒めてくれるデュークにやついてしまう口元を、ここは人前だったわとはっと思い返し、慌てて引き締めた。
ついこの前に、将来を約束してくれたデュークは、王族の私に対して人前では敬語を使う。
私は別にどちらでも良いと思ってしまうけれど、彼の身分を考えれば、それは仕方ないことなのだ。
だから、私と二人きりの時のみ、本当のデュークの姿を見ることが出来るのだ。つまり、私だけしか本当の彼を知らない。
そういったちょっとしたことだとしても特別な感情を抱いてしまうのは、何もかもデュークが素敵過ぎるせい。
現在、私たち二人の目の前にあるのは、以前からどうにかならないかと思っていた城にある保管書庫だ。
つい、何日か前まで何が何処にあるかわからないごちゃごちゃした状態で、本当に酷かった。書庫担当の文官が何人かすぐに辞めていってしまったせいで、どんどん酷くなってしまったらしい。
けど、今は見事なまでにすっきりと片付けられ、種類毎に綺麗に分類されて記号と数字を合わせた書類番号まで、それぞれに付けられていた。
実は私はこれまでに他国では、もっとわかりやすい分類方法が使われているのにどうして使わないのかしらと、心ひそかにずっと思っていた。
離宮からの帰り道。
同じ馬車で帰ることになったデュークが「書庫で必要な書類を見つけるだけで、長く時間が掛かる。おかげで、帰る時間が遅くなる」と愚痴を言っていた。
デュークがそんなことを言うのは珍しいし、話を聞けば不満に思うのは仕方ないことだと思った。
それを聞いた私が実はこういう良い方法もあってと切り出せば、きらんと目を光らせた彼がすぐに書類管理をする責任者に提案して、私が言って居た分類方法を取り入れてもらおうと言う流れになった。
「姫って、本当に優秀なんすね。自慢の姫なの、わかります」
周囲を見渡したデュークは「これでわかりやすくなった」と手放しで喜んで、目を細めていた。彼がこんなに喜んでくれるなら、もっと早くに言った方が良かったかもしれない。
「それは、大袈裟よ。偶然、その関係の書籍を以前に読んでいただけだわ」
そうは言っても、自分の知識を役立てて、こうしていろんな人から感謝されて喜ばれる事は、とても嬉しい。
誰かの役に立つことが出来たと言うなんとも例えがたい、晴れ晴れとした充足感があった。
「あの……姫。俺が前に言ったこと、覚えてるっすか」
「え?」
「姫は能ある鷹は爪を隠すと前に言いましたけど、別に出来ることを隠す必要なんかどこにもないんじゃないすか。優秀な頭脳を持っている身分のある方は、存分に役立てるべきっすよ。それに姫自身が心配しているほど、周囲はあまり姫のことを気にしてなかったりするもんすよ」
「私が、自意識過剰だってこと……?」
正直に言えば、とても衝撃的な事実だ。私を気にしているのは私だけと言うのなら、そういうことになってしまう。
私が衝撃を受けたことが伝わったのか、デュークは慌てて手を振っていた。
「いやいや。そうは言いません。言いませんけど、何も出来ない可愛いだけのお姫様より、いろんなことが出来る姫の方が、国民は多分好きっすよ。姫は城の中に居る、良くわからないプライドを持った権威主義のおっさん連中に、可愛い可愛い言われるだけの人形のような人生で良いって言うんなら、俺は何も言わないっすよ。けど、姫が望んでいる事は実は違うんじゃないすか」
優しい目をしたデュークはまるで、私の心の中に書かれていた誰かに言って欲しいことを読んでいるかのようだ。
物心つく頃には優秀だと言われる兄が三人既に居て、末っ子の私まで優秀であることは、ユンカナン王国の重臣は誰も望まなかったと思う。
いずれ、王族から出ていく女は、ただ黙って着飾り美しくあれさえすれば良いと、私は彼らから幼い頃から無言の圧力を感じていたのだ。
だから、何かを思いつき名案だと考えたとしても、これまでに誰にも言わなかった。それを喜ばない誰かがこの城の中に複数いる事を、私は知っていたからだ。
王太子であるラインハルトお兄様は、妹の私が思って居ることの半分も言えていない現状を知れば、そんなことはないなんだってお前の好きなようにやれば良いと言うだろう。
けど、私は血の繋がった兄からの溢れるような無償の愛に甘えることには、強い抵抗があった。
「デュークって、不思議。私が言って欲しいことを、言ってくれるの。私の心を読んでいるのではない?」
「……多分。そういったことを言う俺だから、姫は好きになったんじゃないすか。一目惚れって良く聞きますけど、結局のところ外見って、中身が出てしまいますからね」
「まあ……そうなのかしら。確かにデュークは、私の理想通りの容姿を持っているけど……」
その人が持つ中身が外見に表れるという部分が理解出来なかった私は、デュークが当たり前のようにして口にした言葉に首を傾げた。
デュークは私にどう言えば良いか考えつつ、話してくれた。
「持って生まれた造作は、確かに変えられないっすけど……けれど、清潔感だったり体型だったりは性格出ますし、その人が持つ雰囲気や醸し出す空気は、敢えて狙って出そうとしない限りは、どうしても中身が出ますよ。嫌な奴は嫌な空気を、常に出してるでしょ。そう言うもんっす」
私にとっては嫌な空気を持つ、彼の上司ヘンドリック大臣を思い出して、思わず微笑んでしまった。
確かに私に対してとっても嫌な人だけど、彼だって私のことを嫌っているものね。嫌いな人はわかってしまうのかしら。
「ふふ……そうね。確かに、デュークの言った通りだわ。そういった面では目で見える性格というのは、理解することが出来るわ」
けど、ヘンドリック大臣も自分が好意的に思う相手には、また違った空気を出しているのかも。奥様はとても美人だとお聞きするし。
私だって自分が好きな相手のデュークを冷遇しているという話を聞いて、ヘンドリック大臣がとても嫌いになっただけで。
「俺も可愛い女の子に対しては、良い感じにするっす。そんなもんです」
「……デュークは、モテるものね」
私は隣に居た背の高いデュークを見上げた。彼の黒い瞳は、とても優しげだ。
これまで会いに行けば迷惑そうな態度を見せられていたのが、まるで何もかも嘘だったみたい。
私から見ると、デュークは惚れ惚れしてしまうほどにいくつも魅力的な要素を持っているし、異性が見れば、きっと彼とお近づきになりたいと願う人も多いと思う。
なんとも言えない想いを抱いた私の話を聞いて、デュークはきょとんとした表情になって首を傾げた。
「俺って……姫に対してこれまでの女関係の話を、なんかしましたっけ?」
「いいえ。していないわ……けど、どうして?」
この前に晴れてデュークと両思いになった時まで、正直まともに会話したことさえ稀だったのだ。デュークの元恋人の話など、知る由もない。
「いや……これは、良いっす。自分の過去の恋愛について、今の恋人に何かを言うことは、俺の一族では固く禁じられてるんで」
「ちょっと、もう。そこまで言って下手な言い訳を言わないで。気になるじゃない」
「はは。実は俺が恋人として付き合ったのは、姫が最初っす。これは、最後になると思いますけど」
にこにこしてデュークが言ったので、ムッとしていた私は首を傾げた。だって、この前の時は完全に……。
「……え? けど」
彼の動きは絶対に初めてではなかったと不思議そうな表情を浮かべた私に、デュークは肩を竦めた。
「すみません。平たく言うと、俺は素人童貞です。申し訳ありません。ご期待に添えず……引きました?」
「……いいえ。私も兄が三人居るので、男性の生理現象のようなものには、多少の理解があるわ」
「それは、別に関係ないと思うっすけど……まあ、姫の理解を得れて良かったっす。もう絶対に行かないんで、どうか安心してください」
「それは、私が居るのに、当たり前でしょう!」
揶揄うような口調のデュークに、私が横目で睨んだら彼はにこにこして頷いた。そして、耳元にまで近づいて囁いた。
「この前は、流石に色々と我慢出来なかったけど……ちゃんと、初夜までは我慢するから安心して」
それを聞いた私が途端に顔を赤くしたので、周囲を取り巻いていた人たちは微笑ましい視線で私たち二人を見ていた。
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